第31話 シエルの想いと闇の剣技


 幼い頃の記憶が蘇ってくる。

 これは、三人で遊んでいる所か。

 トリス村で追い駆けっこしている。この頃は何も考えていなかった。

 楽しかった思い出。本当だったら、隣で一緒に笑い合っているはずだった。

 でも、それは幻想として儚く砕け散る。


「……っぁぁぁ!」


 激痛が俺を襲う。耐えきれない程のもの。

 思わず地面に膝を着く。強烈な苦しみが俺の体を駆け巡る。

 いや、これは厳しいな。流石に自我を失ってもおかしくはない。


「おい、ローク! しっかりしろ!」

「は、離れろ」

「はぁ? 何言ってんだよ! お前、様子が……きゃ!」


 駄目だ。俺の体の自由が利かなくなる。

 そうか、これが隠された力だとしたら。

 本当に死ぬ気で進化をさせなければならないのか。

 サーニャを吹き飛ばしてしまう。謝りながらも制御が利かない。

 くっそ……暴走か? サーニャには離れろとは言ったけど、このままじゃ……。


「あらあら? 貴方も死を覚悟して戦うのですね?」

「ぐぁぁ! あ、貴方も?」

「えぇ、これは私のスキル……【束縛の戦士】使用すれば、天職を持つ者と同じぐらいの力を手に入りますが、使用者は死にます」

「……それでいいのかよ?」


 人の事は気にしていられない。だが、そのシエル言葉。

 こんなにも微笑みながら言える事なのか? 死ぬんだぞ。

 蒸発するぐらいに体が熱くなる。話は聞いていられない。

 でも、気になることはあった。

 そして、俺の質問に答えながら。

 シエルは両手にナイフを新たに持つ。


「えぇ、これも王国の為、家族の為です」

「……っ! それは結構な事だな!」


 凄いスピードで。シエルは俺に迫って来る。速いな。辛うじてだが動きは捕捉が出来る。

 だけど、鎖がメインの攻撃の時よりも格段に速くなっている。

 ナイフを振り下ろして、俺も剣で応戦する。

 だけど、一瞬で背後に回り込まれる。こいつ! だけど、それは読んでいる。


「……肉体も強化されているのですか? これは厄介ですね」


 ナイフが折れる音がする。硬い石のように変化しているのか。

 これは、ニーナの戦闘の際もそうだった。

 この状態は動きは遅いが、耐久力と破壊力は抜群。

 風の剣技を使用した際。動きが速くて応用力は高い。だけど、攻撃力はない。


 使い分けろと言う事か? いや、そんな親切心ある訳ねえか。

 とりあえず、はやめに決着をつけないと。

 俺は重い体を持ち上げる様に。ドッシリと構えながら、シエルの攻撃に備える。

 自分から仕掛けるより、カウンターの方がいい。

 必死に自我を抑えながら、俺は黒く変化した剣をシエルに向ける。


「ふぅ、普通のナイフでは無理なようですね……なら!」


 今度は何だ? するとナイフの刃先が伸びる。赤い光が目立つ様になる。

 器用だな、魔力で刃先と切れ味を上げたか。流石にあれを受けたらただでは済まない。

 肉体の強化。闇の力で全ての能力が引きあがっている。だけど、弱点はある。

 この痛みと油断すると暴走してしまう。動きも遅い。

 あの速度で迫られて、何回も受け続けたら不味い。


「がはぁ!」

「……本当に死ぬつもりか?」

「い、言いましたわね? 私は、」

「待っている家族がいるのに、自分から死ぬなんて矛盾してないか? それで俺に勝っても……意味がないんじゃないか?」


 シエルは口から血を吐く。やっぱり、相当……無理しているのだろう。

 痛みは伴うが死ぬ程では無い。俺と違って本気でシエルは命を懸けている。

 口を抑えて、地面に大量の赤い液体。気持ち悪くて、気分がいいものではない。

 そして、息切れを起こして苦しみながらも。


「意味、はあります……貴方みたいな野蛮で何もない奴隷のような人間……それが、仮に王国を襲撃し家族を襲う……それを防ぐ為なら、私の命をかけます!」

「正気かよ? 家族の為なら、あんたが一緒にいてやらないと……」

「これから、私を殺す人にそんな事を言われたくないですわ!」


 やっぱり無駄か。何を言っても聞かない。価値観の違い、そして情報の少なさ。

 この操られている感は何なんだ? このメイドも王国に、勇者に利用されているとすれば……。

 向かって来るシエル。先程よりも、速くそして攻撃が鋭い。


「ぐ……おっと!」


 体を仰け反らせながら回避する。

 危機一髪だった。頬に微かな切り傷。血が出てきて、攻撃が通ってしまう。

 束縛の戦士、その名の通りだな。このメイドは、王国に守られている。

 だけど、ある意味だがその名にあっているだろう。

 こいつは、束縛されている。固定概念と言うべきだろうか? 考え方が家族が第一。それも危ないという事か。

 俺が殺したヤミイチさんの元妻。そいつは、家族を道具のように扱っていた。


 でも、このメイドは……逆に自分を犠牲にし過ぎだ。


 段々と体が馴染んでくる。昔から、負けず嫌いで人一番の負けん気。そして、精神力はあると言われていた。

 シエルの攻撃の激しさは加速していく。


「がはぁ!」

「ぐぅ!」

「ローク、あのメイドも……何なんだよ、この戦い」


 お互いが消耗していく。これは何の戦いなんだ? 俺達は何をしている?

