第26話 最悪の再会と裏切り


 サタン火山を下山する頃には。

 もう日が昇っていた。

 俺とヤミイチさんは軽く休みながらセルラルの街に到着した。

 しかし、何か雰囲気が違った。

 魔物の気配が全くしない。どういうことなんだ?


 辺りを見渡しても、結界は無事である。

 一体これが何を意味しているか?

 俺とヤミイチさんはセルラルの街に足を踏み込む。

 だが、その異様な感覚。街の状態は俺の想像と違った。


「遅かったですね、待っていたんですよ」

「……っ!? あんたは?」


 俺達の前に現れたのは一人のメイド。

 スカートの裾を両手で上げながら。丁寧に出迎える。

 いや、こんな街の真ん中で何をしている。

 異常だ、それに街の人達がいない。

 俺は剣に手を取って、いつでも攻撃が出来る態勢に入る。

 だが、そのメイドはお辞儀の状態から俺達の方を向く。


「突然ですが、貴方を始末する為にここに来ました」

「……やっぱりそうか」


 ということは、ニーナを殺した情報は広まっている。

 しかし、メイドがここまで来るって何なんだ。

 俺は、剣を引き抜く。なるほど、だから周りの人がいないのか。

 店が閉まっており、この場は完全に静寂を保っている。

 人気も始めてこの街に来た時と比べて活気がない。


 そして、俺をここまで誘いこんだ人物。


「貴方、という事は『貴方方』ではないんだな?」

「えぇ、だってそちらの方は私の味方ですから」

「あぁ、そういうことになるな!」


 ちぃ! 本当に何も信じられない。

 金属音がぶつかり合う。それは、協力関係を誓った仲だと思った。

 それなのに、簡単に裏切られるのは悲しい話だ。

 ヤミイチさんは背後から剣を振るってくる。だが、甘い。

 軽く受け止めて、弾き飛ばす。実践から離れていたからか。

 過去に冒険者と言ってもたかが知れてる。


「あら、反応がいいですわね、流石はニーナ様を殺しただけはありますね」

「……ヤミイチさんに何を吹き込んだ?」

「いえ、何もありませんわよ?」

「本気で攻撃をしてこなかった、俺を殺そうとすれば、もっと強い攻撃を仕掛けるはずだ! それに、わざわざこんな街に誘い込むのもおかしい」

「あらあら、意外に冷静なのですね」

「それと、知っていると思うが、ニーナはもういない……なぁ、シエルであっているか?」


 俺は名前を呼ぶ。地面に倒れているヤミイチさんは見ない。

 ただ、真っ直ぐにメイド服のシエルを見つめる。

 こいつは、ニーナの話に出ていたメイドか。

 動揺を隠せていない。少し表情を崩すが、メイドは微笑む。


「あら、名前を知ってるのですか? それならお話が早いですね! そうです、貴方が殺したニーナ様のメイドです」

「やっぱりそうか、それでここまで追って来たのは……俺を殺す為か?」

「えぇ、貴方を殺す為に特別ゲストも用意してますわよ」


 すると、馬車から二人の人物が降りて来る。

 誰だ? 一人は鎖に繋がれている女性。

 もう一人は女の子。俺は何とも思えなかった。

 しかし、ヤミイチさんは勢い良く立ち上がる。


「リエル! アカリ! どうしてお前らが……」

「貴方、久しぶりね」

「パパ……」


 王国の衣装に身を包んで。俺達の前に登場したのは、ヤミイチさんの家族。

 そうか、この人がヤミイチさんの奥さんか。

 虚ろな瞳だが美人。少し痩せ細っているのが気になる。

 娘の方は母親に抱き着いており、離れようとしない。

 そして、シエルは懐から鎖を取り出す。


「どうぞ! 約束通り貴方の奥様と子供を連れて来ましたよ!」

「あ、あぁ」


 よろよろと愛する人の元へ向かって行く。

 条件として俺を連れて来る変わりに。王国にいる奥さんと娘さんと会える。

 シエルは笑いながら俺に説明する。何だよ、それ。

 利用されただけなのか俺。唇を噛みながら、俺はヤミイチさんの後ろ姿を見つめる。

 結局、こうなるのかよ。でも、一応は世話にはなった。

 そして、家族の為に苦渋の選択をしたと思う。

 俺を攻撃するヤミイチさんの表情。


 ――――苦しさが伝わってきた。こっちまで泣いてしまいそうな。

