第25話 山籠もりと突然の来訪者


 サーニャと別れて、一か月が経った。

 俺はこのサタン火山で山籠もりをしていた。

 熱い、思いながらも。俺は何とか生きていた。

 サーニャがニーナと王国の戦士に拉致られていた場所。

 あの洞窟で必死に、剣を振っていた。

 もちろん、実戦経験も兼ねていた。


「剣技【竜巻旋風】!」


 放たれる旋風。竜巻は複数のカーボンウルフを襲う。

 巻き込まれ、一瞬にして殲滅する。

 肉を斬って、あれほど苦戦した魔物を一瞬にして片付ける。

 それを確認して俺は納刀する。そして、カーボンウルフの一体を持ち帰った。


 今日の鍛錬は終わり。後は飯だ。俺は、乱暴に狩ったカーボンウルフを投げ捨てる。

 これが今日の食料だ。すぐに焚火で火を起こす。幸いにも、多少の魔術は使用が出来る。

 火の魔術、これは本を読んで取得した簡単なもの。

 適正は少しはあったから運良く出来た。火力が上がり、器用に剣でカーボンウルフの肉を斬っていく。

 ……食べられるんだな。非常にいい肉質だ。見ているだけで涎が出てしまいそうだ。

 何気なく聞いた話だったけど役に立った。

 サタン火山に生えていた薬草。それで肉を包み込む。これだけでも見栄えは変わる。


 水と一緒に頂く。うん、美味しい。風味と肉厚の美味さがいい感じだ。

 それにかぶりつきながら。これからの事を考える。


 ――――次は、シャノンかフローレンだ。

 俺は、焚火を見ながら憎しみを込めて想っている。


 あれからこの場所に人は来ていない。

 でも、騒ぎにはなっているだろう。それだけは言える。

 情報が入って来ないから知らないけど。

 とにかく、ずっとここにいる訳にはいかない。

 剣技の扱いも慣れてきた。ニーナとの戦いの時。

 反動で体を痛めて、とてもじゃないが連発は出来なかった。

 だけど、今なら……。


「次は、どっちからいく」


 もう、一人殺した。だから、引き返すつもりはない。

 シャノンかフローレン。どっちとも厄介な奴だ。

 特にシャノン……あいつは何を考えているのか。


「こんな場所にいたのか」

「……っ!? あ、あんた……なんで!」


 現れたのはヤミイチさんだった。

 日は落ちており、焚火の灯りでその姿がよく見える。

 俺は警戒して剣を抜刀してしまう。だが、ヤミイチさんは両手を上げる。


「阿保! 俺だ、何もしねえよ」

「……すみません」

「ふぅ、しばらく戻ってないと思ったら……こんな場所で油を売っていたのか」


 何の用なんだ。すると、ヤミイチさんは俺と対面して座る。

 敵意はないのか。俺は静かに剣を納刀して座る。

 落ち着け。この人に恨みも罪もない。

 しかし、わざわざここまで来た理由は何だ? 何か裏が……あるのか?


