第66話 悪魔の交渉と地獄の底

「おら、来いよ!」


 迷っていても仕方ない。

 こいつを倒して自分でその真相を確かめる。

 俺は威勢のいいニーナに立ち向かって行く。

 何を言おうと動じない。俺は、あいつらを信じているから。ここまで来れたのも、仲間のおかげ。決して、一人では辿り着けなかった。もう少しで、俺の目的も最終盤まできている。このチャンスは逃せない。


「ニーナぁぁぁぁ! そこをどけ!」


 大声で俺は名前を呼ぶ。

 力ずくでもこいつを殺す。

 行かないと、嘘だと思うが俺は行かないと。

 サーニャ、エドワード、ガルベス……今から行くからな。


「どけねえな! よっと!」

「……ぐ!」

「やっぱり力はそんなもんか、おらよ!」


 単純な力勝負では勝てない。それは自分自身が一番よく理解している。だから、逆に相手の力を利用する。

 俺は押される力を流してニーナに拳をぶつける。

 ここは剣でもよかったが、無性に殴りたくなった。

 さっきのお返しを込めてだ。少しは効いたか? いや、俺のじゃ大した攻撃にはならないだろう。


「……つぅ! いってーな!」

「……嘘つけ」

「あーあーノリの悪い奴、面白くもないし、本当にしょうもない奴だな! やっぱりここで殺そう、うん、そうするか」

「簡単に殺すを使うな! お前の攻撃は全て知っている、攻略法は分かってるんだよ」


 倒さないと、もっとはやく。

 俺は間髪入れずにニーナに攻撃を加える。

 頭では分かっているが、やはり相手はあのニーナ。

 怒りに身を任せてはいけないと理解しているが、どうしても力勝負になってしまう。


「真正面から私と戦っても勝てねえよ」

「いや、そうとも限らない」


 剣を握ってない手を俺はニーナの腹を殴る。

 まだだ、ここが狙い目だ。相手を再起不能にするぐらいに連続でいくしかない。

 一度攻撃が通ると、俺は容赦せずに殴り続ける。

 相手の姿は見ない。そして、地面にニーナを拘束して俺は、両腕を抑えつけた。

 例えニーナの力が強大でも動く事は出来ない。


「はぁはぁ」

「そこをどけよ……なんだ? 私に発情しているのか?」

「お前は終わりだよ」

「はぁ? そう思っているんだったら、頭の中はお花畑だな!」


 先程よりも声が掠れている。

 しかし、ニーナは俺に口に含んでいる血を吐き出してきやがった。汚いな。それは、俺の頬にかかったが気にしない。これから死ぬ相手にどんな事をされようと。所詮は最後の足掻きってやつだ。こいつも強がっているが、内心は怖いに決まっている。


「強がるなよ! 自分の状況を確認しろよ、後少しでお前はもう一度死ぬ、怖いんだろ?」

「……言っただろ? 正面からじゃ私には」


 急に俺の体が反転する。支配していたのに、グルリと体が回転してひっくり返る。とてつもない力で、俺は逆に地面に押さえつけられる。力だけではなく、身体能力も化け物のように発達しついたニーナ。

 まだ、相手は余力を残している。


「勝てないってな」

「ぐぅ! 離せ!」

「まぁ、話をしようぜ……これだけ殴られてもこの私がお前に話し合いを持ちかけているんだぜ?」


 そんなの聞いてられるか。

 何とか抵抗しようとするがその力は強い。

 しかし、ニーナはこれ以上の追撃はしてこない。

 何故だ? 殺すなら今のこの瞬間が最大のチャンス。

 あのニーナが暴力ではなく話し合いを提案してきた。

 本当に、何か大きな理由があるのか?

