第30話 闇の剣士と本気の戦い
体が痛い。まるで闇の深い底にいるような。
感覚が鈍い。俺はどうなったんだ?
確か、あのメイドと戦っている時に……そうだ!
引き裂かれたような激痛。痛みを感じる前に俺は倒れた。
意識を無くして死んだ。かと思ったけど、そうでもないらしい。
まともに銃弾を受けてしまった。ち! 油断していたか。いや、予想外と言った方が正しいか?
事前に準備されており、俺を本気で殺そうとした。
王国の戦士、そして街の奴らも使ってな。
――――許さねぇ。絶対に……。
「ぶっ殺す!」
「あら? 生きていたんですね? しぶといですわね」
「ちょっと大丈夫なの? あれだけの攻撃を受けて……生きているなんて」
「安心して下さい! すぐにまた始末しますわ、幸いにも相手は手負いの状態ですので」
シエルとリエルか。あいつらは協力している。
鎖の強度が尋常ではなかった。ニーナを殺せた剣技で勝てなかったのが全て。
相性の問題もあるが、ここは力押しで行くしかねえか。
体が熱い。こんな体験生まれて初めてである。
……少しやばいな。まるで支配されてしまいそうだ。
何かが普段とは違う。そう言えば……スキルの名前。
【風と闇の剣士】の闇の部分。その謎が解けた気がする。
持っている剣が黒色に変化する。黒剣、こんなの見た事がない。
特殊な素材で作ったのか? いや、そんなものではない。
これは俺の変化したスキルが作り出した代物。
今まで一番溢れる力。だが、それが制御出来なかったら。意味がない。
しかし、俺はシエルとリエルに駆け出す。
「来るわよ!」
「えぇ、分かっております」
「本当に、目障りね! さっさと死ね!」
お前が終わりだ。胸の苦しみと体の熱さを必死に耐えながら。
俺は、迫る鎖を剣で振り払う。
大した事ないな。先程までと違って、俺自身のスピードはない。
走っていても体が重くて、息切れをすぐに起こす。
だけど、力は桁違い。両腕に鎖が巻き付く。走るのを中断される。
なるほどそういうことかよ。微かな魔力の光。若干だが、青い光が鎖を通じている。
これで、強化していたのか。やはり、スキルの進化。これが細かい自分の強化に繋がっている。
見えないはずの魔力の流れ。
縛られて危険な状態のはずなのに。俺は、驚く程に落ち着いていた。
「な、なぁ!?」
「ちょっと! ほ、本気で言ってんの?」
「ろ、ローク……お前」
「お前らみたいな奴らに負けるわけねえだろ! きゃははは! 全員、殺すまで逃がさねえよ!」
俺は完全に昂っていた。
やばいと思いながらも。言動とこいつらの行動を見たら止まらない。
俺は踏ん張って、腕力だけで鎖を引っ張る。
自分側に持ってくる。シエルは驚きながら、予想外の力に対応が遅れる。
仰け反りながら、体重の軽さもある。だが、それを凌駕する俺の筋力。
俺は片腕を後ろに引く。勢いと有り余る力を全てぶつける。そして、最大の威力を出す為に。
「容赦はしねえよ!」
「……!?」
顔面を思いっきり殴った。
女性特有の柔らかい体。白い肌。それら全てをぶっ壊すかのように。
シエルは街の建物の外壁にぶつかる。
衝撃波は俺の方まで風となって届く。殴った瞬間。骨が折れる感触。
今度は、唯では済まない。この至近距離でこれだけの威力で殴ったのだから。
砂煙と衝撃で倒壊した建物の瓦礫。これで、姿は確認が出来なかった。
しかし、立ち上がっても、鎖の攻撃もこない。
厄介な奴だったからな。早めに倒して正解だな。
さてと、後は……。
「そ、そんな!? 私とシエルの連携で作り上げた鎖が……」
「やっぱりそういうことだったのか?」
「……っ! やめろ来るな! これ以上やったらどうなるか……あぐ!」
「もう、どうなるか関係ねえよ」
大分、苦しくなってきた。これが裏の俺の力。闇の部分。
今までの憎悪が膨れ上がり、力の源となっている。
復讐心それが俺をここまで突き動かしているのか。
ニーナの時と違って、全く迷いがない。ただ、こいつらを殺してやりたい。
地獄よりもっと深く、想像を絶する苦しみを与えたい。
俺は、リエルの首を掴む。力づくで持ち上げる。
片腕でも余裕だった。ヤミイチさんの元妻。倒れている娘も元夫も気にしていない。
それ所か、勇者に寝返り利用した大罪。世界が許しても俺が許さない。
少しずつ力を加えていく。
「ぐぁぁぁぁ! お、お前! ほ、本気で殺すのか?」
「あぁ」
「ふ、ふざけるな!」
「それはこっちの台詞だ!」
俺は首を掴んで持ち上げているリエル。それを地面に勢いよく叩きつける。
もう、女とかヤミイチさんの元妻とか気にしていない。
細かい事を気にしていたら、達成が出来ない。
リエルは痛みで地面でのたうち回っている。大声を出しながら、口から涎を垂らしている。
何とも思わない。可哀想とかやり過ぎたとか。そういう感情がないのも不思議だ。
幾ら、恨んでいようと多少の罪悪感は感じるもの。
それを全く気持ちとして表れない。
これはスキルによる影響か? それとも俺が変わってしまったのか?
