4-8 標的


「イアン、無事ですかっ」

「おう、なんともないぜ。そっちは?」


 御者席の背後の窓が開き、中からマルグリットが顔だけ覗かせる。小動物めいた仕草で愛らしいが、和んでいる場合じゃない。


「問題ないよ。初撃を防がせて本命は後から、ってパターンを警戒していたんだけどね、それもないようだ」


 キャロラインが聖女の頭上に顎を乗せるようにして、顔を見せた。乗られた少女が迷惑そうにしているが、魔女はおかまいなしだ。


 動作の是非はさておいて、彼女の言葉には俺も同意する。

 俺たちを全滅させる気ならそれくらいはやってくるだろうし、そもそも初撃が〈火球ファイアボール〉という時点で手ぬるい。こっちには、〈爆炎エクスプロージョン〉さえ凌げる聖女がいるのだ。


 フィリベルトの剣には殺意がこもっていたが、全体の戦術としては、いかにも詰めが甘い。勇者一行を仕留める気があるとは、とうてい思えなかった。


「脅し、警告……そんな感じなのかな」


 あるいは、俺だけが狙いだった、とかな。そっちの方がありそうだ。


「あたしたちに喧嘩を売ったんだ。どういうつもりでも、覚悟はしてもらおうじゃないの」


 片手で大男の首根っこを掴んで引きずってきたアレクシアが、怒気を隠さず言い放ち、手にしたそいつを無造作に放り投げた。

 子猫のような軽々しさで放られたとは思えない重々しい音を立てて転がったそいつは、白目を剥いて“波濤”の隣に転がる。


 名前までは思い出せないが、顔に見覚えがあった。こいつもキールストラのパーティ『山吹党ニーベルング』の一員、たしか四ツ星の前衛職だ。


「こいつ以外は? 殺してないだろうな」

「当たり前でしょ。七人いたけど全員、動けなくしておいたわ」


 微妙に質問に答えていないぞ。『当然、全員きっちり殺っておいたわ』というふうにも聞こえた。

 襲われたのはこっちと言えど、死人が出たとなると衛兵の取り調べも長引くし、ますます王都を出るのが遅くなる。


 ま、いずれにせよ今日じゅうの出立は無理かな。襲ってきたやつらの詮議に立ち会わなきゃいけないし、冒険者ギルドや王宮にも話を通しておかないとまずい。

 フィリベルトたちをけしかけたのが本当にキールストラなら、相手は資産も縁故も抜群の七ツ星だ。こちらも本腰を入れた対応をしないと、厄介なことになる。


 やれやれだ。いつになったら旅立てるのやら。


 * * *


「逃げた? キールストラが?」


 その日の昼下がり、衛兵の詰め所で茶を飲んでいた俺に、意外な報告がもたらされた。


「ええ。懇意にしていた貴族にかくまわれていたそうですが、その貴族の家臣を脅して逃走経路を用意させたようです」

「また面倒なことを……」


 報告してくれたドッシの秘書、眼鏡の似合う美人さんも困り顔だ。

 アレクシアに自分の眼鏡好きを指摘されたせいか、今までと違った目で見てしまいそうになる。自制しろ、俺。


 フィリベルト他の襲撃者集団を尋問した結果、やつらは昨夜キールストラにクビを言い渡され、逆恨みで俺たちを襲ったという。

 勇者に“黄金剣ノートゥング”がご執心なのは周知の事実だが、袖にされたからって仲間を追放するか? 因果関係がいまいち繋がらないだろう。


 アレクシアに対して本気を証明するため、パーティを解散するというなら、まだわからなくもない。

 とはいえ昨夜のやりとりを目にしていれば、そんなことをしても無意味なのは明らかだが。


 ともかく昨晩、俺たちが魔術師ギルドにこもってあれこれしている間に、キールストラは三人の仲間以外の全員をパーティから追放したのだという。

 ほとんどのやつらは金だけの繋がりだったため、不満はあるが渋々従った。


 収まりがつかないのは“波濤”たち、実力があり山吹党への貢献も大きかった面々だ。

 自分たちが追放されたのは、リーダーの申し出をけんもほろろに断ったアレクシア、ひいてはその要因となった俺……という結論に至り、襲撃をかけてきたのだという。


「むちゃくちゃですね」

「俺もそう思う」


 石造りの衛兵詰め所の片隅で、小さな机を挟んで秘書さんと向き合っている。周囲には忙しく立ち働く衛兵たちがいるので、残念ながらいい雰囲気にはならない。いや、残念でもないんだけどよ。

