第77話 進み続ける者の虐殺
「くそがぁぁぁ!」
「ちょ……ろー」
名前を呼ばれる前に俺はパティを殴っていた。
謝られたのは別にいい。けど、その後の【色々な人が居た方がいい】我慢していた感情が一気に爆発した。パティを押し倒して、俺は自分の拳をぶつける。力に任せて殴りかかる。首元を掴んで、顔を何度も右手の拳で殴った。
「お、おい……ローク!」
後ろからエドワードの声が聞こえた。
でも、振り返る事はしなかった。いや、出来なかった。こんな意味のない怒りをパティに向けるのは間違い。それは頭では分かっている。だけど、俺を含めて人間は……理性だけでは行動が出来ない。
畜生……こいつの罪は計り知れない。だけど、パティに出会わなければ王国や勇者の秘密には辿り着けなかったかもしれない。
殴り続ける俺とパティの間に氷が発生する。
「やめろ……ここで俺達が争っても意味はないだろ?」
「ぶはぁ! 痛いわね……急に襲わないで! 貴方よりは年上だけどまだか弱い女の子なのよ?」
こいつ一瞬で傷が治ってやがる。
煙と共にパティの殴られた箇所は治っていた。
本当に女神だったんだな。これに、エドワードも驚いており、同時に安堵の表情だった。
力は本物だ。逆に殴った俺の拳の方が痛むぐらいだった。そして、発生した氷の壁を見つめながら。
「それは、悪かったな……スキルを与えるっていう重要な仕事をしていた……それは、仕方がなかったってやつだよな?」
「貴方、そればかりね? 後はそんなに睨まないでよ! 怖いでしょ……」
でも、パティも予想外だった。
ここまで勇者として持ち上げられて、英雄扱いされているトウヤという人物。
思えば、俺はあいつと話をしていない。ただ、勇者という力と復讐対象に考えていただけ。
こんな状況で対話もクソもないが、少しだけトウヤという男に興味が出てきた。
情などは一切湧いてこない。多分、次会った時は全力で俺は殺しにいくだろう。いや、今でも呪っている。少しでも苦しくあいつが死ぬように。
だけど、人って奴は探究心の塊だ。
話が聞きたい。話をしたい。解決は不可能だが、俺には知る権利はある。
そして、エドワードは手を降ろす。
何やら気になる事があるようだった。
「二人とも落ち着いたか? それで、また気になる事があって……」
「ふぅーロークちゃんと違って君は本当に落ち着いているわね? こんな時でも冷静に分析出来るなんて……」
「いや、ただ自分が興味あるだけかもしれません……この世界は存在している知識だけじゃ学べない事は沢山あった……それだけですよ」
それは同じ気持ちだ。
必死に学んだ知識が違ったのは悲しいけど。
でも、パティと出会って話を聞くと、この世は間違いだらけだった。ふぅ……エドワードと同じで俺も興味がある。
色々な人が居た方がいい。そういうパティの考えを聞きたいのもある。
落ち着きを取り戻した俺は深呼吸をする。
「私がトウヤにスキルを与えたのはもうかなり昔の話……その時は彼からは何も感じなかったし、正直注目してなかったわ」
「どうして、そんなトウヤが勇者に選ばれたのか? いや、そういう存在に持ち上げられたのか? この辺は分からないんですか?」
「うーん……トウヤばかりを見ていた訳じゃないし、スキル自体はとても希少だったのは確かだったのよ! でも、まさかこんな風になるとは予想が出来なかった」
嘘はついていない、ように思える。
パティは俺に殴られた箇所を摩りながら、エドワードの問いには答えられないようだった。
ただ、トウヤ自体のスキルはとても希少価値が高い。魔物を操って、様々な用途に使える力。
聞いた事がない。使い方を考えればとても強い力だ。……パティが言う出会った時は、何も変哲のない青年だったらしい。何故だ? 今となっては、強大な王国の勇者として君臨している。
本当は作られた偽物の存在。それでも、それだけの力や権力があったと言う事だ。
「……利用しやすかったとか?」
「……え?」
「普通に考えて魔物を操る力は利用しやすい……実際、ニーナ達を王国に引き入れる交渉にも使ったからな! だから、誰かが裏でトウヤに力を与えている……天職の奴らはその作り出した偽物を守る為の存在って考えたらどうだ?」
俺の出した結論。
ニーナから聞いた魔物の襲来。
あいつの力がどれだけのものかは知らない。
範囲や操れる魔物。でも、大量の魔物を操ったとなると、その力は底が不明だ。そもそも、どうやって勇者の力を使っているのか? いや、仮にその方法が可能でも、負担はかなり大きいはずだ。
そして、俺の辿り着いた考えにエドワードはさらに付け加える。
「なるほど! そう考えると、勇者の力が弱まった時は……【何者かが供給している力の源】が少なくなっている! だから、動きも鈍くなったんじゃないのか?」
勇者を倒せる。苦しめられてきた。そいつの弱点がこの場で公になろうとしている。エドワードの瞳は輝いていた。この絶望的な状況で、微かな希望。
敵を押し寄せて、俺達の勝てる可能性は限りなく低い。そして、エドワードは若干早口になりながら、俺達に自分の答えを伝えてくる。
「勇者……作り出された存在を倒せば! 俺達はまたやり直せる! パティ、さんの力もあるし! ローク! お前だってこんな戦い終わらせたいし、出来ればしたくないだろ?」
「エドワードくん……」
真実が少しずつ明かされてきて。
勝てる可能性が現実味が帯びてきた。
でもなぁ……エドワード。お前の気持ちも分からないでもない。ニーナを殺した時に、俺は胸の錘が外されたように。とてもスッキリした気持ちになった。でも、しばらく時間が経つと虚しくなった。
それが、復讐で俺の目指しているもの。
全てが終わったら時に俺は何をするのだろう?
