第55話 進む者と立ち止まる者


 あれから結構な時間が経った。

 俺は受けた傷を治しながら動向を確認していた。


 シャノンはあれから【スリムラム】で収容された。

 エドワードが手を回してくれたおかげだろう。

 俺が言っても駄目だからな。

 数々のシャノンのやってきた事が公になる。

 それは、この世界全体で大きな話題となっていた。当然だろう。


 ……あいつはもう光を浴びる事はない。


 この街で死ぬこともなく苦しみ続ける。

 エドワードが言うにはこの街の魔力源として活用し続ける。

 そういう方針にしたと言っていた。

 今まで迷惑をかけた報いという訳だ。


 これで、足りるとは思っていない。

 けど、シャノンはもう幸せも普通の生活も待っていない。

 待っているのは、苦しみと痛みだけ。


「これで、残りは」


 二人これで倒した。進み続ける先に待っているのは何なのか?

 俺は、【スリムラム】の時計塔に居ながらそんな事を考えていた。

 ここに、あいつが眠り続けている。

 正確には、生き地獄で苦しんでいるんだけどな。


 真ん中の微かに見える複数の鎖。

 あれは確か……【魔封鎖】と言って繋がれた者の魔力を奪う道具。

 これでいつでも街の人達に魔力を渡すことが出来る。

 それに、この前みたいに復活をすることはない。


 今まで好き放題やってきた者の末路。

 俺はじっとそれを見つめていた。


 シャノン、お前は今何を思ってる?

 俺に対する恨みか? 殺したいか? それとも……。


「こんな所に居たのか?」


 背後から聞こえる声。

 エドワード……相変わらず気配が感じなかった。

 後ろから刺されても文句は言えねえな。


「どうしたんだよ? こんな場所に来て……お前こそ何か用があるのか?」

「いや、用が済んだからロークお前の事を探していたんだ」


 エドワードは自慢の白髪を触りながら俺にそう言った。

 用が済んだと言うのはシャノンの事だろう。


「もうあいつが動く事はない、あいつに苦しむ事もない」

「……あそこで一生あいつは生きていくのか?」

「ああ、生きていくが二度と俺達の前に現れる事はない、それはお前が一番よく知っているんじゃないか?」


 そうだ。これからずっと魔力を街の人達に与え続ける。

 振り返らない。振り返ると色々と考えてしまう。

 迷ってしまうかもしれない。

 俺は、さらに進み続けなければいけない。


「それで、お前に相談があるんだが……」

「相談?」


 相談だと? 一体何があるんだ?

