第28話 炎の剣士の苦悩と逃げ道


 私は、街に戻った後。街の人に今までの事を話した。

 信じて貰えると思っていた。勇気を出して怪我とかも見せた。


「よかったなぁ! 無事で!」

「サーニャちゃん! 助かってて本当によかったよ」

「あ、いや……その聞いてくれよ! 私は、勇者の側近のニーナさんに襲われたんだ!そして、王国の戦士も……」


 主張する。うぅ、こんな時に頭がよければ、言葉で説明が出来る。

 だけど、こういう場は証拠として見せた方がいい。

 私は持って来たニーナさんの剣を差し出す。

 けど、これでは甘いと思う。もっと決定的な……。


「おいおい、サーニャ! 冗談はよしてくれよ……」

「そ、そうよ! 勇者様に選ばれた方がそんなはずはないわ」

「幾ら、サーニャちゃんでもこれは信用出来ないな」

「その、剣だって借りてきただけじゃないか? た、頼むぜ!」


 ち、違う! 本当なんだ! でも、どれだけ言っても。どれだけ、有益な証拠を出そうと。この人達は信じてくれない。

 街の人達の優しさが、嘘に思えてしまう。いや、穏やかなのは嬉しいんだけど。

 いやいや、そういう事じゃない。私が、みんなに伝えたいのは……。


「だから! あの人は! 勇者は!」

「違うって言ったら違うんだよ!」

「あまり、勇者様の悪口は言わないで頂戴」

「あぁ、これ以上言うんだったら……この街から出て行って貰うぞ?」


 どうしてだよぉ。急に険悪な雰囲気となる。

 さっきまであれだけ心配されていたのに。

 私は、これ以上は何も言えなかった。

 な、何なんだよ。何で信じて貰えないんだよ。

 思わず背を向けて走り出してしまう。背後から呼び声が聞こえてくる。

 けど、私は無視して走り続ける。胸が痛い。

 あぁぁぁ! 畜生。どうしようもなく、私は泣いてしまう。


 涙を拭きながら、私はギルド協会の前まで来てしまう。

 何故、こんな場所に来たのだろう。

 ……どうしようもない。誰も、助けてくれない。

 ううん、違う。誰かに助けて貰える。それが大きな間違いだった。


 ローク……どうすればいいんだ。


「あっれー! サーニャじゃん! おひさー」


 や、やばい! 泣き止まないと。

 私は、その女の人の声に反応する。

 そこにいたのは、ギルド協会の受付であるソルトさんだった。

 こんな顔を見られる訳にはいかない。

 平穏を装って、私はソルトさんを見る。


「ソルト……」

「しばらく帰って来ないから心配したよ! それで……何かあった?」

「ど、どうして?」

「ふふ、サーニャとは結構な付き合いでしょ? まぁ、年齢は私の方が上だけど!」


 そう言えば、私がこの街に来てから色々とお世話になった。

 冒険者としての心得。魔物の倒し方。人として大切な事。

 右も左も分からない私をサポートしてくれた。

 一人前の冒険者になる為に。私はこの人に習ったつもりだった。

 けど、それも……無駄だったのかもしれない。


 ソルトは私の表情を察したと思う。

 自分でも気が付かない小さな変化。

 それを、年上の女性のソルトに勘付かれた。

 うぅ、駄目だ。はは、甘いな。

 私とソルトは場所を移動する。ギルド協会じゃなくて、誰にも見つからない場所。


「いやぁ! ここなら誰も来ないし本音で話せるね!」

「……ソルト」

「それで、何があった……」


 ――――パシっ! 私の方に伸びた手。それを思わず拒絶してしまう。

 あ、いや、私はどうしたんだろうな。

 いつもはこんな感情を抱いたことないのに。怖い。信用が出来ない。

 トラウマが私を襲う。ニーナさんにやられたこと。

 王国の戦士に女を奪われそうになった。暴力を行使されて、ロークを殺そうとした。

 そして、ロークは一人で戦う事を決意した。


 体の震えが止まらない。も、もし、私が原因だとしたら。

 両手で頭を持ちながら。私は、手を痛めているソルトに必死に謝る。


「ごめん、ごめんなさい! ご、ごめん、本当に!」

「……ふぅ、大丈夫よ」

「あ、あっ! ソルト……」

「落ち着いて! ゆっくり……ゆっくりでいいから私に話してくれる?」


 セルラルの街の空き地。風がすぅーと吹いている。

 私は、ソルトの何気ない優しさに。涙腺が緩む。


「うわわわわわん! ソルト……」

「はいはい……大丈夫、それで本当にどうしたのよ?」


 私は強くない。ロークのように突き進むことは出来ない。

 中途半端だ。だけど、今の状態は悪いと思う。

 このままでは、この街もロークもみんなも……。


 ソルトの胸の中で泣いた後。落ち着きを取り戻す。

 私は、正直に全てを話す。

 これで信じて貰えるかは分からない。

 でも、誰かに伝える事。これで状況が変化する。ということも有り得るかも。

 精一杯に、私がこの現状で出来る事に最善を尽くす。


 そして、全てを話し終えた時。


「やっぱり、そうだと思ったわ」

「え? やっぱりって……もしかして、何かあったの! 決定的な……」

「ううん、何となく!」


 何となく。ソルトはそう言った。う、うーん? それじゃあ駄目なんじゃないか?