 俺の心中なんてお構いなしにニーナは話し始める。


「さっきも言ったが立場や状況……環境が変われば人間なんて簡単に心変わりする! そういう生き物だ」

「だから、それで何が言いたい?」

「王国に逆らって、勇者に逆らって事は……自分の身の回りも危うくなるって事だ、これがどういう意味か分かるか?」

「……あ、まさか!? お前ら」


 答えは言わなかったが、俺はすぐに理解した。

 悪魔は本当に悪魔だった。

 俺は落ち着けず、その場でじたばたするが無駄な抵抗。

 全てが繋がった。最悪だ、確かに仲間は作るのはそれでいい。だけど、それ以上にリスクもあった。

 浮かれていたんだ。強がろうとも、一人で戦う事を決意しようと、そんなの無理に決まっている。


 ニーナは俺の目の前で笑う。

 それは、玩具で遊ぶ無邪気な笑顔。

 俺はこいつらにとって面白い玩具。

 壊れにくく、遊べる代物。

 楽しんでいる。くっそ! 何とか、何とかしないと。


「お前の仲間の家族や大切な人はこっちで預かっている……可哀想に、今頃は拷問や奴隷のように働かされているんだろうな」

「ぐぅ! お前ら!」

「言っておくが、全てお前が決めた事だぞ? あの、村での無謀な勇者との戦い、絶対に勝てない相手に挑んで、惨めに負けた結果が……これだ」


「そうよ、ローク……私達に勝てるはずがないでしょ?」


 フローレン! こいつも来たって事は……何かが終わったのか? ちくしょう……でも、まだ希望はある。

 それだったら助けに行かないと。大切な仲間の家族が捕まっているなら。許されない、こんな事が許されていいはずがない。

 しかし、俺には二人に馬鹿にされているように思えた。

 まるで、もう手遅れ。何をやっても無駄という顔だ。


「フローレン! ニーナ! お前らは……何を企んでいる?」

「それはもう少しで答えが分かるわよ」

「という訳で、おい! これを見ろよ」


 何だ? 水晶玉か? ニーナが指示をして、フローレンが懐から青色のガラスの球体を取り出す。

 綺麗だ、気持ちが浄化されるようだった。

 そして、突然にそれは光だして、そこに映し出されたのは……。


「サーニャ! いや、みんなもいる!」

「そう、これは私が作り出したもの……魔力をこれに流し込めば、一定の距離なら指定した景色が見えるのよ」

「さてと、ローク……残念だけどお前の負けはもう決まってるんだぜ? ここに、映し出された光景に絶望しろ」


 すると、ニーナがそう言った直後。

 その水晶玉から声が聞こえた。そんな事まで出来るのか? はっきりとそれは聞こえて、水晶玉から映し出されたサーニャ達をじっと見つめる。

 今すぐにでもここに実際に行きたいが、ニーナ達に邪魔されて行けない。でも、この胸のモヤモヤは解消していきたい。だから、少しだけ付き合ってやる。


 どんな理由があろうと、分かってくれるはずだ。

 分かって……くれるよな?

 でも、水晶玉から見えるサーニャの顔はとても曇っていた。思えば、単独で行動したのも間違いだったのかもしれない。信じたかった。また、目の前で醜い争いを見たくなかった。


「それで、どうするんだ?」

「ぐぅ! お前達は……最低だ」

「何を言われようと事実は事実だ! お前の家族は俺達の王国に捕まってるんだぜ? 後は、そこの大男! お前達のお仲間も王国の奴隷としてコキを使ってる……お前達に選択肢はあるか?」


 あの男……あいつも王国の奴か? 見た目からして強そうなやつだが……ちぃ、ふざけるな。

 そんな事よりも、大変な状況だ。サーニャの家族はもちろん、ガルベスの仲間も王国に捕らえられている。

 迂闊に動き過ぎたのは反省するところだ。

 でも、それでも……。


「テメェ!? 俺の仲間まで……関係ない奴まで巻き込むなんて、どういう神経してるんだ!」

「関係ねえ? いやいや、いつかは旅団の奴らもお前達の味方になるんだろ?」

「あいつらは関係ねぇ! やるなら俺だけにしろよ!」

「言っておくが、誰を敵に回したか分かってるのか? お前らは何も分かっていない……お前らに未来はない!」


 絶望的な状況だ。

 何とかしようにも、どうにもならない。

 ガルベスはいつもの威勢の良さがまるでない。

 そして、俺が心配しているのはサーニャだ。

 まさか、家族が酷い目に遭わされていると知ったら、もう黙ってられない。


「やめろ……」

「ほら、見たか? あいつらの表情を見たら……気持ちは揺らいでいるだろ?」

「ふふ、でも本番はこれからよ! 貴方のお仲間がどういう選択をするか、楽しみね」


 俺は二人を睨みつける。

 もう、憎悪でどうにかなってしまいそうだ。

 こっちの反応を見て楽しんでいる。

 許されるはずがない。

 ……焦るな。まだ、決まった訳じゃない。

 でも、俺は震えていた。失うかもしれない。

 同じ事の繰り返しだ。そうだったら、全く進歩していない。もし、また裏切られたら……いや、考えるな。

 しかし、俺が思っている以上に状況は悪い方向へと進んでいった。


「……それで、俺達がそっちの味方になると思っているのか?」

「氷の魔術師……テメェには関係ない話だと思っているが、そういう訳じゃねえぞ?」

「何を言っている?」

「寝たきりの家族を治してやるっていう話だよ」


 そうか、全員に交渉の材料を用意してたのか。

 いや、もう交渉とかのレベルじゃない。

 こいつらは本気で俺の仲間にする気なのか。

 しかし、奴らはどれだけ強大な力を持っているのか。

 想像が出来ないが、本当に勝てる相手ではなかった。

 甘かった。まともなやり方で勝てる程に甘い相手ではなかった。


 そして、話は進んでいく。

 俺はさらなる地獄に突き落とされる事になる。

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