第19話 終わりの時は突然に


 これは、ロークがトウヤに負けて気絶している時の話。

 私達は看病しながら、ロークの目覚めを待っていた。

 たくよぉ! あんなに無様に負けやがって。

 だらしない……仕方がないから、目覚めてから色々と特訓してやる。


 ――――だから、早く目覚めろローク。


「ローク……」

「ニーナ! そんなに慌てたって、ロークは目覚めないよ」

「そうね、あの勇者様に相当やられてしまったわね……」


 隣にはシャノンとフローレンも心配そうに見つめている。

 クソが、シャノンは落ち着いている。こんな事態なのに。

 フローレンはいつも通り。作ってくれた薬が効いているのか。ロークの状態は結構いいと思う。

 私は、動かないロークの手を繋いでいる。恥ずかしさよりも、速く目を覚ませ。

 その気持ちが人一倍に強かった。だから、私は握り続ける。

 痛いと言ってくれよ。ローク、ローク……。


「失礼する」

「……! お、お前は!?」


 家の寝室に入って来た男。父さんではない。あいつだ……ロークをこんな状態にした奴。どんな神経してやがんだ。私は、椅子から立ち上がり勇者に拳を向ける。

 口より先に手がでてしまう。だが、力だけは自信があったのに。


「そんなものか?」

「ぐ……!? うっそだろ……」

「ニーナ! やめて! それと勇者様も……あまり刺激しないで下さい」

「あわわわわ! 喧嘩はやめて下さい! 無礼なのは承知してます、ですから……ここはお引き取りを」


 これではロークと同じだ。せめて、こいつの代わりに一発くらわせてやろうと思ったのに。渾身の一撃とまではいかなかった。でも、私の中で全力だった。

 シャノンとフローレンは謝っている。こんな奴に謝る必要なんて……あるのか?

 だが、勇者であるトウヤは私の手を受け止めながら。


「やっぱり威力はある、勢いもいい……だからこそ、俺の近くに欲しい」

「はぁ? お前、気持ち悪い」

「多少の無礼は許してやる! というか、いきなりこんな話をされて受け止めろと言う方が酷な話だ」

「ロークは貴方との勝負に負けました、その上でこのようなことを言うのはどうかと思います……ですが、私達は王国に行くのはやはり出来ません」

「そ、そうです! だってロークが一人になってしまう! 誰がこの子のご飯を作るんですか? 誰が支えてあげるんですか?」


 気持ち悪い。静かに手を降ろし、私は勇者を睨む。

 こんな奴に負けたのかよローク。本当に……だらしない。

 だからこそ、お前が強くなるまで私達が支えてやらないと。

 こいつとノコノコと王国に行くのではない。

 私も含めてそれはシャノンとフローレンも同じなようだ。


 冷静なシャノンも今回ばかりは怒りを感じる。

 フローレンも丁寧な対応ながら。断る所はしっかりと主張している。

 そうだ。誰が支えてやるんだ。私達がロークを……。


「本当にそれで宜しいのですか?」

「……っ! 今度はおっさんかよ」


 今度は儀式のシスターであるナイルが入って来る。

 腕組みをしながら、勇者の隣に立つ。

 そう言えばこいつも嫌な奴だ。勇者とはまた違ってな。

 しかし、今度は冷静に、そうだ落ち着け。

 軽く深呼吸をして、私はナイルと勇者に向き合う。

 にしても、その確認の言葉はなんだよ。


 ――――本当にそれで宜しい? いいに決まっているだろ。

 今更そんな確認するんじゃねえよ!


「何度も私は儀式を行い、スキルを取得し、人生を変わった者を見てきました……もちろん、幸せになった者、不幸になった者も」

「何を言いたいんだよ! はっきり言えよ!」

「……少なくとも私達は選択は間違えないつもりです! そして、必ず幸せになれる選択肢を選べる自信はあります」

「人の幸せ何て曖昧なものですよ! 人との繋がり、愛情、思い出……全てが詰まっているんですよ! だから、簡単には……」

「ほぉ、思った以上にしぶとい奴らだな、これは相当……骨が折れるな」


 ナイルの言動に私達は反論する。

 幸せとか不幸とか関係ねえよ。そもそも、それはお前が決めるんじゃない。

 私達が幸せと決めればそれだけの話だ。

 フローレンの言う通り。私達の『繋がり』は簡単に消えるものじゃない。

 ずっと、一緒にいる。そう約束したんだ。

 それに、まだ伝えていないこともたくさんある。


 ――――そうだ。私は……。


「それはそれは……愛が凄く感じられて感動します」

「お前、舐めてんのか?」

「ですが、いいのですか? もう少しでこのトリス村は完全に終わりますよ?」

「……はぁ?」


 ナイルから伝えられた信じられない事実。

 この村が終わる。いやいや、嘘だろう。

 こんなに住みやすくて平和な村。

 今まで魔物の襲撃も受けたことがない。

 王国の奴らが守ってくれてるから。あれ? 王国の奴ら……それってこいつらだよな?