 ポカーンとしながら、私はソルトにもう一度聞く。

 本当に何かないのか? 何もないのか。でも、ソルトは首を横に振る。


「決定的な証拠とかさ、何もないんだけど……勘かな?」

「そ、そんなの」

「うん、無責任な事を言っているかもしれない……私もそのニーナって人は見たけど、特に何も感じなかった、でも……何か、良い人そうじゃなかったかな?」

「……本当に勘なんだな」

「そうだね、だけど私はサーニャの話を信じるよ! だって、私はサーニャの事が好きだしね!」


 確証もなければ証拠もない。ソルトが言っているのはただの勘。

 だけど、今の私に最後の言葉。

【サーニャの事が好き】という。それは体全体に染みた。

 ずっと立派な冒険者になると。頑張って修行をしてきた。

 期待された炎の剣士として、私は今日まで依頼をこなしてきた。


 ――いつか、王国に招待されて、パパやママや街の人に恩返しするつもりだった。

 でも、それが間違いだとしたら。本当に正解なのか。私には分からねえよ。

 なぁ、教えてくれよ。ロークお前なら……どうする? 聞くまでもねえか。

 お前は、迷わず倒し続けるだろうな。


 じゃあ私の答えはどうする?


「好きって、それだけなのか?」

「そうね……多分ね、街の人達は勇者に逆らいたくない、あるいは逆らえないのよ! 考えてみて? 勇者の考えに賛同が出来なくても、そこに付いて行く方が楽に決まっているもの」

「でも、それじゃあ……それで苦しんでいる奴らはどうすんだよ!」

「私達が幸せな理由を考えたことがある? 平和も豊かな生活も全部……王国の奴隷でまかなわれているのよ? だから、みんなそうならないように必死に生きてるの! 私が、冒険者の受付になったのも、ある意味……逃げ道を確保するためかもね」


 乾いた笑いで答えるソルト。

 随分と本音で語るな。付き合いの中でこんなに自分を曝け出している。

 こんなソルトは初めて見る。でも、逃げ道かぁ。はは、確かにそうかもな。

 ソルトが話すには。冒険者にはなれなかった。いや、なりたくなかった。

 適正はあった。能力も多分平凡より上ぐらいはあったと思う。


 けど、本人は怖くて逃げた。元々、好戦的な性格ではない。

 保守的で、現状維持を望むソルト。

 だから、手頃で自分の特性を生かせる受付。これなら、ある程度の稼ぎも保証がされる。いい感じじゃねえかよ。私はソルトの話を感心して聞いていた。


「ただの腰抜けよ」

「はぁ? なんでだよ! ソルトの選んだ道だろーが! 私より立派に……やっているんじゃねえのか?」

「ううん、違うの、それは大きな間違いよ」

「分かんねえな……」

「そうね、私も分かんない」


 いつの間にか、私がソルトの相談を受けてんじゃねえかよ。

 話が変な方向に向かっているな。

 しかし、気持ちは少しだけど落ち着いた。何気ない会話。

 やっぱり平和な日常はいい。だからこそ、あの時受けた傷は……中々癒えない。そうか、ロークは……。


「分かんないけど、結局さ、最後に決めるのは【信頼】してる方だと思うの」

「信頼……」

「それは、助けて貰ったり、危険な時に助けて貰ったり……場合は色々とあるけど、決めては自分にとって大切かどうかじゃないかな?」

「う、うーん?」

「そうね……私はサーニャを信じてる! だから、今回の話も信用してあげる! だって、もう一度言うけどサーニャの事が好きだから」


 信頼、これがソルトの決め手。

 打算的な性格のソルトだけど。なるほどなぁ。あまり難しい事は分からないけどなぁ。だけど、信頼とか好きとかよく分かんねえけど。

 凄い落ち着く。心が癒される。私の胸はとても満たされる。


「さてと、それじゃあ……私は、やる事が出来たし、しばらく会えないかも」

「え、えぇ? どうしたんだ?」

「仕事が出来たのよ! サーニャ、その信頼の証っていうやつを見せてあげる! じゃねー」

「お、おい! どうしたんだよ、あいつ」


 ソルトは私にそう言い捨てて消えて行った。

 仕事? また大きな依頼が入ったのか? うーん、分からん。

 でも、どうせすぐに戻って来るだろう。

 信頼の証か……にししし、ありがとなソルト。少しだけど元気が出たぜ。

 そうと決まれば、私もやる事が出来た。ロークに会いたい。それで、当たって砕けろだ。私にはそれしかないぜ。


 覚悟と決意を込めて。私は、ロークにもう一度会う事を決めた。


 しかし、それを決めた直後。私は、自分の意志とは関係なく。


 ロークと再会する事になる。それに戦闘中に。

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