分からないが、この状況でそれは必要ない。
黒剣をリエルの前に突き刺す。直接刺したらすぐに死んでしまう。
だから、付近の地面に刺して脅しも兼ねて動きを止める。
「これ以上、家族の事を貶すなよ? この剣であんたを斬る!」
「あがぁ、うぐ……や、やめて」
「……どうして、そんなに勇者に固執する? そんなに、あいつがいいのか? 俺には……よく分からない」
俺にはヤミイチさんの方が何十倍もいい男に思えた。
裏切られても、また愛を求めて。勇者に盗られてもまた取り返そうとした。
やり方は褒められるものではなかった。だけど、それでも仕方がない。
追い込まれていた。屈辱的だろう。愛していた人が。目の前で勇者に盗られた光景。
家族も地位も失い、ヤミイチさんはまた昔に戻ろうとした。
せっかくの機会をこいつらが弄んだ。これは死より苦痛だと思う。
生き地獄という言葉が最も似合うだろう。
しかし、勇者がこんなにも虜にしてるのは事実。
確かめないと、知っておかないと。
こいつらが、あいつが何をしているのか。
だけど、リエルは教えない。
「お、教えると思う? 誰がお前みたいな屑な男に!」
「……あ?」
「そうよ! あの方は偉大な方なのよ! お前と違って何も背負っていない奴が……それでいて、守るべきものもいないただの放浪者の癖に! 身の程を知れ!」
「それを奪ったのは、あいつ(勇者)なんだぞ? 簡単に舐めた事言ってんじゃねえよ!」
「ぐふ……じゃ、じゃあ奪われない様に、もっといいスキルを貰ったり、いい男になればよかったんじゃない? そこの役立たずの男もそうよ! もう少し上手く立ち回っていれば! あっはははははは! あんな人と結婚なんてせずに……勇者様と結婚してけおばよかったわ! 例え、愛人にでもなっておけば……」
次のこいつの発言。
「――――もう少し早く死んでくれればよかったのに」
これで俺の制御は断ち切られる。
全身から電撃が流れる感覚。ビリビリとしたもの。
俺は、拳を作ってリエルの顔を殴る。
この状態で殴ったら無事では済まない。だけど、もう俺に理性は残されていなかった。
「おい! ローク! それは!」
微かに聞こえるサーニャの声。あぁ、そうだったのか。
周りがよく見えなかったけど、助けてくれたんだなサーニャ。
こんな俺の為にありがとな。微かにまだ理性は残っていたか。
泣き声気味のサーニャ。こんな姿を見せられたらそうだろうな。
何度も、何度も。街の地面が壊れる程に、重い渾身の一撃。
リエルの顔は崩壊する。骨が折れ、変形して、血が止まらない。
だけど、しばらく続けた。殴っている拳に返り血が付着する。
狂気的な光景。俺は、最低非道だと分かっていても。もう止められない。
闇が大きくなっていく。浸食されて、いつかは自分を失ってしまうかも。
だけど、それならそれで……いいのかも。普通の方法で勇者には勝てない。
だったら、狂気に飲み込まれて力を得た方が。
目標の達成の近道なのかもしれない。
はは、あっははははは! くっそ、何だもう駄目だ。
辛いのか、悲しいのか、それとも笑っているのか。自分が分からなくなる。
しばらくして。リエルの顔は見るも無残なものとなる。
潰れたトマトのように。原型が残っていない。
俺は、すぐに気配を察知して大声で叫ぶ。
「おい! シエル! 生きてんだったら返事しろ!次はお前だぁぁぁぁ!」
リエルの死体を思いっきり蹴飛ばす。
これが合図だったのか。瓦礫が吹っ飛ぶ。その中から、メイドの服が破れて、束ねていた髪をおろした人物。そう、雰囲気がガラリと変わったシエルが現れた。
そして、大きな変化はその顔と瞳だった。
「はい、それでは私も……死ぬ覚悟で本気でいかせて頂きます!」
気持ち悪いな。俺と同じぐらいに変わってやがる。
赤い瞳に、顔には黒い線が何本も入っている。
なるほど。あれが奴の本気だとしたら。
もっと……楽しめそうだなぁ! 絶対に倒してやるから、覚悟しろよ!
闘争心と戦闘心が強まっている。今の状態は不安定で危険。
ただ、俺は戦うだけ。これで終わりではない。俺が……勝つだけだ!
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