「探したぞ、お前……あの女を殺したのか?」

「だったらどうするんですか?」

「俺が聞いてるのは、殺したか殺していないか……どっち何だ?」

「はぁ、殺した、えぇ! 殺しましたよ!」


 きっとこの人も敵になる。これで、終わりだ。

 だから誰とも関わりたくなかった。

 もう、裏切られるのは勘弁だから。きっと、俺は本質的には変わっていない。

 強くなった、と錯覚している。だから、俺は。


「そうか」

「……何も驚かないんですね」

「まぁ、そうだろうと思ったからな、これ食べていいか?」


 ここで敵対すると思っていたのに。

 ヤミイチさんは俺の食事に手を出す。まぁいいけど。


「美味いな、これ」

「……それで、どういう目的でここに来たんですか?」

「あぁ、単刀直入に言うぞ」


 食べるのはやいな。俺は口を開きながらその豪快さに驚いていた。

 そして、真剣なそのヤミイチさんの瞳。

 ……何なんだ。こんな俺に何を求めている。


「セルラルの街がやばいんだよ」

「やばい? 何かあったんですか?」

「あぁ、魔物が押し寄せている、それに大量に」


 魔物が? 俺はヤミイチさんの話を聞く。

 それは、ニーナから聞いたあの話と似ている。

 急に魔物がセルラルに襲撃しているとのこと。

 今は結界によって守られている。だが、いつかは破られてしまう。


 ――運命のいたずらか? トリス村の襲撃と全く同じ。

 前回のは俺が気絶していた。けど、今回は防ぎ用がある。

 なるほど、そういうことなら納得がいく。


「言っただろ? 俺も元は冒険者……街の奴に魔物共に勝てる奴はいない」

「それで、こんな遠くまで来たってことですか?」

「まぁな、けど、サーニャが教えてくれなかったら、来てなかったけどな」


 その名前を聞いて俺は眉をつり上げる。

 あいつ……だったのか。

 どうやら、あいつが下山した後。

 サーニャがヤミイチさんに伝えてきたらしい。信頼が出来る人。

 それがこの人だったのか。


「珍しくあいつの顔が暗くて、悪いが理由を聞いた」

「そう、ですか」

「それで分かったことがある」


 聞いてしまったか。じゃああのニーナの話も。

 ヤミイチさんには全てバレている。

 男として恥ずかしい内容。ただ、自分より上の男に好き放題された話。

 もう、どうでもいい。笑ってくれた方が気が楽だ。

 だけど、ヤミイチさんは今までの人とは違った。


「辛かったんだな、お前」

「……え?」

「血が繋がっているとか、ないとか関係ねえよ……一緒に過ごした時間が長いからこそ、簡単に裏切れるものじゃねえと俺は思う」

「いや、それは」

「だけど、人って奴は恐ろしいな! 信じていても、環境の変化と関わる人、色々な条件が重なって終わってしまう関係もある」


 哀愁を漂いながらヤミイチさんは話す。

 辛かった。確かにそうだ。もう、そういう感情は忘れていた。

 ただ、復讐に燃えていた。周り何て見えなかった。

 そして、ヤミイチさんは顔を自分の膝に付けながら。


「俺も、昔……家族に裏切られたからな」

「え?」

「言った通り、俺も王国に住んでいた、だけど境遇はお前と同じだよ」


 ヤミイチさんは語る。

 王国に住んでいた時に、愛した女性がいたという。

 そこで結婚をして一生を共にする約束をした。

 それなのに、ヤミイチさんは目の前で愛する妻を寝取られたと話す。


「勇者だ」

「また出てきたよ」

「まぁ、もう昔の話だからこうやって他人に話せる……だが、当時は憎悪と悲しみでどうにかなってしまいそうだったけどな」

「それは、そうでしょうね」

「……あいつは、正真正銘の悪魔だ! あいつに俺は」


 取り乱すヤミイチさんも珍しい。

 それ程に、衝撃的な出来事だったのだろう。

 目の前で愛している人を盗られた。その苦しみは痛くて突き刺さる。

 とりあえず落ち着いて下さいよ。俺は、立ち上がる。


 元々、ヤミイチさんは王国の戦士に誘われていた。

 優秀な冒険者は安定した生活を望んている。

 だから、勇者であるトウヤはヤミイチさんに募集をかけた。

 個人的に持ち出された提案。選択次第では、大変なことになる。


「……悪いな、お前の下にはつきたくない」


 断った。それが大きな間違いだった。今でもそれを後悔している。

 家族の為に、勇者に従っておけば。

 きっと勇者は、ヤミイチさんに痛みを与えたかった。

 だから、妻を寝取った。そこに嫌らしさが感じられる。

 俺は、後悔するヤミイチさんに。元気付ける……とは言えない。

 余裕がないのは自分だって同じ。この街に留まる必要性。


 ――――けど、助けられるのに。それを見捨てるのは。俺の中にあまりない。

 排除しろよ、そんな考え方。俺はこの人に世話になった。

 いなかったら、ニーナにも勝てなかった。

 そして、ここまで追いかけてきた。相当、追い込まれていたと考えるべきだ。

 だったら、決断をしろ。


「そういうことなら、今すぐに街に行きますよ」

「……いいのか?」

「俺でいいんですよね? そんなに強くはないですよ」

「いや、あの女を倒したお前なら……もしかすると」


 それ以上は何も言わなかった。

 ヤミイチさんは俺にとても期待している。

 強くないのに。けど、ニーナを倒したという実績。それが生きているのだろう。

 俺は久しぶりにヤミイチさんと下山していく。


 ――――だが、セルラルの街は俺の想像以上に混沌としていた。

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