11-7 面倒


 集落に潜んでいた魔物を駆逐し、捕虜たちを解放したたちは、改めて“黄奪おうだつ”のジョタを拘束し取り囲んでいた。


 屋内ということで皆さすがに、いつもの装備に着替えている。

 地味に眼福だったから、もったいない気持ちもなくはないけど、“黄奪”を喜ばせる義理はないし。


 そのジョタはといえば、先ほどリットの起こした奇跡の余波なのか、体に埋め込まれた魔石が全て消え去っている。

 肌や目も普通の侏族ドゥリンと同様で、禿頭と鯰髭が悲しいほど似合っておらず、子供が仮装しているようにしか見えなかった。


「ひょっ、ひょっ。なんでもお話しいたしますゆえ、命ばかりはお助けを」


 後ろ手に縛られ跪かされたまま、床に這いつくばって、卑屈な笑みを浮かべる顔だけ持ち上げてきた。

 へりくだっているというより、スカートの中を覗かれているような気分で気持ち悪いから、上半身を起こすよう命じる。


「なんでも、ね。ここにいたのは実験のためって言ってたけど、本当にそれだけ?」

「ええ、そうですとも。勇者様がたの進行方向を考えれば、このあたりが手薄と判断しましたゆえ」


 アレクの問いに、素直に応じる“黄奪”。

 虚偽を言っているようには見えないけれど、侏族って、いたいけな顔で平然と嘘をつくからなあ。


 それでもたしかに、国境封鎖がなければミーランから魔王軍の本拠地までは、北西方向に一直線だ。

 海路を用いるためレイブーダ王国に向かうことはあっても、このあたりに来ることはないか。


 そもそもここへ来るきっかけになった情報だって、砂漠の端の街でようやく噂が立ち始めた程度だ。

 ボクたちが砂漠越えを選んで、なおかつ周辺国の困り事にまで首を突っ込むだなんて、魔王軍からしたら想定外もいいところなんだろう。


 残念だったね、今のボクたちは言ってしまえば、気の向くままウロウロしているだけなのさ。


「それじゃあ、“褐削かっさく”がラングポートの砂漠にいた理由はなんですか?」

「アレは食えば食うほど体を大きくできる能力の持ち主でしてな、下手に土地の豊かな場所に留めておくと、なにもかも食い尽くしてしまうのですよ。それで、どうせなら砂虫を狩り尽くさせて、砂漠からの再侵攻に役立てようかという次第で……」