 願うものも、目的も違う。ただ、一緒の共通は勝利だけ。そして、相手を殺すだけ。

 シエルは吐血が止まらない。俺は体の痛みと苦しみが増していく。

 これは、お互いにとって最後の戦いになるのかもしれない。

 でも、負けられない。ナイフと剣がぶつかり合う。無数の傷を受けている俺。


 痛い、けど我慢だ。手数と速度は圧倒的に相手。やはり、魔力を流して強化されているナイフ。

 これが厄介で仕方がない。だが、必死に攻撃を受け続ける。


「どうしたのですか? もう、諦めるんですか?」


 挑発なのか? シエルは煽りながら言ってくる。

 確かに、これでは戦意喪失に思える。

 だけど、俺は隙を伺っていた。四方八方からの斬撃。

 瞬間移動のように思える。それぐらいに速い。

 だが、こいつは一瞬だけ。一瞬だけ、こいつの動きは静止する。

 それは普通なら気付かない。だけど、今の俺なら……。


「ここだ!」

「……!」


 見切った! 俺は、シエルの動きに合わせて剣を振る。

 そして、同時に目を瞑る。自分でも信じられない程の集中力。

 有り余る体力を利用して、俺は黒剣を後ろに引く。

 あぁ、これだ。やっとこっちの力でも発動が出来る。

 すると、同時に黒の炎が発生する。これは、サーニャの赤い炎とは違う。

 これが、スキル特有のものだとしたら。俺の身に何が起こっているのか?

 いや、それよりも今は……。


「剣技……【闇炎舞(やみえんぶ)】!」

「そ、そんな! がぁぁぁぁぁ!」

「黒い炎……こんなの初めて見たぜ」


 まるで、炎が踊っているかのようだった。

 激しく黒い炎はシエルを襲って焼き付くす。

 この炎は俺の憎悪が込められており、火力も桁違い。

 ただの水では消えず、魔力が込められた水じゃない消せない。

 俺は、それを出した瞬間。全ての力を使い切る。


 やってやった。あれだけの動きをするなら。疲れというか反動は必ずある。

 その隙を見逃さず、攻撃を命中させることが出来た。

 シエルは黒い炎の中で、泣き叫んでいた。


「ローク! しっかりしろ!」

「あ、つぅ……サーニャか」

「あぁ、本当に無茶しやがって……でも、本当によかったぁ」


 サーニャは走って酔って来る。倒れる俺を支えてくれる。

 ……っ、サーニャ、悪かったな。吹き飛ばして。それと、助けてくれてありがとう。グッタリとしながら俺はサーニャの顔を見つめる。

 安らぎながら、俺はサーニャの膝の上で体を預ける。

 いや、もう動けない。剣技を使いまくって、隠された力を解放した。

 暴走寸前だったが、気合で抑え込んで自我を保った。


 ――今後、何かの拍子でまた闇の力が発動する。可能性はゼロではない。

 出来れば、発動したくない。けど……これを制御が出来たら。


「ばかぁ、本当に心配かけさせやがって」

「……お前に言われたくねえよ」

「けど、よかった! 生きてて! それで、また普通に話せて!」


 ポタポタとサーニャの涙が俺の顔の上に落ちる。

 サーニャ、お前……。こいつは、本気で悲しんでいるのか? こんな俺なのに。誰よりも無事を祈り、そして戦ってくれた。

 俺は、こいつを拒絶したのに。こいつはそれを振り切って追いかけて来た。


 馬鹿だ。本当に、俺は馬鹿だ。何で……気が付けなかった?


「あぐぅ……」

「……!? まだ生きていたのか?」


 だが、サーニャの事を想っていると。

 メイドのシエルがふらふらと立ち上がる。

 こ、この野郎……まだ戦えるのかよ。

 そこには、全身が焼かれて左腕を消失しているシエルの姿があった。

 意識をまだ保てている。その、精神力は敵ながら褒める。


 だけど、限界は既に迎えている。


「殺す、家族の為に……待っててね」

「やめろ! もう、いいだろ!」

「どっちかが死ぬまで戦いは……」


 そこまで執着する理由。俺には分からない。

 俺もサーニャも満身創痍。もう、戦う力は残っていない。

 どうする? くそ、まだ生きているなんて思わなかった。


「ローク……」

「サーニャ、お前は逃げろ」

「……!? 何言ってんだよ!」

「お前は何も関係ない! 巻き込んで死ぬなんてお前も不本意だろ」

「嫌だ! いいか? せっかく助けに来てやったのにそんな事言うなよ!」


 こいつもどうしてそこまで俺に執着する。

 シエルは段々と迫って来る。くっそ! このままじゃ二人共。


「お、終わりです!」


 最後の力を振り絞るように。シエルはナイフで斬りつけようとする。

 俺も意識が段々と朦朧としてくる。

 ここで気絶したら駄目だ。けど……。


「いや、お前が終わりだ」


 この声を聞こえた瞬間。俺の意識は途絶えた。

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