第60話 最悪の交渉と残忍な過去
フローレン工房を出た時にはもう時間帯は夜になっていた。
久しぶりにこんなに動いた。
いつもは城の中で籠って書類を大量に書かないといけないからな。
流石にこの時間だと人はあまり居ないな。
市街地から離れているとはいっても寂しいな。
……そう言えば剣を持ってくるのを忘れたな。
まぁ、わざわざ俺に攻撃をしてくる者は居ないと思うが。
「ゆ、勇者様ですか? 少し宜しいですか?」
あ……何だ? こいつ。
フードを被って顔も隠しているのに何で分かった。
俺がここに来るかが分かっていた。
そうじゃなければこんなに的確に居場所を察知出来る訳がない。
何が目的だ?
「何故、俺を勇者だと分かった?」
「言いたい事は分かります……ですが、どうしても聞きたい事がありまして」
聞きたい事。普通だったらここで捕まえてどうにかしてやる。
けど、現在の状況でそれは策として良くない。
一応、話は聞くとしよう。
「いいだろう、手短に話せ」
「……貴方がこの国の何処かに捕まえている奴隷についてです」
「奴隷……? あぁ、そういうことか」
こいつの服装。恐らく、元々は奴隷だったが一般市民に格上げされた奴か。
腕の所に黒い星の紋章。それが見えているってそうだ。
そして、この元奴隷の要求は恐らくだが。
「正確には貴方方ですが……その中の私の娘を解放して欲しい」
「……やはりそうか」
「私が必死に努力してここまで這い上がった来たのは、全て娘の為なんです……だから、無理を承知で頼みに来ました」
……無理に? いや違うな。
こいつは俺に勝てる保証がある。
だからこそ、わざわざ俺に正面から交渉してきている。
何も勝算もなく突っ込んでくる奴には見えない。
表情や仕草からそれを感じ取れる。
そうなると、何かこの場に罠か? 仕掛けか?
何か決定的な弱点……それを仕込んでいるのか?
「娘の名は何だ?」
「……!? か、解放してくれるんですか?」
「言っておくが俺の意向で奴隷を管理している訳ではない……さぁ、名前を教えろ」
ふん、少しぐらいは希望を与えないと面白くない。
それに、人が居ないとはいっても何者かが見ているかもしれない。
結果的にどうなろうと構わないが仮定は大事だ。
「【リリアン】……赤髪で笑顔が可愛らしい奴です! お願いします、勇者様!」
「別に頭を下げる必要性はない! リリアンか、いい名前だな」
「あ、ありがとうございます!」
「ただ、お前に言っておく必要性がある、敵を仕留めるならもう少し殺気を消さないとな」
一瞬で剣を抜いてそれを振り切る。
この場に無数の斬撃が発生してそれは隠れていた女に命中する。
……魔術で透明になっていたか。かなりの高度な魔術。
ただ、相手が悪すぎたな。
「な、なぁ!? ど、どうして……」
「考えは悪くない、武器を持っていないと確信して相手を交渉で油断させて考えをそちらに持っていく、これなら隠れていても意識はそっちに行くから気付かない」
「う、嘘よ……」
女か、この二人……なるほど、だから子供を。
作戦としては単純だな。
男側が気を引いて、女側が透明で相手の隙をついて攻撃。
余程の自信があったんだろう。恐らく、俺じゃなければ気が付けなかったかもしれない。
でも、微妙な足音、様々な要因が重なったら見逃さない。
さて、問題なのは。
「俺を殺そうとしたのに自分達の娘は解放しろというのは……どうなんだ?」
「……ぐ、それは」
「……私達は奴隷時代にたくさんの酷い仕打ちを受けました……私達の娘は、私達の手で助ける!」
傷口を手で抑えながら女は立ち上がる。
可哀想だな、血だらけだ。
はやく楽にしてやろうじゃないか。
「いや、残念だがそれは無理だ」
「……っ! やっぱり元々解放する気がないんですね! 貴方も、あの三人の女共も……私達にとっては悪魔よ!」
「違う、解放出来ないんじゃなくて、もう既にこの世にはいない」
「え……?」
「……それってどういう?」
「そのまんまの意味だ! お前達の娘は弄ばれて殺されたよ」
表情がさらに険しくなる二人。
思い出すのは見るにも堪えない光景。
いつの日かの出来事。
三人がまだ揃っていた時。
たまたま俺は奴隷収容所に顔を出した時だ。
「ちょっとなにこいつ……奴隷の癖に私よりも髪がきれいなんだけど生意気ね」
ニーナが赤髪の女の髪を引っ張って痛そうにしていた。
シャノンも後ろで若干止めながらも笑って楽しんでいる。
フローレンは何やら謎の薬を手に持っており何をするか分からない。
こいつらはここに来ては、価値のない奴隷を虐めていた。
それがこいつらにとって日々の不満の解消の一つなんだろう。
「ニーナ、苦しんでいるでしょ? 程々にしときなさい」
「はぁ? そんな事言いながらシャノンも楽しんでいるんじゃないの?」
「……程々には」
「私は別に自分の開発した薬とかを試せればそれでいいわ! 殺さない程度に遊べばいいんじゃないかしら?」
