1-5 鈍感
「わかんないかな? わかんないかもなあ」
ドヤ顔で言うアレクシア、仲間に加わってすぐの頃なら間違いなくイラッとしたろうが、情を交わした今では可愛く思える。
「まず、魔王を倒したとなればパーティ全員の大手柄でしょ? 当然、イアンだってそれなりの地位につける」
「お前らはもっと偉くなるだろうに」
「そうなったらなったで、あたしたちの言うことを無碍にできないじゃない」
そう、上手くいくかなあ。魔王を討伐した勇者なんて、権力闘争の道具としちゃ絶好の肩書きだ。今でさえ様々な勢力が彼女を取り込もうとしているし、その中にはこの国や他国の王族も混じっている。
「それだけじゃないわ。魔王を倒せれば、あんたにも勇者の称号がつくかもしれない」
「ありえるのか、そんなこと」
「ひいひい爺さんは、そうだったらしいわよ」
初代勇者か。百年ほど前に異世界から召喚され、仲間とともに当時の魔王を倒した者。異世界の様々な知識や技術や文化を伝え、この世界の有り様さえ変えた男。あと仲間の女性陣にエロい格好をさせて、この世界の女性冒険者の標準装備を歪めた野郎。
その功績を称えて爵位を与えられたが、国の中枢とは距離を置き、様々な種族の美女に囲まれて余生を過ごしたという。数多くの子や孫を残したが、
「あたしが勇者の称号を得たのは聖剣を手に入れたときだけど、ひいひい爺さんは『
初代勇者の孫の言となれば、信憑性は高いな。紫煌帝というのは先代の魔王で、隣の大陸を支配し海を渡って人類に戦争を仕掛けてきた張本人だ。アレクシアの高祖父によって討伐されたが、魔王軍自体は全滅に至らず、今代の魔王が誕生したことで再び勢力を盛り返している。
そもそも称号とは、勝手に名乗ったり権力者の恣意で与えられるものではなく、偉業を成した者が天から授かるものだ。『聖女』や『大賢者』のように、組織の認定を受けた結果として授かる場合もあるが、ふさわしくない人間が選ばれたとしても称号を得ることはない。
逆に言えば、相応の行いが成されれば、誰に選ばれずとも称号を授かることもあるのだという。そこで、はたと気づいてしまった。
「待てよ。聖女の称号の条件は、清らかな乙女であることだったような……」
「大丈夫ですよ」
思わず口にした言葉を、にこっと笑ってマルグリットが否定する。いや、なにが大丈夫なのかわからんぞ。
「大丈夫ですよ」
重ねて否定された。それ以上は聞くな、という無言の圧力を感じる。
「ま、まあいいか。本題はそこじゃないしな」
「そうですね」
即答するなよ、なんか怖いぞ。
ともかく、魔王を倒せば俺にも勇者の称号が与えられる可能性がある、と。さすがに現役の勇者であるアレクシアのお供で、そんな恩恵にあずかれるとは思えないが、頭の片隅には置いておこう。
「地位と称号以外にも魔王を倒すべき理由はあるよ、イアン。君も知ってのとおり、魔王は今、
「ああ、マルグリットのお袋さんの出身地だったっけ」
「そうですっ。いと高き生命樹の一枝、白楊茂る常盤の春の園です!」
先ほどの不思議な迫力と打って変わって華やいだ、幼いはしゃぎ声を聖女が上げる。
「リットの母君から聞いたところによると、かの園には不老長生をもたらす霊泉が湧くという。精族の不変性の出処らしいが、今は魔王の力の源となっているようだね」
なんかおとぎ話で聞いたことあるな、妖精の国には生命樹を育てる泉があって、その水を飲むと若返るとか死者が生き返るとか。あれ本当の話なのか、魔王に精族の聖地が封印されたってとこまでは聞いていたけど、そんな秘密があったとはなあ。
権力者どもに知られたら厄介なことになりそうだ、ここだけの話にしておかないと。マルグリットのお袋さん、そんな重大な秘密をよく話してくれたな。
「愛娘の純愛をかなえるためだからね、喜んで教えてくれたよ」
「ちょっと、キャロ! それは内緒だって、言ったじゃないですか!」
んん? どういうことだ?