 でも、これで報われる。これで、ヤミイチさんは幸せになれる。


「がはぁ!」


 お、おい! 何が起こっているんだ。

 目の前の光景が信じられない。

 ヤミイチさんの背中が剣で刺されている。

 血の匂いと残酷な光景が広がっている。

 そして、それを行ったのは紛れもない。


「ごめん、パパ」

「あ、あぁ、アカリ!」

「よくやったわね! これで……勇者様に本当の意味で認めて貰えるわ!」

「あっがぁ! そ、そんな」

「一度は勇者様にこの身を捧げた所を見たというのに……本当に貴方って馬鹿ねぇ」


 平然とアカリは背中から剣を引き抜く。

 目を離していた隙に背後に回り込んでいたのか。

 平然と淡々と実の父親を刺していく。そして、娘を褒める母親。

 どうやら、こいつらは勇者に王国に認めて貰いたかった。

 さらなる高い地位を獲得する為に。

 これも全て勇者と王国の策略。どれだけ人を弄べば気が済むんだ。


 倒れるヤミイチさん。手を伸ばしながら助けを求める。


「あら? 約束は守りましたが、気持ちは伝わらなかったようですね! でも、騙される方が悪いんですよ! これで、貴方も誰からも見放されて、そこの錆びている剣士さんと同じになりましたね」

「パパ、これで終わりだね、でもパパが悪いんだよ? 勇者様に勝てなかったから」


 アカリはヤミイチさんの手を振り払う。

 拒否したのか。こうして、完全に一つの家族は崩壊する。

 そして、最後の言葉。吐き捨てるように投げかける。


 だけど、俺は許せなかった。


「いや、俺がいる!」

「……っ!?」


 体が瞬時に動く。アカリの剣を受け止める。

 事前に構えていたから。今回は自分の剣で防御が出来た。

 別に素手で止めてもよかった。しかし、倒す敵を考えたら無駄な痛手は負えない。

 俺は、声を荒げながら。凄い力でアカリの剣を遠くに飛ばす。

 鋭い視線をアカリに見せながら。俺は、堂々とシエル達に立ち向かう。


「あらあら? どうして、抵抗しようとするのかしら?」

「いい加減にしろよ? これもあのクソ野郎の命令なのか?」

「いえ、これは命令であり、自分の意志でもありますわ! ニーナ様の無念を晴らさないといけないですものね」

「それで、この人達を利用したのか?」

「はい、ですが……そんなにいい仕事はしてくれなかったですわね」


 どこまで腐っているんだ! いや、落ち着け。もう、慣れてるだろこんなの。

 シエルは不気味な笑みを浮かべながら。

 鎖を取り出す。あれで拘束していたのか。あれがあいつの武器だとしたら……嫌だな。


「シエル……私達はどうなるの?」

「うーん? まぁ役目は果たしてくれましたし……後は、あの二人を殺せれば、また勇者様と遊ぶことが出来ますよ!」

「あ、あがぁ、た、助けてくれ」

「はぁ、それならいいわ! こんな頼りない男、やっぱり捨てて正解だったわ」


 この一言でヤミイチさんは言葉を失った。

 気絶したのか? それとももう……。

 リエルは見下しながら。ヤミイチさんをある意味で殺した。

 決めた。殺す。俺は自分の中で何かが爆発した。

 まずは……お前からだ。


「がぁ!」


 近くにいたアカリを迷うことなく剣で突き刺す。

 武器を失っており、戦闘能力も高くはない。

 隙だらけだ。すぐに剣を引き抜いて俺は次の敵に向かう。

 こいつらは最低最悪の屑。人の気持ちを踏みにじり、自分達だけが幸せになろうとした。許されない。勇者に大してどれだけの想いがあるのか知らない。

 それぞれの立場とか、俺の知らない事情はあると思う。


 刺した剣は大量の赤い液体で塗られている。

 アカリは俺の前で倒れる。気にせずに進み続ける。

 そして、剣をシエル達に向けながら。


「だったら、俺があんたらを殺す! ふざけんじゃねえぞ!」

「あら? 元気がいいですわね? それならば……私も本気でいきましょうかね?」


 結局、何も変わらない。何も変えられない。そう思った。

 だったら、俺が何とかしてやる。例え、どんな敵が現れようと。

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