4-7 堂々


 ひととおりの検証が終わり解放されたのは、夜も明けようかという頃であった。

 ここからはネスケンス師だけでも研究を続けられそうとのことで、俺たちは魔術師ギルドを後にする。


 御者はさすがに帰してしまっているため、馬車を操るのは俺だ。

 熟睡していたところを起こされた馬たちには悪いが、『角持つ黒馬亭』までの短い道のりだけだ、勘弁してほしい。


 前照用ランプの明かりに浮かび上がる石畳の道を、慎重に進めていく。

 日が昇り空が白む頃まで魔学舎アカデミーにいようかとも思ったが、今日中に街を発つ予定なのだ、少しでも少女たちを休ませてあげたい。


 着替えをさせて布団に放り込んで、入浴は起床後でもいいか。今日の夕方までに次の街を目指すとなると、勇者家の特製馬車でも昼過ぎには出立しないと厳しい。

 道なき道を驀進するのではないから、魔法生物に牽かせるにも、ひと工夫いるしな。


 俺も小一時間くらいは仮眠するか、あるいは道中の御者を雇って、馬車で寝てもいいかもしれない。王都を出たとしても、クラハトゥ王国の中はまだ安全だろう。


 あくびを噛み殺しながら旅程について思案していた俺だが、ランプの光の外に人の姿を察知し、慌てて手綱を引いた。

 不満げないななきを上げつつも、二頭の馬は速度を緩める。


 大通りからは外れたこの道を、こんな時間に人が歩いているとは思わなかった。

 調子に乗って店が閉まった後でも飲んだくれていた酔っぱらいか、早朝の仕事へ向かおうとする勤勉な労働者か。


 だがどうやら前方にたたずむのは、そんな善良な一般市民ではなかったようだ。

 こちらが速度を落とすのと逆に、一気にランプの照らす範囲に飛び込んでくる。同時に左右の建物の影で高まる、不穏な気配。


「──リットっ! 全周障壁! 強度は中!」


 背にした窓を殴りつけ、大声で怒鳴る。正面から突っ込んでくる人影に対処すべく、俺が御者席で立ち上がって腰に帯びた短剣を抜くのと、ほぼ同時に。

 左右から一抱えはありそうな炎の塊が、馬車めがけて飛来した。


 * * *


 マルグリットは〈精霊転化スピリチュアライズ〉を使ったのだろう、まばゆい光が半球状に展開され、足を止めた馬たちも含め馬車の周囲を覆う。

 おそらく〈火球ファイアボール〉と思われる炎の玉は、光に防がれ呆気なく弾けた。


 俺はといえば、間一髪で光の内側に滑り込んできた、正面の相手を迎え撃っている。マントとフードで全身を覆っている上、中身も艶消しした樽型兜バレルヘルムと全身鎧だ、大柄な体格くらいしか正体は伺い知れない。

 重装の男マンアットアームズは両手で大剣を構えると、真っ向から切りかかってきた。正直、馬を狙われなかったのでほっとする。


 その剣撃は速いことは速いが、人知を超えた“白撃”の爪に比べれば、兎の疾駆と亀の散歩くらい差がある。俺はその場で跳躍して、剣の旋回範囲から逃れつつ相手の背後に着地した。

 がつっ、と御者席に剣先が食い込む音がする。いけねえ、あれ借り物なんだった。


 蹴りで無力化──だめだ、氷河の足鎧サバトンが発動したら殺しかねない。魔族なら遠慮する必要はないんだが、鎧の中身が人間だった場合、後が面倒だ。

 とはいえぐずぐずしていると、こいつが気を変えて馬に危害を加える可能性がある。


 まあいい、ようは殺さなきゃいいんだよな、多少の怪我は聖女様に治してもらえ。

 俺は振り向きざま、突き出すような蹴りで相手の右肩を打った。大小鬼ホブゴブリンの首をねじ折った一撃は、相手の肩当てをへし曲げ、そのまま不自然な形に固まらせる。


「ぐぬっ!?」


 野太い唸り声、肩口から凍らされりゃ剣使いとしては死に体だろう……と思ったんだが、重装の男は気合いを発すると、半身で振り返り左腕一本で大剣を御者席から引っこ抜いた。げっ、本気か。

