第13話 魔物・カーボンウルフ


 少しの邪魔が入った後。

 俺は今回の依頼の目標である【カーボンウルフ】を討伐する。

 その為にはこのサンタ火山の頂上に登る必要がある。

 そこに、カーボンウルフは生息している。

 なるほど、だからAランク相当なのか。

 気が付けば、気温が上がり俺は汗を拭く。持参した水を飲む。


 ――村の仕事をしていてよかった。

 直射日光の当たる中で、鍬で土を耕していたからな。

 体力と多少の耐性はついている。

 これなら、無茶をしても体は壊さないだろう。

 だけど、流石に休息は取らないといけない。


 軽く仮眠をとって、食事を済ませて二日後。


「ここがサタン火山の頂上か」


 流れ落ちるマグマ。そして、転がり落ちる火山岩。

 灼熱の地域は、立っているだけで体力が奪われる。

 地形的には、平面でそれ以外は何もない。

 戦いやすいと言えばそうだけど。


 ――いたな。聴力を集中させて俺は警戒心を高める。

 地面を歩く音。静かだが確かに聞こえる。

 何だ? 聴力も上がっているのか? スキルの影響か。

 俺は、剣の鍔に手を添えていつでも抜刀可能な状態にする。


 そして、戦いは急に開始される。


「きたな!」


 カーボンウルフは俺の存在に気が付く。

 すると、見境もなく噛みついてきた。

 鋭く、銀色に光るその凶暴な歯。

 剣に噛みつき、俺は力負けしないように力を加える。


 ぐぁ、こいつはやっぱり強いな。

 油断したらすぐに根負けしてしまう。

 力ずくで剣をカーボンウルフの口から引き抜く。

 唾液が付着しており、相手も俺を見て涎を地面に垂らしている。


 距離を取り、俺はもう一度頭の中で情報を整理する。


 カーボンウルフ、名前の通り狼の姿をした魔物。

 火山に適応する為に、炎を纏っている。

 皮膚がとても硬く、普通の攻撃は通らない。


 弱点としては、やはり水に弱い。

 纏っている炎は鎧の役割を果たしている。

 だから、水分を含ませればその炎の鎧は一時的だが無効になる。


 ――俺の剣の攻撃は通らない。だとしたら、大量に持参した水が役に立つ。


 目を離さずカーボンウルフと向き合う。

 熱いな、長期戦は控えないといけないか。

 今度は俺から仕掛けていく。ギリギリまで攻めていく。


「がぁ、硬いな」


 やっぱり肉質が硬過ぎる。

 新調して貰った剣でも弾かれてしまう。

 切れ味が足りないのか。それとも、単に俺の技術不足なのか。

 どちらも当て嵌まっているからこそ。

 俺はもっと強くならないといけない。


 後退しながら俺は相手の隙を見つける。

 しかし、相手は強敵の魔物。

 鉤爪を地面に差し込みながら、弾かれて硬直している俺に迫って来る。


 動きが見える。この感覚はやはり違う。

 素早いカーボンウルフの動きもよく見える。

 飛びついて来たがそけを回避する。回転しながら、剣を上空に突き刺す。

 正面からでは無理だ。だったら、懐に潜り込んでそこを攻める。


 相手の嫌がることをするのがセオリー。

 だが、それも硬い肉質によって防がれる。

 やっぱりこの炎の鎧が厄介だな。

 剣先がかけて俺はすぐに入れ替える。それ程に硬いということだ。



「やっぱり近接戦闘じゃ厳しいか」


 魔術も使えない俺にとって攻撃手段は剣しかない。

 俺は、腰に掛けている小さな小瓶に手をかける。

 これが今回のカーボンウルフの対策の一つ。

 錬金術による薬の調合に長けている俺。

 それを応用して、こいつを倒すために用意してきた。


 小瓶の栓を片手で開ける。

 逃げるように回避して、それを向かってくるカーボンウルフに投げる。

 投げた小瓶の中から水が放出される。

 その水は、雨のようにカーボンウルフに降り注がれる。


「効果は……あるのか?」


 水蒸気が発生し、すぐに蒸発する。

 だけど効果は……あった。

 動き続けていた相手が怯んでいる。

 これだ、これだよ。狙い通りの効果に俺は内心とても喜ぶ。

 だが、持続時間は未知数。勝負を決めるのは一瞬。


 ここだ! 思いっきり地面を蹴る。剣を向けながら距離を詰める。

 炎の鎧はない。これなら、硬い肉質でも通るはずだ。


 ――――ザシュ! と肉を斬る音が聞こえてくる。


「浅いか!?」


 ただ、寸前で交わされる。相手も俺の動きを理解している。

 でも、やっと自分の攻撃が通った。それが大きな突破口となる。

 やっぱり水に弱いというのは明白。

 踏ん張りながら俺は方向転換をして、再び剣を向ける。

 しかし、すぐに炎の鎧が復活する。肉質が硬くなり攻撃が通らなくなる。


「切り替えが速いな」


 あいつも本気になったか。

 最初よりも炎の威力が強い。

 マグマが噴出し、カーボンウルフの攻撃と連動しているのか。

 流石は火山の主と言ったところか。

 だったら、一気に決めればいいだけだ。


 ステップをしながら相手は近付いてくる。

 ジグザグにかく乱するように。さらに動きが速い。