「そんなの信用しませんよ?」

「き、急にそんな事を言われても! 私達を混乱させたいんですか?」

「……そうですか? 辛いですが説明するしかないですね」


 ナイルは片目を閉じながら。少し間を開けた後。

 口を開き始める。このトリス村が終わるなんて信じられない。

 私は認めない。どんな事を言われようと……。


「そもそも、儀式が行ってスキルを取得する者……それは、『魔物から人々を守る』というのは当たり前ですが、同時に王国の力を維持して、生活水準を落とさぬように日々努力してる者たちなのですよ」

「……シスターにしては、偉く現実的な考え方じゃねえか? まるで、神様なんて信じてないような」

「神? ふふ、私は……シスターでありながらそういうのが嫌いなのですよ」


 はっきり言うなこいつ。私は突っ込みたくなる。

 だが、建前上は体裁の為に神の存在を信じなければならない。

 一応、女神様は存在するのに。それでも、ナイルは神様を信じていない。

 というかどうでもいいけどな。そんなことを聞きたいのではない。


「そもそも、神がこの世に存在しているならば……全ての人々が幸せになっているはずです」

「そうか、んで村が終わる理由は何なんだよ?」

「ははっ……簡単に言いますと、貴方達がこの村に残る選択をすれば、たくさんの人が死んで、どちらにせよこの村にも多数の魔物が押し寄せる……」

「ど、どうしてそう言い切れるんだ? 王国の奴らがいるんだろ?」

「その王国の戦士が最近は不足しているのですよ! 魔物との交戦はもちろん、いつの時代も人と人の紛争は尽きないものなのですよ」


 単純な問題。死ねば人手不足になる。

 激闘が続く魔物や人との戦闘。当たり前だ。

 だけど、優秀な奴は簡単には出てこない。

 今回、私達三人が同時に【天職】と呼ばれる特別なスキルを手に入れた。

 これは過去の歴史の中でも異例なこと。

 だからこそ、勇者とナイルは私達を求めている。

 ナイルが説明していると、勇者も口を挟んでくる。


「お前らが来れば、村も助かるし、もっと強くなれる……それは俺が保証してやる」

「……それで脅しているつもりか?」

「いや、正直に言うと勿体無い! 考えてみろ? 偶然とは言っても、世界に賞賛される力を手に入れたのに……この村の中で留まるのか? さっき言った幸せと不幸の話と似ているが……すぐ目の前にもっと幸せが掴み取れるのに、それを手放すのはどうなんだ?」


 こいつ、本気で言ってるのか?

 怖い程に本音が分からない。

 さっきからニタニタしやがって。やっぱり気持ち悪い。

 だけど、悔しいが言っている事は分かる気がする。

 ずっと一線で戦ってきた奴らがそう言っている。

 アレースレン王国がどんな場所なのか知らない。


 ――――駄目だ。私の頭ではよく分からない。


「……言いたい事は理解しました、ですが……それでは『駒が足りなくなったから、優秀な駒が同時に出てきた』考え過ぎかもしれませんが、それでは私達は付いてきませんよ? だって、気持ちがこもってないから、愛が感じられないから、貴方達はただ力と事実だけを並べているだけ……それでは、駄目だと思いますよ?」


 しゃ、シャノン! ナイスだ。

 三姉妹の中では一番頭が良くて要領がいい。

 だから、話を見極められる。私は残念だけどそこら辺は無理。

 頼り所はそれぞれが意識してきた。得意な所と苦手な所。

 だが、勇者はシャノンの言葉にも動じない。


「事実は事実……それに愛だと? 確かに大切な要素だが、考えてみろ? 仮に村が襲われ、住む所がなくなり、食べる物がなくなり、極限の状態になってみろ……そんな状態でもお前の言う『愛』で乗り越えられると思うか?」

「……乗り越えられます」

「嘘だな」

「どうしてそう言い切れるのですか?」

「そういう状態になった事がないからだ」


 おいおい、押されてるぞ。

 シャノンの歯切れが悪い。そして、私は気付いてしまう。

 ずっと一緒にいたから分かる。

 勇者の質問に対してシャノンが体が震える。微かだけどな。

 それに、髪を手で巻く癖がある。それが……。


「後、お前……嘘だと髪を手で巻く癖がある、それは直した方がいい」

「……っ!」

「やめて下さい! こんなの脅迫ですよね? こんなのバレたら黙ってないですよ!」


 遂にフローレンが怒る。は、初めて見たぜ。

 こんなに激昂する姿は見たことない。

 私が知る限りでは。でも、何か……怖いな。

 普段怒らない奴がそうなると怖い。

 でも、何気ない一言だったけど確かにそうだよな。

 これを公表すれば周りが黙ってない。


「別に、そうして貰っても構わない……だが、損をするのはどちらか考えるんだな?」

「本当に卑怯ですね」

「悔しかったら俺を超える存在なればいい、そうすれば自由にやりたい放題だと思うが? それとも、お前達が好きな『愛』とか『気持ち』などで何とかして見せるか?」

「て、てめぇ!」

「さて、お話が長くなるのも……おや?」


 な、なんだ!? 急にこのトリス村に地響きが起こる。

 いや、これは何かが来ている。足音が半端ではない。

 そして、訪れる運命の分かれ目。

 私達は思い知ってしまう。この世界の残酷さ。


「……丁度いい、現れたな」

「な、何がだよ!?」

「この村に魔物の大群が来たんですよ」

「な、なんだと……」


 私も、シャノンも、フローレンも体の震えが止まらなかった。

 何も知らなかった。

 この村も、私達の命も……もう少しで終わってしまうという事実に。

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