「あぁ……殺さない程度にな!」
あいつらこんな臭い所で何をやっているんだ。
三人には気付かれない位置から、俺はその凄まじい光景を見ていた。
普通だったら止める所だが、俺にそこまでの良心はない。
あの奴隷も生きていく上で何も価値がないからあそこにいる。
「や、やめて……」
「ちょっと、何言ってんの? 私に指図するな!」
「あーあーそれはやばいって」
「うわ……強烈ね」
ニーナは奴隷の女の腹を蹴りつける。
壁際まで飛ばされて悶絶している。
あれは痛いだろうな。鍛えている剣士の重い一撃。
シャノンもフローレンも他人事のように見ている。
……可哀想に。
「がはぁ! お、お願いします、助けて下さい」
「へぇ、これでまだ話せるんだ? なかなか丈夫な奴隷だな!」
「残念だけど貴方は国から必要とされて居ないと判断されたから……だから、仕方ないわよ」
「ふふ、助けたくても助けられないのは心が痛いわ」
それは嘘だな。あいつらに助けるという気持ちは微塵もない。
心が痛むならばこんな事はしない。
人間は身体的な傷を受けたら痛いと感じる。だが、心の傷は受けても痛まない。
だから、あんな非人道的な行為が可能なのだ。
その後は酷い有様だった。
ニーナには人形のように殴られ、蹴り続けられる。
シャノンには魔術などで精神的に追い詰められる。
体も心もボロボロで奴隷の娘の口数は次第に減っていく。
「うわぁ! こいつ漏らしてる」
「……汚いわね」
「掃除の手間が増えるわね……そんな悪い子にはさらにお仕置きが必要ね」
あまりの過酷さに遂に奴隷の女は床に液体をまき散らす。
失禁しながら目の焦点が合っていない。
完全に壊れる一歩手前の寸前だった。
そして、極めつけはフローレンが用意していた薬。
それを奴隷の娘に直接振りかける。
「はぁ……フローレン、なにこれ」
「この薬は体の老化をはやめる薬を、試行錯誤していってやっと完成したんだけど……実験する相手が居なくて」
「それで、この奴隷を?」
「ふふ、だってここまでしたらもう死んでいるも同然だし? 実験の対象には絶好の相手じゃない?」
「あれ? こいつ髪も抜けてきているし、肌も汚くなってるじゃん! やっば!」
「どうやら、実験は成功のようね……これを応用すれば逆も可能かも?」
フローレンの薬によって老化は急激に進行している。
驚いた。あんなものまで開発しているなんて。
……恐ろしいな。
思えばこの光景が改めて三人の脅威さを実感する事となった。
「じ、じゃあ! 私達の娘は! くそ!」
「そ、そんな……なんで、なんでよ!?」
それで今に至るって訳だ。
最初からお前達の要求には応えられなかった。
結果的にだが、自分達の首を絞める形となってしまった。
男の方は激高しており、女の方はあまりの悲惨さに泣き崩れている。
「これに関してはあいつらを恨んでくれ……俺は何もしていない」
「……っ!? でも、貴方は見ていたのでしょ! なんで助けてくれなかったんですか!?」
「助ける? そんな義理は必要ないだろう? 奴隷を俺が助けるなど出来るはずがない」
「あ、あぁ……リリアン、私達の娘を返して下さい!」
「ゆ、許さない! やっぱりあんたもあいつらも悪魔だ! でも、惨めですよね!」
なんだ? 急に態度が変わったな。
少し警戒しながら男の方を見る。
惨め……だと? それはどっちだ。
「なんだと?」
「貴方の自慢の側近は二人も殺されたんじゃないんですか? しかも、名の知らぬ剣士に! それだったら、俺達でも……あんた達に敵うはずだ!」
「……なるほどな、確かにそうだ、あいつらは死んだ、けど一つ大きな勘違いしているな」
好戦的だ。自分でも勝てると思い込んでいる。
けど、それは本当に愚かな考えだ。
「お前達じゃ到底俺には敵わないって事だ」
「……っ! この野郎!」
やはり隠し持っていたか。
男は剣を取り出して不意打ちを仕掛ける。
俺から男までの距離は離れていない。
警戒はしていたがこれは相手の間合い。
なるほど、速さも鋭さもある。相当、鍛えたのだろう。
「がぁ! な、なに……」
「言っておくが、先に仕掛けてきたのはそっちだからな……これは正当防衛だ!」
「あ、貴方!」
向かってくる剣を弾き飛ばし、俺は男に容赦なく剣を突き刺す。
さらには無数の斬撃を発生させて完膚なきまでに叩き潰す。
一瞬にして男は血だらけとなり、力の差を見せつける。
「く、くそやろう……がはぁ」
「う、うぅ、あなた……」
「女の方は助けてやるが、お前は駄目だ……俺に指図した罪もあるからな」
そして、俺は剣を振り切って男の首を飛ばした。
その後は女に男の死体を処理させて再び奴隷に格下げさせた。
これは一種の教育だ。この国のやり方を再び再確認出来た。
さて、また一人邪魔者は始末した。
後は頼んだぞ……優秀な部下達。
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