第102話 本物の勇者と偽物

 俺は、ヤミイチとトウヤが勇者だということに、まだ頭が追いついていなかった。一方、パティはヤミイチが本当に勇者であるかどうかを問いかけていた。彼女の声には疑念が滲んでいた。


「あなたが本当に……勇者なの?」


 ヤミイチは静かに頷いた。


「嘘はつかない」


 そんな彼の言葉に、コルニ―は憤慨して立ち上がった。


「そんなの、信用できるはずがない!」


 コルニ―の声は怒りに満ちていた。


 しかし、ヤミイチは落ち着いた様子で、彼の横に置かれていた布を取り除き、黄金の輝きを放つ剣を取り出した。その剣は、見る者すべてに威厳と力強さを感じさせるものだった。


 俺はその剣を見て、言葉を失った。黄金の剣は、勇者の象徴。その剣がここにあるという事実は、ヤミイチの言葉を裏付けていた。


「これが、勇者の証だ」


 ヤミイチの言葉に、場の空気が一変した。彼が本当に勇者であるという証拠が、目の前にあったのだ。その剣はただの装飾品ではなく、古い伝説と歴史を感じさせるものだった。


 コルニ―はまだ納得していない様子で、しかし、彼の怒りは少し収まっていた。彼もまた、この黄金の剣の存在によって、状況を見直さざるを得なくなっていた。


 俺は混乱しつつも、この新たな事実に直面しなければならないと感じていた。ヤミイチが本当に勇者であるなら、俺の過去、そして俺自身についての真実も、まったく異なるものになるだろう。


「でも、なぜ……なぜ、今まで黙っていたんだ?」


 俺はヤミイチに問い詰めた。彼の答えは、俺の今後の選択に大きな影響を与えるものになることを、俺は感じていた。



 ヤミイチが取り出した黄金の剣には、伝説的な名前が付いていた。


「これは『勇者の剣・ライトブリンガー』だ」


 コルニ―はそれを見つめながら、彼の顔には不信の色が残っていたが、怒りは少し収まっていた。ヤミイチは剣を高く掲げ、その輝きをこの場の全員に見せつけた。


 その時、トウヤが笑いながら言った。


「そうか、やはりお前だったか」


 ナイルも「ほほう」と軽く言葉を発し、その瞳には何か計算されたものが込められていた。彼の表情からは、ヤミイチの正体を知っていたことがうかがえた。


 しかし、俺はまだその剣が本当に勇者の証だとは信じられなかった。それは、ただの美しい剣に過ぎないのではないかと思えた。


 そんな中で、フローレンが突然頭を抱えて苦しみ始めた。


「うっ……」


 こいつの顔には激しい痛みが浮かんでいた。


「これは一体何を意味するんだ?」


 俺は混乱し、自分自身に問いかけた。フローレンの突然の反応は、何か重要なことを示しているのかもしれない。しかし、その意味を理解することは俺には難しかった。



 フローレンが突然激しい頭痛に苛まれている。彼の苦痛の表情が、何か重大なことが起こっていることを示唆している。


 その瞬間、ナイルが静かに杖を取り出した。それは古い、神秘的な力を秘めた杖だ。俺はその杖から漂う強い魔力を感じ取った。ナイルは杖を高く持ち上げ、フローレンに向けて目を閉じた。


 突然、赤い光がフローレンを包み込む。それは、まるでマガトの証と共鳴しているかのようだった。フローレンは苦痛に満ちた悲鳴を上げた。


「何だ、これは……!」


 驚愕と恐れが俺を襲った。


 そして、それは俺にも影響を与え始めた。突然の、耐え難い頭痛が襲い掛かる。その痛みは、あまりにも激しくて、俺は立っていられなくなった。


「頭が……!」


 俺は地面にへたり込み、頭を抱えた。この苦痛は何なんだ? そして、これは一体何を意味している?


 ナイルの杖から放たれる赤い光は、フローレンだけでなく、俺にも何かを引き起こしているようだった。その光は、ただの魔力ではない。それは、俺たちの過去、そして未来に深く関わる何かだ。


 俺は痛みに耐えながらも、この光景が何を意味しているのかを理解しようと必死に考えた。しかし、その痛みはあまりにも強く、思考を遮る。


 フローレンと俺、私たちは一体何に苦しんでいるのか? ナイルの杖が放つ光は、私たちにどのような影響を及ぼしているのか?