 リットに聞かれてぺらぺらと答えるうち、ジョタは顔色を悪くした。


「まさか、砂漠でヤツに遭遇されたのですか? しかも、皆様ご健在ということは」

「そのまさかだよ。あいつは、ボクらが討伐した」

「今のアレは、魔王様以外では御しきれぬほどでしたのに……!」


 まあ、あれだけ大きいとねえ。ボクからすれば〈隕星メテオストライク〉のいい的だったけれど、魔王軍の面々では、あの巨体に対抗するのも一苦労だろう。

 そうなると彼らは弱肉強食が倣いだし、言うことを聞かせられなかったのかな。


 他の連中はどうしているのか尋ねてみたら、魔王の側仕えである“緑道ろくどう”と“灰滅かいめつ”を除いた十二天将は、各方面軍を指揮しているとのこと。


「ただ、ザックスのやつめが空軍の指揮を放り出し、あなた方の従者を探し回っておりまして。頭の痛い話でした」


 ああ、それで魔王軍の侵攻にいまいち統率が取れていないのか。

 連絡に輸送に奇襲にと、やつの指揮下の魔物は大活躍だったものね。


 あの闇翅鳥グルルが侵攻の要だったとするなら、その執着を一手に引きつけたカレの功績は大きいね。

 カレ自身は別に、そんな意図を持ってはいなかったと思うけど。


 ともかく“銀詠ぎんえい”は中央、“紫骸しがい”は北、そして本来であれば目の前の“黄奪”が南の方面軍を率いるのだという。


「じゃあ、なんでここにいたのよ?」

「我輩の本分は研究者でして、戦力補充のため歪鬼バグベアの開発を優先しておりました」


 なんとも、自由なことで。

 まあ元から敵の指揮系統って割と雑で、きちっと軍勢を率いてたのは、“黒烈こくれつ”くらいだったけどさ。


 最初に魔王軍が攻めて来たときから一貫して、連中は大量の魔物を率いる少数の魔族マステマ、という集団単位で行動してきた。

 俗に『魔団レギオン』と呼ばれ、作戦の規模によって魔団が複数集まることはあっても、統率された軍組織という感じじゃあない。


 そういう意味では、冒険者のパーティに近いかな。

 各地の侵略にしても、複数の魔団が競い合っているという話はよく聞くし、連中にとっては人間なんて点取りゲームのチップに過ぎないんだろう。


 そうして魔王軍の支配下に置かれた地域では、住人は奴隷として物資の生産に従事させられ、兵士として有望そうな者は新大陸に送られているらしい。


「とはいえ並みの人間ではあまり使い物になりませぬゆえ、我輩が新機軸の技術をもってして、戦力増強を計ろうと試みたのですが……ソーマ殿に、反対されましてな。いやはや、どうにも頭の固いことで」


 魔王軍の中でもさすがに人体改造は嫌悪感を示す者が多く、特に“緑道”が強硬に反対したため、計画は頓挫したらしい。

 殺したり奴隷にするのは良くて人体実験や改造は駄目、ってのは単なる偽善じゃないかと、ボクなんかは思うんだけれど……ま、考え方は人それぞれだ。


 ともあれ“黄奪”が最前線を離れて、こんなところでこっそり研究を続けていた理由はわかった。

 魔王の側仕えだって話だし、同じ十二天将でも“緑道”の方が格上なのかな。


 そう言えばカレから聞いた話によると、彼女は魔王になにか含むものがある様子だったらしい。

 魔王や十二天将も一枚岩ではないってことか、まあ人間でも魔族でも、組織なんてそんなものだろうけど。


 まったく、面倒くさいことだね。


 * * *


 大体ボクは基本的に、面倒なことはしない主義なんだ。


 その最たるものが人間関係ってやつで、世の中の人間は、余計なしがらみを抱えすぎだと思う。

 地位だの年齢だの性別だの、好き嫌いだの組織への貢献だの誠意のあるなしだの、どうでもいいことにこだわり理性的な振る舞いができていない。


 幼い頃から魔術とその理論にしか興味がなかったボクは、当然のように魔術師ギルドに籍を置くようになったけれど、そこでも窮屈な人間関係を押しつけられた。

 ネスケンス師匠と出会うまで、くだらない雑事にどれだけ貴重な時間を浪費させられたことか。


 ボクはキミたちに関心がないんだから、キミたちもボクにかまわないでくれ。


 こんな単純なことさえ理解しようとしない馬鹿どもが、いかにもな訳知り顔で『平凡な人生の素晴らしさ』とやらを説いてくるわけだが、興味の方向が違うという事実を理解しようとさえしない。

 師匠でさえ、色恋も経験しておくべきだ、などと愚かなことを言う始末だ。


 そういう意味ではアレクとリットに出会えたのは、幸運だった。

 蓄えた知識と考えた理論を試すにも、施設や実験場では物足りない。戦いの場こそが、なによりの実践の機会だった。


 二人について行けば思う存分、魔術を振るうことができる。燃焼・凍結・破壊・創造・変異・殺生。

 魔物相手ならなにをやっても許されるし、魔物を殺せば魔力の総量が上がって、更に多くの魔術を使えるようになる。


 あの頃のボクは泰然とした外面を取り繕いながら、静かに狂っていたように思う。

 あのまま自分の興味に任せ続けていたら、自身を高める糧として屍の山を築き、最後には……それこそ、魔王にでも成り果てたかもしれない。


 そんなボクを立ち止まらせてくれたのは、アレクやリット、そしてカレだった。


 アレクの素直な信頼やリットの素朴な尊敬は嬉しかったし、頼られるだけでなく頼ることのできる関係性は、悪くない。

 あるいは過去に愚かと断じた者たちも、ともに死線を潜り抜けていれば、違って見えたのかな。


 特にカレは、ボクが切り捨てたはずのもの全てを抱え、必死でそれを守っているかのようだった。

 円滑な人間関係、健康で快適な生活、経済的な安定。そうした『雑事』が研究を捗らせ、実践を不備なく行うために不可欠だったんだ。


 こんな当然のことに気づかないなんて、愚かだったのは過去のボクの方だろう。

 だけどカレはその労苦を当然のように全て背負って、さして価値がないことのように言う。それは冒険者としての常識かもしれないけれど、ボクはそうは思わないね。


 なにせこのボクが、価値を認めているんだから。

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