第74話 次の天職の持ち主

 ニーナから次の襲撃場所を聞いた後。

 俺達は休息も兼ねて、焚き火を囲みながらこれからについて改めて話していた。

 そう、俺達には【対話】が必要だ。


「いやー! 美味しい! これ何のスープなの?」

「適当に具材とか持ってきたのを入れただけ、この肉とか美味しいと思う」

「んー! これだけでも人間になってよかったかも! ねぇーロークちゃんも食べれば?」


 エドワードが作ってくれたスープ。

 確かに見た目は美味しそうだ。

 だけど、食欲がない。木の器に入っている赤色のスープを見ているが、どうにも食べれない。

 ……本当なら、これは【仲間】と食べているはずだった。これから、一緒に戦う仲間と。


 思い浮かぶのは、サーニャとガルベス。

 あぁ、お前らと食べたかった。

 二人とも沢山食べただろうな。

 特にサーニャは感激しながら食べるだろう。

 あいつの笑顔は忘れられない。

 ……いや、もう何も考えるな。あいつはもう俺の仲間じゃない。次会った時は確実に……。


「ねぇー? 貴方はこれは食べないの?」


 パティがエドワードとのやり取りを中断して、木に拘束されているニーナにスープを渡そうとする。

 しかし、俺はその手を掴んで止める。


「おい……待てよ」

「ちょ! な、何よ?」

「こいつに優しくするな……理由があるとは言っても、俺はこいつに殺されかけて、そもそも今でも殺したくて堪らない」


 パティの腕を掴む力を強くする。

 これ以上は何もするな。それをとても強く主張する。折れてしまうぐらいに、それぐらいに俺の今までの恨みが込められていた。パティは慌てて手を引っ込める。


「っう! 痛いなー! 冗談よ!」

「……お前も知っていると思うが、こいつらの力は計り知れない! それは、俺が戦ってきて一番分かっているつもりだ!」

「そうだな、俺もこの天職の女に優しくするのは得策だとは思わない……それよりも、まずは次の襲撃場所を守るのが先だと思う」


 掴まれた箇所を抑えながら暴れるパティを無視して。エドワードは、ニーナから聞いた【セルラル】が襲撃される。この事実はほぼ間違いない。

 話によると、アレースレン王国の軍は定期的に休息を行うらしい。それは、兵士の健康状態や、兵器の補充などの理由。まぁ、最大の理由は……【余裕】なのだろう。王国以外の戦力は微かなもの。

 特に、スキルを持つ者が居ないと厳しい。

 もう、あいつらはこの世界を支配した。それと同じだと思っているのだろう。


 よりによって【セルラル】か。本当に運命は……残酷だ。そして、ニーナは話をしてくる。


「……多分、1カ月ぐらいは入念に準備と休息を挟むと思う」

「1か月か、敵はとても本当に余裕なんだな」

「そこに新しく手に入れた戦力の見極めをすると思う……だから」

「サーニャちゃんやガルベスも今回の戦いに参戦する可能性もある、ということね?」


 1ヶ月。この期間でマガトの証をつけられて、訓練されるのだろう。特に、サーニャとガルベスは強い戦士だ。即戦力として、すぐに戦場に駆り出されるだろう。くぅ……ふざけてるな。覚悟をする前に、戦わないといけない。でも、セルラルにはお世話になった人もいる。その人は守らないと。


 パティの発言にこの場は静かになる。

 焚き火の音だけが森の中を支配をする。

 エドワードはスープを一気に飲み干して、自分の想いを伝える。


「ローク! 俺はやっぱりここで帰れない、俺は……この戦争を何とかしたい」

「……いや、お前はもう目的が達成されているだろ? だったら」

「そう思った、正直な……こんな戦いに参入しない方が幸せな生活が出来る! って思ってしまった自分もいるんだ……」


 弱気な表情を俺に向けてくる。

 それが当たり前の考えだ。誰でもそうなる。

 立場によって、敵も正義も変化する。

 全員それぞれが信じたもので戦っている。

 あぁ……そうだよな。そもそも、お前がここでスープを作って話している。言葉では宣言してないが、俺達と一緒に戦う。そして、ここでエドワードは表情を一変させる。


「けど、この戦争を……アレースレン王国は止めないといけない! そうしないと、サーニャやガルベスのように俺もいつかは……」

「そうだ、だからお前は家族を守ってやるんだ」

「でも、そこが戦場になったら、最悪の未来が見えるわよ……それに、これは個人的な意見だけど、エドワード君はとても大事な戦力! 遊ばせておくには勿体無いと思うわよ?」


