第75話 新たな勇者の真実と血だらけの対話

 夜が明けた。

 あれから、必要な情報をニーナから聞いた。

 俺は一睡も出来なかった。

 その顔には返り血が大量に浴びており、俺は自分の手を見つめる。赤い、そうだ俺は……また殺した。

 二人の前にでもお構いなしにあいつをナイフで刺し殺した。あんなにも、残虐によく人を殺せたな。

 だけど、俺はやらなくちゃいけない。


「ここに居たのか……ローク」


 俺が今いる場所。ちょうどこの森からでも太陽が見える。俺の真下は崖で、とても景色がいい。

 あぁ、さっきまでと比べたら美しい光景だ。

 ここにエドワードも来ても俺はそれを見ていた。


「パティはお前が殺した女の処理をしている……きっと、また何かあるんじゃないかと探ってるんだろうな」

「あぁ、そうだな」

「……その血は拭かなくていいのか?」


 確かに、随分と汚れてしまった。

 それよりも今は眠りたい。派手にニーナを痛めつけたからな。今までの憎悪を全てぶつけてしまう。

 そう、あの時の俺は正しく【悪魔】だっただろう。





 数時間前。後は聞いた情報以外に細かく、情報を聞く所から始まった。どんなに細かい情報でもいい。そこから、有力な情報が見つかる場合もある。

 エドワードは俺にそう言ってそれに賛同する。

 だけど、話題は【勇者】へと転換した時だった。


「俺達はあの勇者について知っているようで知らない……だから、教えろ」

「……と、トウヤについて?」

「そうだ! 奴を倒さないと王国は倒せない! お前が俺から離れていた期間の事実を全て教えろ」


 低くて暗い声で俺はニーナに聞く。

 他のことは素直に教えてくれた。流れで、勇者のトウヤについても教えろと。

 しかし、ニーナは俺から目を逸らす。何だ? 黙り込む理由はないはずだ。お前に拒否権はないんだよ。……代償は大きく払ったんだ。それが、やっと俺達の知らない情報を提供する相手を拘束が出来た。それも、俺の標的。さぁ、教えろよ……。


 でも、こいつは口を開かない。

 この無駄な時間に呆れたのは俺だけではない。


「じゃあ、質問を変えよう……貴方は勇者と生活をしていて、何か変わった事はありませんでした? 本当に些細な事でもいい……俺達に、教えて下さい」


 丁寧にエドワードは勇者との私生活に焦点を変える。こういうのはボロが出やすい。少しだが、ニーナはこちらを向く。これなら話してくれる。確かに、それはそうだった。でも、これが俺の怒りの引き金を引く事になる。


「……そうだな、私は心地よかったんだ」

「……は?」


 俺はその言葉に思わず声を出してしまう。

 そういうのはもう聞いた。

 あのサタン火山の時に。でも、こいつは昔から話し出すと止まらないんだろうな。

 でも、こいつは勇者の事になると饒舌になるようで。


「勇者は、トウヤは! 王国を守る大切な存在なんだ! それに、優しくて、強くて、カッコよくて……」

「はいはーい! それは私も見てたから分かるから……もう、マガトの証がない以上はそんな事はいいのよ! 私達が知りたいのは勇者の力や……」

「トウヤは私に色々と教えてくれた! 戦い方や、私生活、村では味わえなかった刺激をあいつは教えてくれたんだ! だから、マガトの証とは関係なしに私は多分……見惚れていたんだと思う」


 駄目だ、落ち着け。深呼吸をして俺は気持ちを抑える。まだ、その時ではない。それにしても、こいつは俺を目の前にして何を言っているんだ? これが、本音だとしても……さっきまでと反応が全然違う。羨望と顔を蕩けさせながら。ニーナは俺達にトウヤの自慢話を聞かせてくる。


 怒りというよりは困惑する。

 この後に及んでこいつは……勇者を褒めている。

 もう、マガトの証が無くなって正直になったと思ったのにな。ニーナはマガトの証ではなくて、あの【勇者】に支配されている。


「だから、全てをトウヤに預けたんだ! 体も心も! あいつはいつでも優しくしてくれた! 天職の力を持つ剣士じゃなくて、ニーナとして! でも、あいつは夜になると激しくなるんだよな……私の弱い所ばかり責めたりして」

「おい」

「誰にも見せた事のない表情をあいつに見せて、昂って興奮して、私はとても気持ちよかった! でも、いつの日か求めなくなったんだよな……あの時は寂しかったよな、その時は勇者としても力が弱くなったりして……あいつは疲れていたのかな?」

「おぃ!!」


 その瞬間。自分の理性は完全に吹き飛ぶ。

 俺は用意していたナイフをニーナに突き刺す。

 声を張り上げて俺は耐えきれなかった。

 これだけ細かく言わなくてもいいだろう。

 もう、情報とかどうでもよかった。

 今は目の前にいるこのクソ女をぶっ殺したい。

 それだけ叶えば充分だった。

 肩の部分をナイフで手加減はしないで何度も刺す。


「くそがぁぁぁぁ!!」


 ニーナの返り血が俺の顔に降りかかる。

 しばらくして肩から腕に零れ落ちる赤い液体。

 軽く息切れを起こしながら、激昂する自分の感情をニーナにぶつける。


「てめぇとあの男の情事なんて聞きたくねえんだよ……いい加減にしろよ」

「つぁ! だって、話せって言ったのは……お前らじゃないか?」

「いいからお前は知ってる事を全部話せばいいんだよ! このクソ女がぁ!」


 血管が浮き出て俺の怒りは最高潮となる。

 いや、俺は何でこれを聞かないといけないんだ。

 しかも関係のない奴らもいるのに。情け無くなってくる。俺の声がこのドワーフの森に響く。

 とにかくこいつを殺すのは確定事項だ。

 誰が何を言おうと殺す。もう今度はフローレンに蘇生させられないように。

 無茶苦茶にしてやりたいなぁ……。


「ふぅ……気になる事が一つあったんですけどいいですか?」


 再びエドワードが溜息をつきながら。俺とは違って、とても冷静に対応する。何か気が付いた箇所があるのか? 頭の中は憎悪で支配されており、俺は大事な会話を見逃していた。助かった……でも、今の部分の中で何かあるのか? 俺が聞く限り、耳を塞ぎたくなるような内容。でも、エドワードは違った。こいつの顔は鋭く何か先を見据えているような。そんな瞳でニーナを見つめている。


