第54話 永遠の苦しみと抵抗


 俺は勝ったのか?

 体中が熱い。それと激痛でどうにかなってしまいそうだ。

 視界が朦朧としている。グルグルとその場で回転しているように。

 立ち上がろうにも、体が動かない。

 俺は……どうなってしまった?


「起きろ、おい、ローク」

「あがぁ」

「……あの技の影響か、少し待ってろ」


 エドワードの顔が見える。僅かだけど力が入る。

 喋ろうにも口が動かない。

 薬を取り出して俺の口に運ばれる。

 少し咳き込みながら、それと同時にエドワードは説明する。


「お前のあの剣技で、シャノンは完全に再起不能になった、驚いたな……まだこんな力を隠し持っていたなんて」


 体が少しだが軽くなる。

 薬の影響か。相変わらずこいつ(エドワード)の技術には驚く。

 俺は倒壊したこの場の奥に倒れている人物。


 本当だ、もうピクリとも動かない。

 さっきまでの殺気は消え失せている。

 しばらくして、自分で体を起こしてシャノンの元へと近寄る。


「やっと終わったんだな」

「……だが、まだ油断は出来ない、こうなってもいつ復活するか」

「あぁ、だから完全にその可能性を封じた」


 エドワードの疑問に俺は答える。

 そう、強大な魔力を体内に持っていて、特異な天職だから可能な圧倒的な回復。

 普通ならまた戦っているだろうな。

 けど、俺のあの剣技を受けたらそうはならない。


『あの剣技は受けた者は、一生闇の中で苦しみ続ける……肉体と精神をそこに預けてじわじわと悪夢を見続ける……そして』


「ぐぁうえうぃがぁぐぅいす」

「急に暴れだした……これは」

「そう、こいつは俺が死ぬまで悪夢を見続けて、激痛で苦しみ続ける」


 でも、意識は保っている。

 こいつの圧倒的な回復力。そのおかげで皮肉にもこれからも生き続けられる。

 俺が死なない限り、こいつはずっと生き地獄のままだ。

 残酷と思われるかもしれないが、当然の報いだ。

 いや、正直のところここで殺しておきたいが我慢だ。


 死んで全てが終わりなんて許す訳ねえだろ。


 もう言語能力も失われているが俺は一方的に話しかける。


「おい……どうだ、ご気分は?」

「ぐぅあがぁぁぁ」

「そうか、とっても……気持ちよさそうだな」

「声は届いているのか?」

「さあな? けど、今頃は幸せな世界にいるんじゃないか? 見たいとは思わないけど」


 シャノンの美貌は跡形もなく無くなっている。

 肌はしわだらけになり、顔は皮膚が爛れている。

 極度の精神状態で錯乱状態で目の焦点が合っていない。

 地面には尿を漏らしており、あの輝かしいシャノンの姿はなかった。


 ……終わった。片腕を抑えながら俺はシャノンを見上げる。

 俺の目付きは信じられないぐらいに冷たいだろう。


 悲しみなんてない。後悔はしていない。

 俺は、やるべきことはやっただけ。

 シャノン、お前は間違っていたことに気付いているか?

 あの村での出来事、想い出、俺たちがやってきた事は生きている。

 それに比べてあの勇者との絡みはどうだ?


