第94話 家族のために、仲間のために出来ることを俺がやる

 これでは氷の魔術師としての名が泣いてしまう。

 この二人に殴られて、攻撃されて、俺は倒れ込む。

 フローレンにかけられた謎の薬品。その影響で魔力を練り込むことも出来ず、一方的に殴られるだけだった。


「おい! どうしたんだよ! こんなに歯応えがない奴は初めてだぞ」

「……あの森で私たちをどうにかしたのはまぐれだったようね」


 所詮は魔力が無くなれば、ただの一般人だ。

 今は氷の魔術師としてのエドワードは居ない。

 だらしなく戦闘力が全くない男が居るだけ。

 こんな奴らはやく倒してローク達を助けに行かなければならないのに。

 そして、二人の後ろからフローレンも近寄ってきてしまう。絶体絶命の状況だ。


「あら、見苦しい姿ね……魔術師さん?」

「……お前が俺にかけた薬、魔力を完全に消失させるものか? 大した薬品だな」

「んー? それでも開発中だったから不安はあったけど……あなたに効果があるなら問題ないかしら?」


 フローレンは笑みを浮かべる。

 どうやらこいつにとって俺はただの実験対象。

 人間として扱われていない。

 それもそうだ。こんな無様な姿を見せつけているのだから。どうにかしたくても出来ない。


 魔術師、エドワードはもうここには居ない。


「ぐぅ! エドちゃん! 諦めちゃ駄目よ! 私が必ず……ぐぁ!」

「残念だがそれは無理だ! お前もここで始末する……後々厄介な存在になるからな」

「お前らの意味もない反逆もここで終わりだ! 俺たちに勝てるはずないだろ!」

「……そもそも初めから分かっていたこと」


 ……ここまでか。

 意味のない反逆。確かにこれは戦いだ。勝たなければ意味がない。俺も、ロークも虚構な行為を続けている。アレースレン王国自体が強大で、まるで雲を掴むような難攻不落の王国だ。頭では分かっていた、勝てるはずがないと。


 幼い頃から魔術師として育てられてきた。

 氷の魔術師、まぁ正式名称は氷結の魔術師だが。

 厳しい父親だったが、それは自分の成長のため。そう思って、魔術の心得を叩き込まれた。


 可愛い妹と優しい母親。さらには、自分ではあまり気付いていないが、俺は顔がいいらしい。

 だから、友や大切な人もいたような気がする。


 でも、それもこれも……こいつらに。


 女神であるパティさんに剣が突き刺さる。

 こ、こいつ何も戸惑いもなく。

 何とかしたいが、今の俺には睨みつけたり、この籠った怒りをぶつけることも出来ない。

 全ての体内の魔力は使い切って、惨めに倒れ込んでいる。これ程に屈辱的なことは……。


 ……何だ? パティさんが微笑んだ。

 どうして? この状況で笑える。

 鎖で繋がれ、剣で体を貫かれているのに。

 でも、あの人ならこの状況を打破を出来る何か。


 突破口を何か持っているのか?


 そして、俺の思考が追いつく前に、この場は黄色い光で包まれる。これは……パティさんの?


「【封印魔術、天と罰】!」


 大声で聞いたことのない凛としたもの。

 あの人は両手を無理やりにでも天に掲げて何かを発動しようとしていた。


 暖かい。心地よくて、与えられた傷も癒えるような。いや、それよりも封印魔術と言ったな……この魔術は一体?


「……へぇ? 凄いわね」

「ほぉ? やはり……女神の力を持つものだったか? 通りで、魔力も魔術も人間離れしていると思ったが」


 女神の力を持つものじゃなくてそのものなんだけどな。いや、そんなことよりも……一瞬で戦況が逆転しそうな雰囲気だ。黄色い光は照度が増していき、強くなっていく。


 魔力が少しだが戻っていく。

 封印魔術ということだが、流石は女神の魔術。

 敵の錯乱と共に味方の回復まで。

 やっぱりこの人は凄い。

 これなら、この状況からでも……。


「……勝ったと思ったか?」


 ……な、なに? ば、馬鹿な!?

 俺は目を疑う。あの勇者はパティさんの首を掴むと、そのままこの黄色い光は消失してしまう。

 微かな光の希望は一瞬で終わってしまった。


「あら? 使ってしまったの?」

「……流石は女神の力を持つ者だ……かなりの魔力を保有していた、少し吸い取るのに苦労したが」

「お、お前……」

「何だ? 俺がこの程度の封印魔術で通用すると思ったか? 言っておくが、俺にどの魔術も通用はしない、ついでに言えば剣技も、と言っておこう」

「ふふ、そこまで教えてあげるなんて、優しいわね……さてと」


 ぱ、パティさん……んぐ!

