第89話 サーニャの償いとロークの気持ち
信じられる訳がない。
俺はこのコルニーという男に言われた話。
家族が殺されたから俺と同じだと? ふざけるな。
俺が受けてきた痛みはお前以上だ。
「何なんだ? この……魔物?」
「……全て仕組まれていたんだと思う、私達は最初から弄ばれていただけかもしれないよ」
「……簡単にいくとは思ってなかったけど、これだけの数の魔物を相手にするのは辛いな」
二人で勝手に話を進行してやがる。
でも、数は確かに多い。瓦礫の中に魔物が潜んでいた。そんなの自然に発生するものではない。
フローレンか? それとも……あの偽勇者の仕業か? ただ、あいつの力は本物だった。
偽物だとしても力が強大すぎる。
……畜生、まだ敵わないのか? 俺は。
って、考え事をしてる場合ではないか。
迫り来る魔物。相手の見た目は犬のような見た目をしている。こいつは確か……【ミノベルス】だったか? 攻撃をすると分裂して数が増える特徴だった気がする。
その2本の牙で相手を死ぬまで噛み殺すらしい。
こんな場所に生息しているはずがないんだが……。
やはり、あいつらの力の仕業か。
だと、すると二人がこうなる事も予測していた。
色んな可能性はあるが。
「俺がやるべきことは敵を倒すだけだ!」
下手に攻撃をして数が増える以上。
半端な火力では駄目だ。一気に相手を蹴散らす程のものではないと。俺は剣を向かってくるミノベルスに突き刺す。奇声を発しながらも確実にこいつは数を増やそうとしている。
その前に仕留めればいいだけの話だ。
「剣技【竜巻旋風】」
これなら広範囲かつ威力も凄まじい。
地中から発生した竜巻はミノベルスを吹き飛ばすのに充分だった。さらには足を切って動きを封じる。
流石にさっきので剣技を使い過ぎた。
体力と魔力の量を考えないといけない。
俺は、空中に浮かんだ魔物にさらなる追撃をする。
飛び上がり振り払った剣は、威力を増している。
血飛沫と共にミノベルスは地面に落下していった。
順調だな。だが、数が多い。
さっきの勇者と比べれば強くはない。
だけど、こいつは魔物の中でも上位の方に属する魔物。……久しぶりの魔物との戦闘、油断はしてはならないな。
「僕達を、倒さないと」
「……うん」
あっちもやり始めたか。遠目で確認するとコルニーとサーニャもミノベルスと交戦を開始したようだ。
……味方ではない。あくまで、敵としてこの場にいる。隙があったらあいつらにも攻撃したいが、残念だけどそれは無理だ。
コルニーの剣術とサーニャの剣技で確実に魔物は仕留められていく。
このモヤモヤとした気持ちは、数の多い魔物の処理によって消失していく。
そして、俺達が魔物と交戦を始めて数分後。
「……」
「はぁはぁ」
「もう、駄目……剣技は使えない」
流石に辛いな。この場はミノベルスの死体の山で溢れかえっていた。異臭が物凄いな……涎も混じっているから、まぁそうなるか。それよりも、お互いが疲弊している。この状況はとても……よくないな。
それに、胸騒ぎがする。
倒し切ったはずなのに……この違和感。
……!? 何だこれは?
それは倒したはずのミノベルスが一つに集まる。
自然に融合して、数が多かったミノベルスは一つの魔物となる。デカい、それだけじゃない。
武器であり牙も鋭くなり、頭の数が増えている。
一つ、二つ……三つ。そうか、これはフローレンとトウヤが生み出した化け物。
あらかじめ、俺達が疲弊するのを狙って。
弱った所に最高戦力であるこの化け物をぶつけるつもりだったのか。
「こ、これって……」
「う、嘘だ、こんなの……」
二人は戦意を喪失している。
そりゃそうだ。もう、体力も魔力も底を尽きている。強力な剣技も使えない。それは俺も同じ。
……でも、俺はお前らと違って諦めねえぞ。
あいつらが作り出した化け物に、負けてるものか。
パワーも凄まじいが、咆哮による威圧がこれだけで後退してしまう。
俺は二人が動けない中で、瞬時に相手との距離を詰める。
さっきまでとは雰囲気が違う。
近付いただけで殺される。
俺は相手の発達した腕による振り回しを回避する。
二足歩行から四足歩行に変化しており、足先には鋭い爪がある。どんな鋭利なものよりも強力そうだ。
小刻みに動きながら、相手の懐に潜り込む。
攻撃は重いが、スピードは大した事ない。
俺は剣を握り締めて、その場で斬る。
何度も、何度も。……もう、剣技は使えない。
だから、通常攻撃でもいいからダメージを与えないと。
息を切らしながらも確実に相手に手傷を負わせていく。相手の攻撃も受けない位置に居る。
よし、これならこの相手でも……。
「……!?」
その瞬間。俺は吹き飛ばされる。
しかも、体を爪で斬り裂かれて激痛を感じる。
……甘かったのは俺の方だった。
懐に潜り込んで攻撃を受けないと思った。
この考えが命取りだったようで、この魔物は体内から爪を発生させて、その場で回転。
威力も凄まじく、俺は民家の壁に激突してしまう。
「う、ぐぅ」
駄目だ、動けない。
体力の消耗もあるが、傷が大きすぎる。
コルニーの治療も無駄になってしまったな。
畜生、パティとエドワードはどうしたんだ?