「これは……一体……」


 俺の心は、痛みとともに疑問で溢れていた。



 ヤミイチは黄金の剣をかかげ、強い意志を込めてナイルに向かって叫んだ。


「やめろ、非道が」


 彼の声には、強い怒りと決意が込められていた。


 その瞬間、ヤミイチが剣技を発動する。


「閃光裂斬!」


 叫びながら、彼はナイルに向けて剣を振るった。ヤミイチの剣から放たれた閃光が、ナイルを襲い、彼の手に持つ杖を粉々にした。


 その光景に、全員が息を呑んだ。そしてその瞬間、俺の頭痛が急に収まり、何かが解放されるような感覚がした。


 突然、俺の心と記憶の奥深くから、数々の忘れていた記憶が蘇り始めた。それは今までに体験してきたものとは違う、隠されていた思い出や出来事だった。


「これは……!」


 俺の目の前で、ヤミイチが剣を下ろし、ナイルの方を睨んでいる。ナイルは粉々になった杖を見て、驚愕の表情を隠せないでいた。


 そして、俺は目の前に立つヤミイチを見つめながら、自分でも驚くような言葉が口から出た。


「父さん……」


 その言葉を口にした瞬間、俺の心には大きな衝撃が走った。今までのすべての疑念と混乱が、この一言で一気に晴れたような気がした。


 この場の空気が一変した。フローレンの頭痛もおさまり、彼は目を開け、周囲を見回していた。そして、パティとコルニーもこの変化に気づき、驚いた表情を浮かべていた。


「本当に、俺の記憶は改竄されていたんだ……」


 俺はヤミイチを見つめながら、その事実に改めて気づいた。そして、この場にいる全員が、新たな事実に直面していることを理解した。


 俺たちはこれから、何を目の前にするのだろうか? そして、この新たに明らかになった真実が、俺たちにどんな影響を及ぼすのか?



 俺は混乱の中、自分に蘇る記憶を凝視した。ヤミイチが俺に与えた衝撃は、心の奥深くに閉じ込められていた記憶の扉を開け放った。ナイルは信じられないという顔で、事態の展開を見守っている。


 フローレンも何かに気づいたような顔で、俺を見つめた。


「……あれ? 私、どうして……?」


 フローレンの声は、混乱と理解が混ざり合っていた。


 その瞬間、トウヤが動いた。彼は突然フローレンの首を力強く掴み、彼女を引き寄せた。


「思い出したのなら、仕方ない」


 トウヤは低い声でフローレンに言った。


 俺はその場面を見て、さらなる驚きと恐怖を感じた。トウヤの行動は、予測不可能なものだった。彼の手にはフローレンの命が握られている。その事実に、俺は身を固くした。



 フローレンは、苦痛に顔を歪めていた。その表情の変化に、俺は自分自身の心の中で何かが納得しているのを感じた。


「そうか、俺も同じだ……」


 記憶が鮮明になるにつれ、俺は自分の過去についての理解が深まっていくのを感じた。トリス村での日々、そしてその前の記憶。アレースレン王国での平和な生活。そこでは、俺もトウヤのように、勇者の跡継ぎとして修行に励んでいた。


「……そして、こいつたちとの関わりも……」


 俺は自分の記憶をさらに辿った。三姉妹との接点はない、そんな記憶を植え付けられていたことに気づいた。全ては作り話、俺の本当の過去とは異なるものだった。


 フローレンはまだ苦しんでいる。こいつの様子を見ると、俺の心は痛む。

 しかし、その苦しみの中で、彼女も何かを悟り始めているようだった。


「……全ては俺のため、でも」


 フローレンはただ苦しみ続けていた。


 その時、父であるヤミイチが、俺の肩に手を置いた。


「ローク、お前はこれからどうする? 俺たちの過去は、もう戻ってこない。だが、これからはお前が決めるんだ」


 俺はその言葉を聞き、深く考え込んだ。今までの俺は偽りの記憶に基づいていた。しかし、これからの俺は自分自身で道を切り開いていく。その決意が、俺の心の中で固まっていくのを感じた。


「随分と無責任だな、散々、振り回しておいて」


 その瞬間、俺は新たな道を歩むことを決めた。これからの人生は、俺が主導する。偽りの記憶を乗り越え、真実を受け入れ、俺自身で道を切り開いていく。それが、俺の「真実を知った者」としての道だった。

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