第40話 奪われた恋人と突然の来訪者


「え? それじゃあ……さっきのパレードで出てた人が……ロークの」

「あぁ、俺が殺したい相手……シャノンだ」


 場所を移動して俺達は宿屋にいた。

 俺達はこのミカという女の子と出会った。

 彼女は、フワフワとした雰囲気。

 可愛らしい見た目。とは裏腹に、パレードの時の表情。

 本当に女って言うのは怖い生き物だ。何を考えているか分からん。

 とにかく、話を聞いてみる事にしよう。


「改めてローク……さんでいいですか?」

「ロークでいい! 年齢もそんなに変わらないだろ」

「……そうね! なら、そう呼ばせて貰うわ」

「それで、どうやって俺の事を知った?」

「まずは、そこからね」


 ミカが俺達の事を聞いたのはあの案内役の女性。

 ……仕組まれていた? いや、そういう訳ではないか。

 考え過ぎなのは良くない。だが、都合が良すぎるのは気になる所だ。

 あの案内役の女性の名は【ソルケット】と言うらしい。

 笑顔が特徴的だった。だが、何か理由がありそうだ。

 サーニャの紹介も軽くした後。ミカの表情が曇る。


「それで、何であの女……シャノンを殺して欲しい理由なんだけど」

「あいつは、長い付き合いだから知っているけど、中々に腹黒くて何をするか分からない……正直、教師になったのも分かる気がするな」

「……腹黒い、狂ってるというのが正解だと思うわ、だって」


 すると、軽く食事をしながらの状況。

 サーニャが作ってくれた魚料理。

 ミカはフォークを握り締めて、片手で魚の中心部を刺す。

 俺は若干の冷や汗を背中に感じながら。サーニャは乾いた笑いをしている。

 息切れを起こしながら、迫力のあるミカの顔が接近する。


「私の、恋人を奪って挙句の果てに捨てたんですよ! こんなの許せる訳がないじゃない!」

「いや、まぁ」

「そもそも、あんな派手な髪色の女の何処がいいの? 私の方が黒髪でサラサラしているのに! 手入れもしているのに……それに、何が天職よ! 下らないわ! 同い年なのに……本当に悔しい!」

「あははは……な、なぁ! ローク……どうするよ?」


 俺に聞くなよ。助けを求めるサーニャ。

 いや、誰がどうやっても止めるのは無理だろう。

 ミカの愚痴が止まらない。……勘弁してくれ。

 紅茶を飲みながら、俺は聞いているフリで誤魔化す事を決意する。

 しかし、シャノンの奴……何をやっているんだ。


 しばらく時間が経つと。ミカは冷静に口を開く。

 16歳の頃から付き合っていたらしい。

 二年間の月日はとても長い。濃密な時間を共に過ごしたのに。

 突然やって来た女に奪われる屈辱。ミカはまた顔に皺(しわ)が目立つ。


 ――――男はシャノンの元で魔術を習ったらしい。

 若くて優秀な指導者。そして、素晴らしい美貌。

 天職として選ばれて、勇者の側近。

 アレースレン王国を守る者として世界守る者でもある。


 ミカの彼氏はそんなシャノンに惹かれてしまった。

 一度、好意を抱いたらもう止まらない。

 段々とシャノンと男の距離は縮まる。


「そもそも、あんな女の元で魔術を習ったのが……失敗だったのよ! 確かに、彼は強くなったけど、私の手から離れていく彼を見たくはない!」

「……シャノンがいる魔術学校は、どういう場所なんだ?」

「……そうね、そもそも本来は魔術師として認められるには、【魔術学校】に通って、そこである程度の修練をしないといけないのよ」

「ま、まじかよ! 冒険者何てそんなのなかったぞ!」


 冒険者はそこまで厳格なものはない。

 魔術師がこんなに厳しいとは思わなかった。

 学校か……興味はあるが、今の状態では無理だな。自殺をするようなものだ。

 教師に認められて、初めて魔術師として活動が出来る。

 そして、さらに上の階級。【魔女】になれれば安定した収入が舞い込んでくる。

 死と隣り合わせの冒険者。それと違って魔術師や魔女はなってしまえば勝ち組である。


 なるほど、これは魔術師を目指した方がよかったか?