はっきり言ってこの状況は危険だ。
あいつは、俺に狙いを定めてきている。
大きな音を立てながら、段々と近付いてくる。
このままでは、奴の攻撃を正面から受けてしまう。
仲間が居ないこの状況。
結局、こうなるのかよ。
前みたいにパティが助けてくれるなんて展開……。
「や、やばいよ! 狙われてる……だけど、僕の力じゃ……って、サーニャちゃん!?」
大きな腕を振り上げて俺を叩きつけようとしている。爪で俺の体を突き刺して殺す気か。
流石にあれを正面で受けたら俺は……。
……は? おい。
俺は最後の力を振り絞ろうとして剣技を発動しようとした。だけど、その前に俺の目の前には。
「さ、サーニャ?」
おい……こいつ。サーニャは攻撃を防いだ。
俺から守るように、胸を貫かれて血が地面に流れ落ちている。あまりの突然の出来事に、俺は整理が追いつかなかった。この一瞬は時間が止まったような感覚だった。だけど、そんなに簡単に待ってはくれない。
「……っ!」
「そ、そんなサーニャちゃん!」
相手は突き刺したサーニャを投げ飛ばす。
勢いよく俺の方に投げ飛ばし、俺は反応して受け取る。しかし、敵はそれを予測していたのか。
「ちぃ……このままじゃ!」
両手が塞がって防御が出来ない。
相手は回転しながら再び俺とサーニャに追撃をする。この攻撃の速度では回避する事が出来ない。
そう思ってやるしか……。
「うおおおお! はやくサーニャちゃんを!」
「……! あぁ」
コルニー、こいつは残り少ない力を振り絞っている。駆け込んで俺と魔物との間に割って入る。
剣で上手く攻撃を受け流し、その隙に俺は民家の屋根の上に避難した。血だらけのサーニャを静かに横たわせる。
……サーニャ、お前。
「ぐぅ……ろ、ローク、ぶ、無事か?」
弱々しい声で俺の名前を呼んでいる。
顔から下の部分が無惨な状態になっている。
酷い有様だ。目の前で好きだった女が庇った。
でも、今までの流れを見ると素直に喜べない。
いや、これは……悲しい。
俺はこいつを殺そうとしたのに、殺すと決めたのに。湧いてくる感情は悲しみ。
どうしてだ、俺は何がしたいんだ。
「……わ、悪いな、ローク……やっぱり、私にはロークを止める資格もないし、もう一緒にいる事も出来ない……だから、こうするしかなかった」
「……サーニャ、お前は」
「おい! 大丈夫……ってサーニャちゃん!」
魔物から逃げてきたコルニーが俺達の方に寄って来る。すぐに、回復魔術を試みるが、誰が見ても……もう。
「やめとけ、コルニー、私はもう助からない……多分、罰を受けたんだ、神様が中途半端で最低な私に……だから」
「違うよ! サーニャちゃんは、色々な苦悩の中でその選択をしたんだ! だから、最低なんて言わないでよ!」
コルニーは泣きながら、必死に治療を続ける。
だけど、重傷であるサーニャはもう無理だ。
必死に力を振り絞って声を出しているんだろう。
馬鹿野郎。そんなに、無理したら苦しいだけだ。
もう、俺達は終わりなのに。
戻れないのに。どうして、そんな顔をするんだ、サーニャ。
「ろ、ローク……私の全部をあげるから、あ、安心して……それがせめてもの償い、だ」
全部をあげる。
その言葉を意味を理解するのに時間がかかった。
何をするんだ? それに償いって……勝手に話を進めるなよ。そして、サーニャは弱々しくてを俺の方に向けた。
これが、俺とサーニャの最後の会話だった。
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