 こうして、死に際に一緒に居るのが勇者ではなく俺ということ。

 それが全ての答えだ。

 笑いたければ笑えばいい。

 もうそんな事も出来ないと思うけど。


「ぜっあぁ、ふざけるな」

「……!? 息を吹き返しただと?」


 ……凄い生命力だな。

 失われた言語能力が再生している。

 なら、逆に好都合。俺は驚くエドワードの横でシャノンに質問する。


「体を動かしてみろ」

「あ、あぁ? か、からだって」

「お前の回復魔術ならもう傷は癒えているはずだ……それぐらい簡単なことだろ?」

「い、いたい、そ、そんなのむりぃ」

「何だ? 世界に認められて勇者の結婚相手が俺を前にして体も動かせないか?」


 安い挑発だ。

 普段のシャノンなら絶対に何となく避けるだろう。

 でも、今のこいつは瀕死の状態。

 表情からも余裕がないのが分かる。

 俺は小馬鹿にしながらシャノンに手を差し伸べる。

 悔しかったら体を起こして俺の手を掴んでみろ。


 鬼のような形相でシャノンは歯を食いしばる。

 どうやら、俺の指示の従うようだった。


 でも……。


「あがぁ……がぁぁぁぁぁ!」


 その場で悶絶している。

 体を芋虫のようにクネクネと動かし、口から涎を垂らしている。

 微かだが手を伸ばした腕からプチっと音がした。

 あまりの激痛なのか。シャノンは錯乱状態に陥っている。


「ローク、これは」

「無理に体を動かそうとしたら、意思とは反対してこうなる」

「なるほど……」

「さっきも言ったけどこいつの全ては闇の中にある! だから、こうやって話している時も苦しみはさらに増すだろうな」


 恐ろしい剣技だ。

 俺の力のもう一つの部分。闇の力は風とは違って破壊力があり、こんな風に陰湿な手口も可能とする。

 あのいつかのメイドとの時に使おうと思ったが止められた。

 いや、止めて正解だったと思う。

 実際、エドワードの処置のおかげで体の被害は最小限に留められている。


 ……二回も助けられているんだな。ぐ……もっと、強くならないと。


 こんな所で満足していてはいけない。

 俺の目的はもっと高い。


「ただ、お前のその剣技はもう使わない方がいい、今度は暴走して最悪死ぬぞ」

「俺のことを心配してくれるのか?」

「……お前と出会って、俺の押し殺していた野望に火がついた」


 エドワードという男も俺と同じ。

 最終的に目指すはアレースレン王国。

 そして、そこに待っている勇者トウヤ。

 今回のことが世界に公になれば少しは状況も変わる。


「俺も正式にお前らと協力する! 一緒に勇者を倒させてくれ」

「……本当にいいのか?」

「今回の件でお前も分かっていると思うが、かなり世間の見方は変わる……と思う」


 やはり、エドワードも同じことを考えていた。

 今まで起こった真実を全て公表する。

 恐らく大多数は反発して信じられないと声をあげる。

 でも、少しは賛同してくれるだろう。

 その少しでいい。最初のたった一人の頃と比べたら雲泥の差。


 それで、エドワードは俺たちの仲間になりたいと。

 これを断る理由がない。

 戦闘の力は申し分なくて、落ち着きもあり、医療技術もある。

 ……氷の魔術師。その名に嘘はなかった。


「あぁ、頼む、そして、宜しく」

「これで俺にも仲間が出来たな」

「どういうことだ?」

「いや、この見た目だからな、怖がって誰も近付いてこなかった」


 あぁ、確かにこの目付きと風貌なら有り得るかもな。

 真顔でエドワードはそんな事を言い出す。

 だから、俺は苦笑いをしながら返答した。


「ぐぅぅぅぅ、そ、そんなことさせるかぁ!」


 こいつ、まだこんな力が残っていたのか。

 俺とエドワードの後ろでシャノンは立ち上がっていた。

 予想外……だろ。痛みに耐えきれずはずがない。

 それでもあいつは俺達の前に立ち上がっている。


 見た目も心も酷く廃んでいるのに。

 シャノンは皮が削ぎ落ちそうな両足で態勢を整えている。

 痛々しい。あれはもう人間ではない。

 怪物と言っても間違いではない。


「わ、わたしは、まだまだ愛して貰わないと! トウヤも国のみんなも私を待っている!」

「ちぃ……戯言を」

「ローク、どうする?」

「決まってるだろ?」


 相手より先に動く。エドワードは若干だが迷っていた。

 攻撃を仕掛けるタイミングが遅い。それが何よりの証拠。

 最後の力を振り絞っての大技。シャノンの周りに電撃が発生している。


「最初からこの街ごと破壊すればよかったのよ! そうすれば何も残らない! 何も問題にならない! そうよ、そうすれば……」


 あぁ、まだ痛むな。

 エドワードのおかげで動けるぐらいには回復した。

 流石にこれ以上はきついか。でも、不思議と体が動く。

 全く躊躇する事なく剣を引き抜く。


 最後まで手間がかかるやつだ。


 ――やっぱり最後は俺が……。


「……俺がお前を剣で刺せないと思ったか?」


 剣は胸を貫いて俺はシャノンを突き刺す。

 今度こそ、本当に終わりだ。

 密着しながらも俺は何も感じる事はない。

 なんで、こうなってしまったんだろうな。


 しばらくして突き刺した剣を引き抜く。

 そこから大量の血が流れ落ちて俺の顔に付着する。

 服も、剣も、全てがシャノンの血に染まる。

 気持ち悪い。静かに崩れ落ちたシャノンを見てそう思った。


 こんな事をしても何も解決しない。

 それなのにシャノンは最後まで抵抗した。

 それがなければまだ苦しみは少なかった。


 でも、こいつは最後までトウヤの事を思っていた。

 俺との想い出よりも。

 あの国でどんな事をされたかは知らない。

 知りたいとも思わないと言った方が正解か。


 ……気持ちは繋がっていない。

 一つ言える事は俺も、こいつも幸せにはなれない。

 待っているのは底知れぬ地獄だろう。


「……行くか」


 俺は空を見上げながら次なる決戦を考えていた。

 その先に待っている勇者を倒す為に。

 進み続けるしかない。痛みが続くとしても。

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