 俺とパティ二人だけでは勝てない。

 この女は遠回しにそう言っているようなものだ。

 確かに、俺とパティだけでは王国の総攻撃で死ぬだけだと思う。それに、パティの力を俺は知らない。

 元女神という肩書きはある。力もあると思うが、俺はまだこいつを完全に信用した訳ではない。


 ……さっきのスープをニーナに渡した。

 これだけでも、俺にとっては怪しい。

 お前はずっと見ていたんだろう? あのマガトの証で縛られていたとは言っても、ニーナがやってきた事は事実。それは、俺にも言える。何人も殺して、俺は復讐を果たそうとしてきた。

 ある意味、俺も縛られている。終わりの見えない……復讐心に。


「あ! そこの王国の女戦士さんも協力してくれる? 貴方が居たら心強いんだけど」

「あ……? んなこと駄目に決まってんだろ! さっきから、何を考えてる?」

「いや、そこの元女神の女性が言っている事も理解が出来る……俺が加わっても、圧倒的に戦力は不足している! この人に本当に【戦う意志】がないなら……」


 いや、エドワードが加わったならそれでいい。

 俺はどんな理由があろうと、ニーナを加える選択肢はない。裏切り者は粛清しないといけない。

 戦う意志? マガトの証を失っても信用が出来るはずがない。そして、さらにニーナから衝撃的な事実を伝えられる。


「……力がねぇんだよ」

「……え?」

「もう、天職の力は私に残っていない……多分、フローレンが私を捨てていったのもそういう事なんだろうなぁ」

「力が無くなった? そんなのあり得るんですか?」


 掠れた声でニーナは自分に力が無くなった事実を伝える。いや、まさかな? でも、さっきから衰弱したように。ニーナの瞳に覇気がない。マガトの証が無くなって、天職の力も失ったのか? いや、それはここにいるパティがよく知っているはずだ。


「……多分、そのナイルって人の仕業なのかも? あの人は女神の私でも驚く程の力を持っている……例えば、スキル自体を誰かに移す事も可能なのかも」

「じゃあ、この人はもう……」

「えぇ、何もスキルを持たないただの一般の人に戻ってしまった、ということ」


 ……はは、それは面白いな。

 じゃあこいつはもう戦えない。

 今までは天職の力で好き放題やっていた。

 それがもう叶わないんだ。最初の方を自分思い出す。何で俺だけ……こんな苦しまないといけない。


 ニーナ、残念だったな? お前にもう選択肢は無くなった。天職の力が無くなったという答え。

 それで、エドワードの考えも変化する。


「とりあえず、知っている情報を話して貰ったら、あ後はロークに任せます……さっきの俺の意見は、この人に【戦う力】が残っていると思ったから……だけど、それが無くなった以上この人に価値はないでしょうね」

「あ、あぁ……」


 合理的にエドワードは意見を変える。柔軟にその場の状況でこうやって考えを変化させられる。

 やっぱり凄い男だよ。色々と葛藤もあると思うが、決断してくれて助かった。エドワード、お前とも争いたくないからな。

 絶望しきった顔でニーナが言葉を詰まらせてる。

 そして、続けてパティも口を開く。


「スキルを渡した私が驚いてる、まさか……スキルを他人に移す事が出来るなんて、ということは次の天職の持ち主が生まれるということね」

「……それは、多分決まっていると思うぜ」


 嫌な予感がする。ニーナのこの反応。

 そして、パティのこの質問の意図。

 天職の正体を誰かとはっきりさせる。

 驚異的な力の正体が誰かと分かれば戦いにおいて、とても有利になる。だから、ここで聞いたのか。


 次の天職の持ち主は決まっている。

 この言葉に俺は察してしまう。

 それは、俺が一番大切で、一番好きな相手。


「あの炎の剣士……サーニャだ! 次会った時は、あいつの心境に変化があるかもな」


 聞きたくなかった。だけど、何となく俺にも理解が出来た。サーニャ……お前はどうしてる? やっぱり、次会った時は俺の前に敵として現れるのか?

 夜はまだ長い。だけど、エドワードの作ってくれたスープは減る事はあまりなかった。


 対話で解決が出来る。やはり、それは無理だった。

 俺は、俺達は殺し合わないといけない。

 今度は、かつての仲間と……。


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