 とは言っても、適正がない。卒業出来ずに終わる可能性もある。

 実際、魔術師を目指していたのに。断念した者もいる。

 努力で何とかなる剣士と違って、魔術師は才能が大きく左右される。

 だから、一定以上のレベルまでは到達する。その先は本人の才が重要となる。


「話が逸れたわね……私の彼も才能はあまり無い方だったけど……あの女と出会って、メキメキと魔術の腕が向上していったのよ」

「多分、そこでシャノンと時間を過ごしていく中で、段々とシャノンは男に上目遣いをしたんだな……私生活でも頼りになったんだろうな」

「……っ! やっぱり殺したい! あぁ! どうしてやろうかな! 八つ裂き? それとも、もっと悲惨に」


 うわぁ……けど、それぐらいはしないと気が晴れない。

 俺は推測する。恐らく、シャノンは複数の男と関係を持って断ち切っている。

 昔から、シャノンは役に立たないものは捨てる傾向だった。

 大切な俺の宝物も捨てられた思い出がある。不要だったのだろう。


 教師として出会いの場も多いだろう。

 だから、ミカの彼氏を狙った。

 今はどうしているか分からない。けど、俺と同じで悲惨な人生を歩んでいる……とは思いたくない。話を聞けば浮気だと思う。許されないだろう。


「……好きだった」

「み、ミカ……ほ、ほら! これで拭けよ」

「ありがとう、サーニャ! 女の貴方も気を付けた方がいいわよ! あいつは、相手がいる相手を選ぶ癖があるの! 本当に糞女よ!」

「べ、別に……私は、好きな奴なんていねーから! だから、だから……」


 何で俺の方を向く、サーニャ。まぁ、たまたまか。

 ミカは急に泣き出す。情緒が不安定だな。

 でも、気持ちは分かる。ある意味、俺とミカは同じ……かもな。

 恋人を盗られたという訳ではない。元々、そういう関係ではなかったからな。

 ただ、どんなに好きでも。愛していても人の気持ちなんて簡単に変わる。


「惨めよぉ、あんな糞女に……うう」


 テーブルに顔をつけてミカは号泣してしまう。

 遂に完全に泣き出してしまう。

 はぁ、どうすんだよ。


「ずっと一緒になるって約束したのに……どうして」

「お、落ち着いて! ほら、ロークも!」

「そうだな、頑張れ」

「……全然気持ちがなっていない!」


 怒られた。……まぁ、安心しろ。俺が必ずシャノンは倒してやる。

 でも、気になるのは。あの氷結の魔術師。ミカから話を聞きたいが……この状態では無理だな。パレードで見た限り。やはりかなりの実力者。それは理解が出来る。

 気になるのは、シャノンとの関係性。随分と体を密着させて親密そうに見えたが? やはり、そういう仲なのか? いや、シャノンはあの勇者と……考えるのはやめとこう。


 エドワードという男がシャノンの味方だとしたら?

 いや、そう仮定しての話。クールで考えが読めないのが辛い。

 魔術師、魔女か……俺もやっぱりこのままじゃ駄目か。


 幾ら、剣技を鍛えても強力な魔術に対抗が出来る。その可能性は薄い。

 ……学校に通うか? いや、やっぱりそれは絶対に無理な話。

 誰か、教えて貰える人がいればいいんだが……。


「うぐ、えぐ! 彼は私の魅力に気が付いていないだけよ! うぅ、シャノン……待ってなさいよ! 私が必ずあんたを」

「は、鼻水と涙で顔がグシャグシャだぁ! ほ、ほら……せっかくの可愛い顔が台無しだぜ?」

「え? ほんと? 私って可愛い? いやぁ、照れるな」


 立ち直りが早いな。サーニャが褒めると態度が急変する。

 うーん、やはり女って生き物は……。


「……! 誰だ?」


 俺は気配を察知して、部屋の扉の前まで行く。

 誰かいる? まさか……ここまで来たって事か?

 警戒しながら、俺は咄嗟に手に取った剣を引き抜こうとする。

 だが、扉の先にいた人物。


「やめろ、剣は……誰か大切な人を守る時だけ引き抜け」

「あ、あんたは!?」

「やっと追い付いた、そして……えっと、何言おうとしたんだ? 俺?」


 それは、あの【紅の旅団】のリーダーである【ガルベス】だった。

 何も言っていないはずなのに。どうして、こんな所に。

 疑いながらも、ガルベスは無表情のまま再び口を開く。


「とにかくだ……俺はお前を強くする為にここまでやってきた」

「俺を? またどうして?」

「……金」

「は?」

「あれだけ多くの金を貰ったからには、何か恩を返さなければならない、それだけだ」


 いや、あれは。でも、丁度いい機会か。怪しいのは怪しい。

 本当にこの大男はそれだけの為に、こんな遠くに来た訳か?

 大した面識がある訳でもないのに。そして、ガルベスは指を差しながら俺に宣言する。


「いつか、お前が勇者を打ち破ってくれると信じているからだ」


 この言葉の意味。俺は、ガルベスとの修行で真の意味を知る。

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