「【いつの日か求めなくなったんだよな……あの時は寂しかったよな、その時は勇者としても力が弱くなったりして】この部分……俺はとても引っかかります」

「あーそれ! 確かに! その時の勇者の状況ってどうだったの?」


 エドワードの指摘にパティも便乗する。

 ……迂闊だった。俺は怒りのあまり気が付かなかった。確かにそれは怪しい。疲れた、にしてもそれは力としては曖昧過ぎる。もしかすると、あの勇者を倒す最大のヒントになるかも。

 そして、エドワードは言葉を続ける。


「貴方が最初に俺達に言ったのは、【情報を撹乱】する為……勇者との情事の話はロークを怒らせて、場を混乱させる……そう考えたら上手いですね? 普通の人だったら見逃してます」

「あー……だから、全く意味のない勇者の話をしたのね? マガトの証を解除して素直になったと思ったら、まだ助かる保証があると本気でそう感じてるの?」


 エドワードのその分析はさらにニーナの顔を歪ませる。そして、パティは会釈を浮かべていたが、ニーナの気持ちを察して冷たいものとなっている。

 こいつ……俺は利用されたのか? そう考えたら余計に……。客観的に話が理解が出来るのは他人だ。

 エドワードもパティも本質は復讐が目的ではない。

 だから、ニーナをさらに追い込む事が出来た。


 最も、俺がニーナに刺したナイフが効いてるかもな。こいつは口を滑らしてしまった。エドワードが指摘した部分は言わなくてよかった。でも、その激痛と大量に流れ出る血によって、お前の想いは砕け散った。


 そして、ニーナは口から涎を垂らしながら既に正常な判断は無くなっている。

 誰が見てもそう見えるが、ここで終わらせねえよ。

 俺はパティに軽く治療してくれと頼む。

 平常心を取り戻す所までは回復してやる。

 でも、話せるぐらいに回復をしたら。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!」

「おら……話せよ? 大好きな勇者様の事なら何でも知ってんだろ? 俺と違って満足させてくれる男なんだろ? だったら、汚ねぇ涎を見せつけてないではやく教えろ!」


 俺はナイフでニーナを滅多刺しにする。

 地獄のような光景だろうな。

 ニーナの悲鳴と呻き声。あちこちから血の飛沫が俺に飛ぶ。もう、止められない。

 歯軋りしながら俺はナイフを刺すのを止めない。

 見ている二人は何を思っているだろうな?

 きっと悪魔だと。そう感じているだろう。

 だけど、止めてこない。理由は分からないが、必要な行為だと。多分、これは仕方がなかった。

 そうやって、自分達の行いを正当化しないとやってられない。



「はぁ……こんなにやっても話さないのかよ?」

「あぐぅ、ぐはぁ、ひぃ」

「いやぁ……流石に私も疲れてきた」


 どれぐらいこの時間が続いたのだろう。

 結局、ニーナは話さなかった。

 やれるだけの痛みを与えたつもりだが、ニーナは屈しなかった。いや、正確には【知らなかった】と俺は思っている。その勇者の傾向はニーナが気付いただけの可能性がある。そして、俺達に話してしまった。だとすると、この血は俺の憂さ晴らしの為だけに流れた。でも、勇者にも何か弱点がある。

 それだけ分かっただけでも大きな収穫だ。


 そして、パティの体力も魔力も限界に近付く。

 先程よりも吐息が漏れており、ニーナを治しながらの荒技も出来なくなっていった。


「ローク、この人は何も知らないと思う……知ってたら、もっとはやく自白してた、俺はそう思う」

「あぁ、じゃあ……後は殺すだけだ」


 俺はナイフから剣に持ち替える。

 サタン火山で殺した時より、それはまるで拷問のようにニーナを痛ぶっていた。

 エドワードはもうニーナから引き出せる情報はない。だから、後は好きにしろ。パティも何も言わないが、無表情のままこの場で立っているだけだった。


「あぎゃ、ぐぎゃ、ろぁ……く」


 安心しろ。今楽にしてやる。

 今度はもう別の力でこの世に戻って来られないように。俺は剣を振り下ろす。この瞬間が一番力が強くなった。振り下ろした剣はニーナの頭から真下に斬る。その体は真っ二つになり、自分でもこんな芸当が出来るとは思ってなかった。


 とてつもない量の血が俺に降り注ぐ。

 まるで、それは血の雨のようだった。

 それからあまり覚えていない。肉片がその辺に転がり、人間の中身も俺は剣で斬って、踏み潰した。


 同じ人間なのにこんな事が出来てしまう。

 俺は笑っていた。笑いが止まらなかった。

 この森の中で大きな声は出さなかったが、含み笑いをしていた。


「ローク……」

「うわぁ……」


 他の二人はドン引きしていただろう。

 でも、否定はしていない。と、思う。

 こうして、ニーナは完全に肉片ごと消滅させた。

 これでこいつはもう大丈夫だ。


 もう、次にサーニャと会った時は俺は同じ事をするのか? 

 いや、しなければいけない。

 あいつはもう俺からしてみれば敵なのだから。


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