 エドワードがこの俺に相談する内容。

 駄目だな、考えても分からん。


「そうだな、今回の事って言うよりこれからの動きについて」


 ……そんなの考えてる訳ないだろ。

 堂々とそうやっていう訳にもいかないけど。

 とにかく目の前の事で頭一杯でそんな余裕はない。

 こいつには強大な力があって細かい所にも気配りが利く。


 比べて俺は昔よりはマシにはなったけど……まだ甘い。


 スキルの謎。そして、不安定な力。

 今回だってエドワードの協力がなければ危なかった。

 逆にシャノンに倒されていた可能性もある。


「はっきり言って今のままでお前の目的を果たすのは無理だ」

「……そりゃな、だけど! 俺はやらないといけない、もうここまで来て引き返すのは無理だからな」

「お前の気持ちは分かるけどな、その熱い気持ちは俺は嫌いじゃない」


 冷静に考えれば戦力差が歴然としている。

 ニーナ、そしてシャノン。二人を相手をすると同時に敵も多くなる。

 アレースレン王国を敵にすると言うのはそう言う事だ。

 確かに、今回の件で勇者トウヤの信頼は下がっている。

 いやそれ所か、国全体の信頼が落ちている。


 ……仮に少しでも俺達に賛同してくれる人が居れば。


「けど、勇者を率いるアレースレン王国は強大だ、俺とお前、後はサーニャ、ガルベスの旅団を合わせても絶対的に足りない」

「ちょっと待て、俺って」

「あぁ、そう言えば言い忘れていたな」


 エドワードの俺という言葉に引っ掛かる。

 いつの間にか、エドワードは俺達と同行する事になっている。

 いや、それは全然、寧ろ歓迎している。

【氷の魔術師】その名前は本物だ。さらには、これだけの医療技術。

 目的を達成するには必要不可欠だ。だけど、それは……。


「俺もお前達と一緒に戦うべきだと思ってな」

「でも、それは……お前に何も得は」

「得? それなら十分にある! 俺の家族を無茶苦茶にした元凶を何とかする機会があるんだからな」

「……だけど、俺達と行くって言っても戦力的に足りないって言ったのは」

「あぁ、それは事実だが【戦おうとしている人間】は、お前達以外に居ないからな」


 戦いを望まない、戦いを放棄している人間を今から変えるのは難しい。

 経験が浅く、力が脆くても、俺は本気だ。

 サーニャも俺に付いて来てくれている。

 ガルベスさんも恐らくだけど俺達に協力的だ。

 それに、エドワードが言うには俺には特に可能性をとても感じるらしい。


「ここからは個人的な興味はあるんだがお前のそのスキル……本当に弱いのか?」

「いや、その辺は特に分からない」

「そうか、けど本当に弱かったらここまでお前が生き残っているのは不可能なはずだ、どっちにしろ、その辺の解析も必要だろうな」


 ……実感はあまり無いが少しずつ強くはなっている。

 でも、エドワードが言う通りに足りない。


「……まぁ、その辺は後々としてとにかく俺はお前達とアレースレン王国に乗り込むつもりだ! 最終的に……あの勇者を倒す事が出来れば、無念はしっかりと晴らせる」

「本当にいいのか?」

「言っただろう? 別にお前達の為じゃない! 俺の、俺自身の目的を達成するだけだ、お前がそんなに心配するつもりはない、それよりも俺が心配しているのは……」


 少し間をあけるエドワード。

 まだ何かあるのか? 情報が多すぎて頭が混乱しそうだ。

 こういう所もエドワードは頼りになる。

 俺自身も頭が悪いとは思わないけどこいつ程では無い。

 そして、心配の矛先は俺ではなく別の人物に向けられる。


「サーニャの事だ」

「……あいつがどうかしたのか?」


 サーニャ、今回も瀕死の状態で何とか助かった。

 けど、なんでここであいつの名前が。

 関係ないとは言えない。エドワードは想定が出来る最悪の出来事を話す。


「実際、この先サーニャが俺達の戦いに付いて行く理由はなんだ?」

「……それは」

「俺達と違って明確な目的があるのか? いや、それがあっても、今回はたまたま助かったがこの先……」

「あいつは俺よりも才能もあるし強いんだ、だからそれを決めるのはあいつ自身だろう」

「そうだな、だけど見ている感じサーニャは優し過ぎる、覚悟が足りない」


 戦いにおいて迷ったら負けだ。

 サーニャは戦闘では俺より数段上。最初から俺なんかと違って期待されていた。

 でも、エドワードは認めきっていなかった。

 戦闘面では上でもまだ本当に窮地の時に力を発揮が出来ていない。


 ……そんなの俺に聞くなよ。

 だけど、エドワードは答えを知りたいようで。


「この辺が曖昧なまま今後の事は考えられないし、進められない……あいつがこの先どうしたいのか、どうするべきなのか、半端なまま付いて来られても」


 半端なまま。俺はシャノンにサーニャがやられた時。

 復讐よりもサーニャを優先していた。

 それはどういう気持ちなのか。俺には分からない。

 だけど、あの時の気持ちは復讐の黒い塊のようなものとは違った。


 熱く、マグマのように心を焼き尽くす程のもの。

 感情が昂ってどうにかなってしまいそうだった。


 俺は、どうしたい。サーニャはどうするべきなのか。

 そして、エドワードとどう向きっていけばいいのか。

 答えを求めているのだろう。


 ……俺は。


「待て! それは……私が決めた事だ! だから、私もロークと進み続ける!」


 そして、この静寂な時計塔に現れたのは元気を取り戻したサーニャだった。

 ……また、波乱な展開になりそうだ。

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