 ともかく尋問で判明したことを秘書さんに説明したら、呆れた顔で感想を述べられた。まあ、そりゃそうだよな、いくらなんでも無理がありすぎる。


 キールストラに命じられて俺を殺しにきた、って方がまだ筋が通る。だがそう釈明すればやつにまで累が及ぶ、だから自分たちの独断でやったことにし、既にパーティを追放されているから無関係……ということにしたいんだろう。

 それでも無理筋の話だが、これまでの“黄金剣”の立ち位置と財力なら、すっとぼけられた可能性はある。だが今や、アレクシアはやつと同じ七ツ星だ。


 ただでさえ伯爵位相当の国定勇者で、同格の大賢者に、国家首脳に匹敵する聖女もそろっているのだ。その上で冒険者としても対等となれば、あの優男に味方する者はどこにも存在しない。当然、やつに対しても捕縛命令が出た。

 ところが、くだんの貴族が間に入っていたため衛兵が踏み込めずにいる間に、とうのキールストラ自身は家中の者を脅して高飛びしたらしい。いい面の皮だな、その貴族。


「この話、収集つくのか?」

「少なくともフィリベルト氏と襲撃者の皆さんは、処刑を免れないでしょうね。キールストラ氏も大人しく縛についていたならともかく、逃走した上に貴族の家臣を脅迫しています。指名手配の後、捕らえられれば極刑でしょう」

「だよなあ……どいつもこいつも、なに考えてんだ?」


 何人かの取り調べに立ち会ったが、みな一様に同じ話をし、相互に矛盾はなかった。怪しい宗教の狂信者でもあるまいに、死を賭してまで俺を襲う意味がどこにある?


「こりゃ、まるで……」


 推測を口にしようとして、俺は言葉を飲み込んだ。目の前の秘書さんだけでなく、周囲には衛兵もいる。迂闊なことは言えない。


 だが、そうだ。こりゃまるで、俺をなんとしても始末したい誰かに、操られているみたいじゃあないか。

 そして、そうされるだけの理由が思い浮かぶ。つい先日、“緋惨ひさん”ザックスが俺に叩きつけた怨嗟の言葉が。


『覚悟しロ! 魔王軍の全てガ、キサマを殺すたメ、動き出すゾ!』


 因果関係が繋がらないのではなく、逆だったとしたら? つまり“黄金剣”たちが目的を果たすために俺を襲ったんじゃなく、俺を狙って襲撃をかけるために、連中の行動が操られているのだとしたら。

 やつらの妄言めいた行動指針に、ひとつの解が与えられる。魔王軍の使徒が俺を狙い、俺を襲うに足る動機を持った連中を扇動している、という解が。


 くそ、そう考えれば辻褄が合ってしまうぞ。黒魔術の〈催眠メズマライズ〉あたりを使えば、充分に可能だ。

 人の道を外れるため大っぴらには使われないし、使えると知られることさえ危険を伴う呪文だが、魔王軍にそんな縛りは存在すまい。


 皆と相談する必要があった。だが、うまく伝えないと、彼女たちが気に病みそうだな。特にアレクシアだ、俺の五ツ星昇格でも気を遣わせてしまったし。

 本当はずっと、影から仲間を助ける立場を維持したかった。支援職だと侮られて、従者ごときと無視されるくらいの方が、やりやすかったんだ。


 だけど俺の昇格を満面の笑みで喜んでくれた彼女を、どうして否定できようか。

 それと同じだな。俺が魔王軍の標的? 結構なことじゃないか、囮になるなら自分の方が都合はいい。


「良い顔に、なられましたね」


 考えを巡らせつつ静かに覚悟を醸成していた俺に、秘書さんが柔らかく微笑みかけてきた。


「貴方がソロの冒険者だった頃から存じ上げておりますが、当時の貴方は世を拗ねて、ずっとなにかに苛立っていらっしゃるようでした」

「……いや、お恥ずかしい。おおせのとおりでね」


 思わず頭を掻いて、苦笑いしてしまう。小器用に立ち回るしか能がなかった俺は、あちこちのパーティで重宝がられてはいたが、所詮はただの便利屋扱いだった。

 信頼できる仲間はおらず、心を許せる友もなく、当然ながら女っ気も皆無。毎日を惰性で生きて、小銭が入れば酒を浴び、成功者を妬んで失敗者をあざ笑う。ろくなもんじゃなかった。


「でも、今は」

「ああ。今は、違うぜ」


 いい雰囲気になりそうな気もしたが、それどころじゃない。あいつらの所に、行かなくちゃな。

 俺たちは席を立った。秘書さんは微笑みを浮かべたまま、腹のあたりで手を組んで、体をかすかに横に傾ける。ギルドの受付嬢が出迎えと見送りでよくやっている、接遇の仕草。


「がんばってください。微力ながら、お手伝いいたしますので」

「頼む」


 そして俺は、詰め所を後にした。

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