いや、それよりも。
エドワードの言っているのは理想だ。
世界はそんなに甘くはない。残酷だ。
信じて、裏切られて。奪われて、奪って。
殺されて、殺す。簡単だが、難しい。
戦いは終わらせたいと思うし、したくない。
でも、俺は進み続ける。
「エドワード……敵は勇者だけじゃない、仮にあいつを倒しても残った王国の奴らからの報復の危険性がある……俺達に残された道は【全員虐殺】それしかない」
「そこは時間をかければ何とかなるんじゃないか? 王国の人達の中にも話せば分かる人はいるだろう」
「いや……俺達にそんな時間はないし、残されてもいない! もうここから戦いは始まっている」
やっぱりお前には無理だ。
どんな事情があろうと俺は進み続けて殺す。
もう、後には引き返せないからな。
そこに無残に肉片の塊となったニーナが証明している。俺は目的の為なら何だってやる。
そして、自分でも殺気が込められているのを感じる。エドワードの方を見つめている俺は、誰から見ても悪魔そのもの。
戦いは始まっている。この発言にパティは。
「私も戦争を止めたい……この一心でロークちゃんの力を強くして、罰を受ける覚悟でここに居る! 元凶は私かもしれない……そして、もう綺麗事だけで片付けられる問題ではないと、思うの」
「それが正しいと思います……戦いは人が死ぬ、弱い者が負けて、勝った方が正義何ですから! でも、この繰り返しになってしまうんですよ! 過去の歴史を見ても俺達は何度同じ事を繰り返せば気が済むのだと……」
過去の戦いで勝利した場所が今も残っている。
この世界の歴史を見てもそれが物語っていた。
アレースレン王国も戦乱の時代は避けられていなかった。大量の死体と血の上で成り立っている平和。
それなのに、まだ求めるのか? あれだけの力がありながら……今度は世界を支配しようとしている。
逆に考えればそれだけアレースレン王国は追い込まれているのか? 余裕があるなら、他の国や街を全制圧などしないはず。それ相応の対価はあるが、失敗した時のリスクが大き過ぎる。
それだけ自信があるという事か? いや、まさか……【次の勇者の候補】を探しているのか?
力が弱くなっている。そして、もっと勇者に近い存在が欲しい。王国側の立場になったら、そう考える。じゃあ、勇者という力は本当は実在しないんじゃないか? だから、そう言った者が居ると俺達に錯覚させて……。
「でも、それが戦争なのよ! この森のようにずっと先の見えない戦いを続けている……みんな、迷い続けているのよ」
「その戦争の森から抜け出さないといけないですね! 誰かが止めないと!」
「……だから制圧してくるんだ、そうすれば遺恨は残らず戦争は終わる! あっちも俺と同じ考えだ……やっぱり全員虐殺するしか方法はない」
そうだよな? 偽物さんよぉ? お前は今頃は椅子に座って優雅にしてるんだろな? ただの作られた人形の癖に。でも、俺はその人形に負けた。
だから、こんな選択肢しか出来なくなった。
家族も、仲間も、恋人も失った。
自分の手で殺してきた。
まだ、大切な仲間であり恋人であったサーニャが居てくれれば。俺の考えは変わった、のかもしれない。あいつは馬鹿で、正しいと思った方に進んだ。
二人で一緒に行くと約束したあの時。
家族はいいのか? と俺はあいつに聞いた。
甘かったな。本当にそれが命取りになっている。
例え世界を敵に回しても、あいつは俺に最後まで付いて行くと言ってくれた。
でも、それは崩れ果てた。
その台詞はもう意味合いが大きく違ってきた。
俺は二人の顔を見ながらここに宣言した。
「だから、俺は例え世界を敵に回しても……復讐は続ける! それが、俺の進むべき道だ」
その中にサーニャ。
残念だけどお前も含まれている。
俺は、進み続ける。
勝ち続けて、敵を虐殺するまでは。
第二部 完
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