 そのまま弧を描くように縦切りが襲いかかってきたので、慌てて後退し距離を取る。馬車にへばりつかれたままじゃ鬱陶しいな、なんとか誘い出さないと。


 この一瞬の攻防の間に、馬車の中でも動きがあったようだ。開かれた左右の窓から、連続してきらめきが放たれる。

 詠唱までは聞こえなかったが、キャロラインの〈氷弾アイスブリッド〉だな。誘導性能では〈火矢ファイヤアロー〉に劣るが、速射性に勝るし周囲の家屋を燃やす心配もない。


「ぐぅっ!」

「きゃあっ!」


 使い魔の目を通じて狙ったのだろう、左右の物陰からくぐもった悲鳴が聞こえた。ふむ、声の感じからして片方は女か。


「ぎゃあっっ!」

「う、打て──がはぁっ!」

「馬鹿な、ぐぇえっ!」


 そして馬車の後方からも悲鳴と狼狽の声が複数、聞こえてくる。

 後方から迫ってきていた襲撃者に、馬車から飛び出したアレクシアが襲いかかったんだな。殺してないといいが。


「大人しく降参してくれりゃこれ以上、痛い目を見ずに済むぜ?」

「ほざくな、支援職ごときがっ!」


 一応は忠告してやったが、無駄のようだった。重装の男は痛むはずの右腕も動かして大剣を両手で構え直すと、雄叫びを上げて突っ込んできた。

 うーむ、やはり氷河の足鎧の能力は、魔術への抵抗力が強い相手には効きが悪いな。鎧の中身は魔族だか人間だかしらないが、直接攻撃で無力化するのは難しそうだ。


 俺は足を交互に滑らせて、半歩ずつ後退していく。

 踊り子の芸じゃないんだ、そんな動きで逃げられるわけもなく、あっという間に距離を詰めてきた重装の男は──目の前で、すっ転んだ。


「ごあぁっ!?」


 後退しながら足下を凍らせていたんだが、この暗さの上に視界の効かない兜だ、気づかなかっただろう。

 俺は素早くしゃがみこんでその兜に手をかけ、短剣で喉元の固定帯を切断すると、前後が逆になるよう回転させてやった。


「き、貴様! ふざけ、うおぉおお!?」


 兜を戻そうと上げた手を、思い切り蹴り飛ばす。そのまま踏みつけストンピング踏み蹴りストンピング踏み潰しストンピング


 以前に見た異世界発祥の格闘興業の真似をし、位置を変えながら蹴りまくって、相手の動きを封じつつ凍らせていく。十数発も繰り返したら相手は、匍匐前進の最中に背中を掻こうとして失敗したような間抜けな姿勢で、凍りづけになった。

 頭回りは勘弁してやったから、死にはしないだろう。そもそも殺す気なら兜の固定帯じゃなく、頸動脈を切っていたしな。


「こっ、この卑怯者め……正々堂々、戦えないのかっ!」

「自分の得意分野で一方的に嬲らせろ、てのが『正々堂々』ってんなら、俺もやってるぜ」


 運動競技じゃないんだ、戦闘ってのは自分のルールをいかに押しつけるか、だからな。というかまともにやり合ったら、軽装で攻撃力に欠ける俺が勝てるはずがない。

 相手を無力化したところで改めて兜に手をかけ、むりやり脱がす。鼻や耳をこすって痛そうにしていたが、それくらいは我慢しろ。


「誰かと思ったら、フィリベルトじゃねえか」


 あらわになったのは短い焦げ茶の髪と髭の、傷だらけの顔を持つ青年。“波濤”のフィリベルト、五ツ星の前衛職でキールストラの仲間だ。


 冒険者ギルドで見かけたときは兜なんざかぶっていなかったし、鎧も白を基調にした高級そうなものだった。

 得物が大剣ってところだけ共通しているが、そもそもまともに会話したのも今が初めてだからな。気づかなくても仕方ないか。


「冒険者から夜盗に鞍替えか? “黄金剣ノートゥング”の払いはそんなに悪いのか」

「……」


 からかうように問うてみるが、フィリベルトはむっつりと押し黙り、石畳に目を落としている。

 本当に盗賊に身をやつしたわけでもあるまい、まず間違いなくキールストラの野郎の指示だろう。


 冒険者同士のもめ事なんて日常茶飯事だが、刃傷沙汰は御法度だ。正規の手続きを踏んだ決闘ならともかく、夜間の不意打ちなんてギルド除名も免れない。

 いくら俺に腹を立てたからって、そこまでするか? なにか、きな臭いものを感じるな。

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