 出し惜しみもこちらはしない。俺は、小瓶を両手に持つ。

 栓を全部引き抜いて俺は向かって来る魔物に投げつける。


 ――――これは、錬金術で水に魔力を含ませて作った合成薬。


 一気に四個も使用したからか。この場は一気に水が発生する。

 大量の水はカーボンウルフを襲う。

 まるで滝のようだった。水の圧力で押し潰されそうな勢い。

 炎の鎧は消滅するどころか。相手の生命力も奪ってしまいそうだ。

 これは凄い。しっかりと弱点を突けばこれだけの魔物でも……。


 いや、これも錬金術を学んでいたから。後は、ヤミイチさんのおかげでもある。


 本当に……感謝しないといけないな!


 完全に動きが止まった。

 俺は、走りだして剣を何度も突き刺す。

 さっきまでの硬さはない。柔らかい。

 返り血を浴びても息の根を止めるまで。俺は攻撃を止めない。


 恨みはないが、今までの全てをぶつける。

 しばらくして俺は剣を抜刀する。

 終わった。呆気なかった。惨殺したカーボンウルフ。

 血まみれとなり、不思議と周りのマグマの流れが落ち着く。

 こいつが発生させてた訳ではないよな。まぁ、いいか。

 とりあえず、倒したという証拠に死体を持って帰らないと。

 一人だと面倒だけど仕方がないか。


 俺は、荷台に倒したそれを縛り付けてサタン火山を後にした。

 そして、自覚はしてなかったが、俺のスキルはさらに変化をしていた。




 ――――それに気付かされたのは、セルラルに帰った後だった。


「うわ! 本当に帰って来たんだ!」


 そこから一日後。俺は台車に乗せたカーボンウルフを預けた。

 実働三日の達成にソルトさんは驚いていた。

 準備から後始末まで全てほぼ一人で済ませた。俺は、顔中泥まみれで報告をする。


「何も問題はないんですよね?」

「というか、本当に一人で倒したの?」

「準備をしっかりしたおかげですよ……別に大したことはないです」

「いやいや、Aランクの依頼を一人でこなすなんて……ふーん? どうやら、私の見当違いだったようね」


 依頼を受ける前と後では全然違うな。

 目を輝かせながら、ソルトさんは袋を取り出す。

 そこに出されたのはかなりの通貨だった。

 あれ? 何か多いな。Aランクだからかなりの額だと書いてはあった。

 しかし、多過ぎだ。困惑しているとソルトが耳元で囁いてくる。


「これは、この前のお詫び……本当は駄目だけど私のポケットマネーからよ」

「悪い人ですね」

「でも、元々もよくないお金だと思うし、どう使おうと勝手だと思うけどなぁ」

「はは……まぁ、嬉しいんですけど」


 置かれた通貨を懐にしまう。さらにはお礼状も渡された。

 さらにはランクも上がって、EランクからCランクに一気に上がった。

 ランクが上がると、貰える報酬金などが増える。もちろん、受けられる依頼も多くなる。

 今回は特例だったが、通常はこんな感じなんだろう。

 手続きを済ませて、ソルトさんは俺に色々と聞いてくる。


「ねぇねぇ! 貴方って本当に弱いの?」

「見れば分かりますよね?」

「うーん? まぁそうなんだけど、何か……この世界を変えちゃいそうな! そんな雰囲気を感じるのよ!」

「根拠もないのに、それは言い過ぎですよ」

「あら、私は期待してるのよ……あの勇者様を、倒してくれることに」


 そこだけソルトさんに哀愁を感じた声。そう聞こえた。

 ヤミイチさんもそうだった。あの勇者に恨みを持っている人は多いのか?

 いや、でもそれなら……この俺の扱い。やっぱり、何かの力が働いているのか。

 微妙な感情のズレ。冗談で言ってるのではないな。

 踏み込んだ方がいいか。ソルトさんならもしかすると何か……。


「まぁ、これ以上はやめとこうかな! 私に何も見返りは無いし」

「……ふぅ、いいですよ別に」

「でも、貴方に期待しているのは本当! そうね……付いて来てくれる仲間がいればいいんだけどね」

「それは無理ですよ、俺はもうずっと一人なんですから」


 それだけ言い捨てて、俺はソルトさんと別れた。

 一つの成果は残した。ただ、ニーナと会ったこと。まだまだ力の差はある。

 しかし、勝てない……とは思っていない。勝たなくちゃいけないんだ。


 仲間か。確かに今回も誰かがいれば楽になった。それに楽しいだろう。

 しかし、迷惑をかけてしまう。だから、駄目だし嫌なんだ。

 でも、何でだろうな。頭の中に思い浮かぶサーニャの顔。

 あいつは……馬鹿で、何も考えていない。けど、剣の才能もスキルも俺より遥かにある。


 俺と絡んでその芽を潰されちゃいけない。ニーナと一緒に居た方が幸せだろう。


 サーニャのことを振り切り、俺はヤミイチさんの所へ向かった。

 あいつらが街に帰ってくる前に。ある程度の物は揃えておかないと。


 しかし、俺がサタン火山に向かって依頼を達成した後。

 そこから一週間。サーニャとニーナが帰って来ることはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る