 フラフラと立ち上がった瞬間に。俺は左右からカゲノとサキによって剣で貫かれる。

 俺の口から鮮血が吹き出た。同時にパティさんは用が済んだのか。あいつに勢いよく投げ飛ばされる。

 顔は見えなかったが、恐らく気絶したか。いや、体が全く動かない。


「そろそろ終わりにしましょうか」

「あぁ、魔力も有り余るだけ貰ったからな……【魔像吸収】これが、ある限り俺の魔力は尽きない」

「吸収する相手がいればだけどね」


 ま、魔像だと。知らないことばかり言いやがって。

 恐らくだけど、もうこいつらに俺は見えていない。

 魔力も使えないただの……。


「あの女もお前も相手が悪かった、少しでも我らに忠誠を尽くせば……こんな悲惨な目にあわずに済んだのにな」

「……ぐぅ!」

「おい! サキ! あんまりグリグリするなよ! まだ、殺していいやつではないからな!」

「それをしてるのはあんたでしょ、たく」


 真っ赤な世界が俺の視界を奪う。

 今すぐにでも助けてくれと叫びたい。

 まだ、俺にはやるべきことがある。

 ……大切な家族を、そして……仲間を。


 助けたい、救いたい。だけど、俺も生きたい。


「そうね、そうだわ! あの子と同じで……今からあなたが私達に協力してくれるなら……全部、無かったことにしてあげる」


 ……こいつ、俺の心情を逆手にとって。

 これじゃあ……サーニャの時と同じだ。

 聞かされた話は、蘇ってくる。あの悪夢のような出来事。


「エドワード……ごめん、私はあんたみたいに強くはない」


「ねぇ、いいでしょう? 勇者様?」

「……フローレン、何が目的だ?」

「だって、まだこの子は利用価値がある、殺すには勿体無いでしょ?」

「まぁ、いい! どうせ……答えは決まっている、好きにしろ」


 あいつは、勇者は後ろに背を向ける。

 もう見向きもしないのか。

 フローレンは意地悪な笑みを浮かべながら、俺に近付いてくる。策略はあり、必ず裏はある。


「そうね、手短に言うけど貴方がこの戦争に協力してくれたら……妹と母親さんを助けてあげる! そして、貴方の働き次第で安全な生活を……」


 あぁ、そうか。俺は助かるんだ。

 首を縦に振れば……目的は果たされる。

 もう苦しまなくても、絶望しなくてもいい。


 家族も過ごせる。不自由もなく、ただ俺も最低な奴の仲間入りだけどな。


「おら! どっちなんだよ! 早く答えないと死ぬぞ!」

「……こんなの答えは一つ」


 時間はないか。今やっとサーニャの気持ちが本当の意味で理解が出来た。

 こんなの選択の余地もない。誰であろうと、楽な選択肢を選ぶ。人生の中で迷った時に、どうするか。

 そんなの俺に分かる訳がない。


 残った魔力はこれだけか。パティさんの魔術と、時間の経過で少しは元に戻った。だけど、この状況を打破するには……もうこれしかない。


「……あぁ、もちろん俺の選択は」


 俺は呼吸を荒くしながらもすぐに魔術を唱える。


 サーニャ……お前は俺に強いと言ったがそんなことはない。こんな奴らの提案に揺らいでいる時点で俺は強くはない。でも、お前の無念とロークの進む道。そして、今まで失った人のために俺は。


「……! 何かするぞ! 気を付けろ!」

「……魔術【消滅氷河】!」

「魔力が一箇所に集中している? これって……」


 奥の手は残しておくものだ。でも、出来ればもっと……いや、これが今の俺に出来ること。

 この魔術は最強の氷魔術の一つで、辺り一面をその名の通り氷河にしてしまう。

 逃れられない、そして流石に勇者の魔像とやらの吸収でも全部は無理だ。


 それぐらいに強力で、最強だ。

 でも、代償に……使用者は氷に包まれた後に消失する。


「がぁ! な、何だこれ!? 冷気が纏わりついて動けない」

「……!? これって!?」

「流石にまずいわ! 逃げましょ! と、トウヤ……?」

「……馬鹿な奴だ、どうして自分を犠牲にしてまで」


 段々と意識が遠のいていく。

 足先から氷に包まれていくこの感覚。

 冷たい、寒い。……悪いな、みんな。

 俺はここで消失するが後は頼むぞ……ローク。


 必ずこいつらを倒してくれ。


 最後に見えた光景。

 それは家族みんなで幸せに過ごす生活。

 ……もう、叶わぬ夢になったがせめて夢の中だけでも味わいさせてくれ。


 それが最後の俺の願いだ。


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