「わかんない? あんたを長生きさせて、ずっと一緒にいたいって言ったのよ」
「アレクまで! なんでぜんぶ言っちゃうんですかっ!」
思わず、といった体で椅子を蹴って立ち上がり、アレクシアをぽかぽか殴り出すマルグリット。勇者は平気そうな顔で笑っているが、微妙に腰砕けになっている。魔王軍四天王と互角に渡り合える猛者の体幹を揺さぶるとは、どんだけ力を込めているんだ。
それにしても、仲間たちでマルグリットの母親を訪ねたのって、ミーラン攻略戦の前だったよな。魔物の群れを弱体化させる広域結界を張るために、精族に伝わる秘儀を教わりにいったんだ。
かれこれ一年近く前のことだけど、その頃から彼女は、俺のことを想ってくれていたのか。
「なんか、悪いな。鈍感でよ」
「そうですよ。反省してください」
翠の目を細めて、いたずらっぽく笑うマルグリット。いつも控えめで穏やかな彼女が見せた茶目っけのある表情に、俺は不覚にも思春期の小僧のような胸の高鳴りを覚えた。
それはそうとアレクシアの体がだんだん傾いてきてるから、見た目より遙かに一撃一撃が重そうなぽかぽか攻撃は、そろそろやめてやれ。キャロラインも、カップで頬を隠して笑いをこらえてんじゃねえよ。
* * *
ともかく、これまでと同様に魔王を倒すために一致団結して頑張ろう、という当たり障りのない結論が出た。とはいえ昨日の今日ですぐに動き出す気も起きず、ゆったりと朝食を平らげた俺たちは、今日一日のんびり過ごそうと決める。
貴族連中から何件かお茶会などのお誘いがきているが、気疲れするから全て断った。旅を始めた当初は資金援助と引き換えに自分に仕えるよう要求したり、見目麗しい彼女らで下卑た欲求をかなえようと近づく者もいたが、そういう連中はあらかた排除済みだ。
他にもいくつか冒険者ギルドづてに依頼が入っているけれど、ほとんどは俺の裁量で判断していいものなので、勝手に処理しておく。女連中がベッドでまったりしているのを後目に、俺は束になった依頼書をめくっていった。
アレクシアに近衛騎士団から訓練参加の要請、却下。あいつの剣技は冒険者流だし実力が違い過ぎる、近衛騎士団のプライドを根こそぎへし折りたいとかじゃないなら、やめておいた方がいい。
マルグリットに孤児院への慰問のお願い、却下。箱入りで人見知りのあいつがガキに囲まれて平常心を保てるはずがない、だいいち依頼者が現教皇の対抗派閥の司教じゃねーか、勢力争いに利用する気満々だろコレ。
キャロラインに王立学院の魔術師から研究発表会の招待、却下。この研究は知ってるが古典魔術の再現と効率化が主で、あいつの興味を引く内容じゃない、おおかた自分の発表に箔をつけたいんだろうが、大賢者に来てほしけりゃ彼女の師匠並の有識者を連れてこい。
どいつもこいつも、あいつらを利用することばっか考えやがって。四天王の一人を倒したことで、それが悪化したな。
あとは、仕官の申し込みか。そのへんの冒険者や半端な腕自慢は門前払いされているので、手元に届いているのは選りすぐりの連中や大貴族の推薦つきだ。
七ツ星の冒険者に、精鋭揃いで知られるクライス騎士団の副団長、リフトヴァリ解放戦線の英雄……げ、辺境伯の推薦状、赤銅竜をソロで狩ったっていうサムライマスターじゃねえか。
それにしても見事に前衛職ばっかだな、俺の後釜が務まる支援職を希望してたんだが、ひょっとしてキャロラインあたりが手を回して断ったのかな。
後は新聞社からの取材に他国の大使の表敬訪問、魔道具の売り込みや寄付の申し入れ。このあたりは王宮でさばいてくれるんじゃなかったか? 取りこぼしが冒険者ギルドに舞い込んだのかもな。残った依頼は……これ、依頼じゃないな。
「どうしたの、イアン。しかめっ面して」
ベッドの上からかかったアレクシアの質問に、依頼書に紛れていた手紙を振って見せる。
「ボニージャさんから呼び出しだ。収支の報告をしてくるよ」
勇者の実家の御用商人であるボニージャは、彼女らが旅に出たときからの馴染みだ。顔が広いので色々頼っているが当然、相応の対価も要求される。今回“黒烈”のブーゲンを攻略するにあたり、後払いで彼から卸してもらった物資が大量にあった。
向こうも慈善事業じゃないんだ、きっちり話を通しておかないとな。
「そういうことなら、あたしたちも行くわ!」
「ああ、例の話をしにいくのか。じゃあ、皆で行こうか」
「すぐに支度しますので、イアンさん、下でお待ちになってください」
例の話ってなんだ? という疑問を差し挟む間もなく、少女たちは着替えを始めてしまったので、慌てて部屋を出る。もう誘惑作戦はいいっつーの。
というかお前ら、一周まわって、俺の視線が気にならなくなってないか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます