第32話 戦いの後と紅の旅団

「……っ! こ、ここは?」


 目が覚めた時。俺は、宿屋のベッドで寝ていた。

 軽く起き上がると、包帯が体中に巻かれていた。

 俺は、辺りを見渡して状況を確認する。


「目覚めたか」

「……あんたは?」


 すると扉が開く。入ってきた人物は見覚えがなかった。

 第一印象は、落ち着きがあり少し年上の印象だった。

 さらには、俺と違って高価な装備品をしている。

 かなりの手練れなのか? とりあえず、俺はどうなったんだ?


「三日間ぐらい寝てたから心配したぞ」

「そんなに寝てたのか……それで、あんたは誰なんだ?」

「俺か? そうだな、簡単に言うなら……冒険者だ」


 それは見れば分かる。それにしても、風格はあるな。

 美しい青い瞳に、黒髪。身長も高く、顔も俺と違って美形である。

 ……容姿はこんな感じか? 後は掴み所のない人という印象か。

 俺はこの男との会話が続かない。だから、もう少し話を膨らませる。


「冒険者、と言ってもただの冒険者じやないってことか?」

「……あ、いや」

「それは私から説明するわ!」


 すると、もう一人この部屋に入って来た。ソルトさん……か。

 この人もヤミイチさんと同じぐらいに世話になった。

 だから、感謝したい人物。でも、何か様子がおかしい。

 さらに疑問点が多々ある。寝ている時に何があったのか。

 黙って話を聞く事にするか。


「まずね、この人はAランクの冒険者……【紅(くれない)の旅団】のリーダー! ガルベスよ!」

「宜しくな」

「まぁ、実力は確かだけど口下手な所はあるけどねぇ」


 ソルトの発言にショックを受けているガルベスという人物。

 目が泳いでいる。よっぽど確信をつかれて動揺しているのか。

 風格はあるが、抜けている所はあるのか? ……気を取り直そう。

 Aランク冒険者。この世界に数名しかいないと言われている。

 その旅団を率いるリーダーなのだから。実力は本物だ。


 多分、気絶する前に聞こえた声。恐らくだけどこいつの声だった。

 ……一体何が目的だ? 利益もなしに、こんな場所には来ない。

 俺を助けた……それは後悔するぞ?


「それじゃあ本題に入ろうか……はっきり聞くけど、何人殺したの?」

「そうだな、最低でも二人は殺した、と思う」

「思ったより少なかったわね? まぁ、何人殺したというのは別に重要な問題じゃないわ! それよりも、殺した相手が不味いのよ」

「……本当にこいつが、王国の戦士を殺したのか?」


 ソルトは説明する。

 この三日間。ソルトとガルベスは情報を集めていた。

 さらには、ヤミイチさんとその娘の治療。街の人の行方。

 サーニャから直接聞いた情報と集めた情報。

 それらを総合的に判断した上で。ソルトは俺の判決を下している。


「正直、今の貴方と関わりたくはないわね」

「そりゃそうだろうな」

「まぁ、私が違う街の冒険者ギルドに連絡して助けた所で……もう私も危ないかな?」


 違う街にいる冒険者。ソルトは状況を予測して、備えていたのだ。

 これもサーニャが本音を打ち明けてくれたから。

 たまたま依頼に出掛けていなかった【紅の旅団】がこの街に来た。

 かなりの高額の報酬金。それでも足りないぐらいのリスク。

 それも、世界を敵に回している人物の護衛。そして、ガルベスもまた俺を助けた。重罪だ、王国に逆らった反逆罪。勇者の側近を何人も殺した罪。


 ――――逃れられない。きっと、この街の存在自体も危なくなる。


「じゃあ、俺が寝ている間はどうしたんだ?」

「……それは、俺達が守っていた、とは言っても敵は来なかった」

「そうそう! サーニャも必死に看病とかしてたんだよねぇ」

「そうだったのか……それは、お世話になりました」


 俺は軽く頭を下げる。全ての力を使い切った時点で。

 自分の命はなくなった。そもそも、明確な味方がいない。

 だから、意識がなくなること。それは絶対に防がなければいけなかった。

 今回は運がよくて助かったけどな。とりあえず、お礼は言っておく。


 だけど、これ以上は……。


「だけど、助けて貰ってこの言い方は悪いと思うけど……俺と関わるのは」

「それはこっちの台詞よ! 言ったでしょ? 助けたのは、サーニャが泣きながら懇願してきたからかな? 後は、そうね……助けてくれたからかな?」

「俺は、別に金を貰ったからだな」

「そうか、それは悪かったな」

「別に謝る必要はないわよ! それで、貴方はこれからどうするの?」


 俺の事情も知っていると思う。

 この二人は味方ではない。もちろん助けて貰った恩はある。

 ソルトの質問に俺は考え込む。じんわりとした痛みを感じながら。

 はぁ、どうするかな? もちろん、復讐を途中で終えるつもりはない。

 まだ、道のりは長い。だからこそ、選択は間違えられない。


「ニーナとメイドシエルの殺害、王国の戦士を倒した……この事が世界に広まるのも時間の問題だと思う」

「そうねぇ、完全に広まる前に私達も何かしないと」

「いや、これはそもそも俺があんたらに巻き込んだ責任がある! 【ロークが全ての元凶】と言っておけばいい」


 自己犠牲の精神で俺は発言をする。

 もう、後戻りは出来ない。

 何人も殺し、さらには完全に世界を敵に回した。

 過去の復讐とか関係ない。何があろうと、俺はやった事は許されない。

 さらに、シエルとの戦闘の際。俺はサーニャを殺そうとした。

 これも、たまたま暴走しなかった。でも、もし仮に暴走していたら……。


 体の寒気が止まらない。敵を倒せる。だけど、それは同時に危険でもある。

 無差別に人を殺す力なんて最低だ。

 あいつ(サーニャ)はいい奴だ。俺の為に助けに来て命をかけてくれた。


 苦しむのは俺一人で充分だ。サーニャは立派な冒険者になる。

 あの炎の力は剣士としても強い。だから……。


「いや、それは認めない」

「理由はどうして?」

「責任は自分一人では負えない、からだ」

「……? そんなのあんたには関係ないだろ」

「いや、有望な人材を……あ、えっと何て言うんだ?」


 何なんだこいつ。口下手というか言いたい事が定まっていないのか。

 隣にいるソルトが捕捉する。


「つまり、言いたいのはねぇ、【一人で背負い込むな】って言いたいんですよね?」

「まぁ、そうだな」

「別に、背負い込んでいるつもりはない! 知ってるんだろ? これは俺の問題だ……あんたたちだって王国を敵に回したくないだろ? 勇者だって、今回の件で黙っているとは思えない! だったら」

「落ち着け、そうヤケになるな」


 冷静に宥めてくるガルベルと言う男。

 そもそもAランクの冒険者なら、王国にいた方が得じゃないか?

 それをしない理由。俺はそれが気になった。


「勇者か、この世界に奴の事をよく思っていない人物は多いという事だ」

「あんたもその一人という事か?」

「少なくとも、お前を裏切った奴よりはそれに近いつもりだ」

「……ぐ」

「まぁ、私も王国とか勇者に従わないと過酷な生活が待っているからね……そうしていたんだけど」


 王国や勇者に敵う力があれば……という訳か。現状はそれがない。

 だから、二人共従っている。それに、あのメイドと同じ。

 大切な人がいれば話は別。この二人にもきっとそういう存在がいると思う。


 本音は幾らでも言える。でも、それを実行するだけの勇気も力もない。


 やっぱり、俺一人で戦うしかない。


「さて、それじゃあ貴方の意志を聞きたいわ!」

「意志?」

「えぇ、私とガルベスはこの街に残るんだけど……一緒に戦うんだったら」

「いや、結構だ」

「まだ何も言ってないじゃない!」

「いや、待て! 無理に誘った所で意味はない、こいつはもう世界中からマークされている大罪人……本人がそう言っているならその方がいい」


 ガルベスは話が分かる。非情のように思える発言。

 でも、今日出会ったばかりの人物に。ここまでして貰った。

 だから、俺は自分が出来る最大限の誠意を見せる。


「少ないけど、これ」

「……何の真似だ?」

「うぇぇ、こんなに!?」

「これは、お礼だ……俺なんかをここまでしてくれた」


 大量の金貨。これは、ニーナとか殺した奴から奪った物。

 これでまた一からやり直しだ。俺は、真っ直ぐな瞳で渡す。

 このお金は俺が持っていても仕方がない。

 今まで迷惑をかけた人達。巻き込んでしまった人達。


 せめてもの償い。俺は、二人から視線を逸らす。


 やっぱりこの街からは出て行こう。

 一人の方が気楽だ。怪我が治るまで……いや、見つからない様にだ。

 俺は、誰にも相談せず。自分で決めた。

 悪いな、サーニャ。俺は……一人で戦うよ。


 そして、それから三日後。俺は、夜遅くにこのセルラルを出た。

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