4-6 術師
再び魔術師ギルドを訪れたのは、日が変わる直前だった。やけに遅くなったことについては、まあ、察してほしい。
「なんだか艶々してますね、アレク」
「えへへ、そう?」
さすがに眠そうなマルグリットに、じとーっとした目を向けられても、勇者の浮かれ調子は変わらない。
一方、夜型なのでむしろ元気そうなキャロラインは、苦笑していた。
「まあボクも身に覚えはあるから、無粋は言わないけど……イアン、大丈夫?」
「おう……元気、だ」
「しおれてる、しおれてる」
聖女の回復魔術がなければ所詮、俺なんぞこんなものか。くっ、不甲斐ないぜ。
魔道具の灯で明るく照らされた部屋は、彼女の研究室とはまた方向の異なった散らかり方をしており、広い机には様々な器具が乱雑に並んでいた。
「はん。あんたらやっぱり、そうなったのか」
ネスケンス師が俺の差し入れを勝手につまみながら、呆れ顔で言う。保温の魔道具に入れておいた茶を、カップに注いで各人に配った。
「おや師匠、その口振りだと、前から察していたのかい?」
「ババアの人生経験をお舐めでないよ。アイハラの嬢ちゃんが小僧にホの字なことくらい、態度でわかってたさ」
最後に総帥と仲間たちが揃って会ったのは、半年くらい前だと記憶している。
その頃の俺は少女たちに欲情を覚えることはあっても、好意を抱かれているなんて考えもしていなかった。
「ちなみにリットとボクも、彼とは深い仲さ」
「ちょっと、キャル! なんでお師匠様にまでばらすんですか!?」
眠気がすっ飛んだように勢いよく魔女に詰め寄る聖女に対し、その魔女の師は悠長にサドン・ウィッチを飲み下した後、優雅に茶をすすった。
落ち着いたもんだ、さすが人生経験豊富な老婆。
「うそでしょ!?」
と思ったら茶を吹き出し若い女みたいな声を出す。
なんだ、老化で反応が遅くなってただけか。そんな俺の内心を読んだかのように、すごい目つきでにらんでくるので、肩をすくめて肯定だけしておく。
「お恥ずかしながら本当だ」
「はーっ、まさかねぇ……小僧にそんな甲斐性があるのも驚きだけど、聖女の嬢ちゃんはともかく、キャロラインがねぇ……」
普段のひねくれた態度など吹き飛んで、弟子とその友人を興味深げに見比べるネスケンス師が、心から感心した声を出す。
「あんたにも、女心ってもんがあったんだねぇ」
「失敬だね!?」
「いや、男と寝るより魔術と添い遂げるクチと思っていたからね、意外で」
まあ俺もそこは同感だ。肌を重ねるようになるまで、キャロラインに恋情のたぐいがあるとは考えていなかった。
べつに価値観なんて人それぞれで、恋愛より大切なものがあってもかまわないと思うしな。
「そういう師匠はどうなのさ? 若い頃は方々で浮き名を流したとか、自慢してたじゃない」
「ああ、ありゃ嘘さね」
「嘘なのかいっ!?」
さっきから二人の盛り上がりがおかしい。深夜で気が昂っているのか、恋愛話に特有の調子なのか。おっさんは蚊帳の外である。
「男遊びが激しかったのは姉弟子でね、いろいろ自慢話を聞かされもしたが、身を持ち崩すのも間近で見た。ああ、あたしは魔術と添い遂げる方でいいや、と決めたもんさ」
「じゃあ、ボクにはなんで嘘をついたんだい?」
「若いうちは人生を楽しむことも重要だからね」
たしかに『あえて選ばない』のと『選ぶ余地がない』のは、まるで違う。
恋愛は楽しい、人生は楽しい……と語ったのは、総帥なりの親心だったんだろう。
結果としてキャロラインが俺を意識してくれたのだったら、ありがたい話だ。
単に見目麗しい弟子に見栄を張っただけじゃあないか? という疑いも胸中に浮かんだが、それは言わないことにした。
「さて、若いモンをからかうのはこれくらいにして。小僧に話がある」
まだなにか言いたげな弟子をそのままに、ネスケンス師は俺へと視線を向けた。
とりあえず少女三人には夜食を取ってもらい、俺は彼女の前にスツールを置いて座る。
「大元の発想は、あんたのホラ話がきっかけだと聞いたよ。魔石を砕いて
正確には、思いついて試したやつはいただろうな。しかし、ただ魔石を破壊するだけでは宿った魔力は拡散し、利用できない。
たとえば生物の心臓を破壊しても血肉が飛び散るだけで、そこにエネルギーは発生しないように。
四天王との決戦の前日、キャロラインと酒席で話したのはまさにその件だった。
心臓は生物の体内にあって始めて機能する、魔石もまた魔物の体内にあるからこそ魔力を発する。
だがその翌日、魔石を移植した
人間に余分な心臓を二個も三個もくっつけて、倍の力を得ることなんてできやしない。しかし魔石がそれを可能ならしめる以上、魔力だけを利用する方法はある。
「どっちかっつーとこれは、魔道具を作る発想だな。流れ込む先を用意してやりゃ、魔力は拡散せず利用しきれるんじゃねえか、と」
「それだよ。詠唱によって形作られる術式も、考えようによっては、ある種の回路に過ぎない。こりゃ金魔術の発想だね?」
我が意を得たり、とばかりに大きく頷くネスケンス師。
このあたりをキャロラインは感覚的に処理していたが、彼女の論文を読んだ総帥は、思いつきの原理を言語化してくれた。
魔術の系統は、大きく五つに分かれる。
炎や大地を操る破壊的な赤魔術と、水や風や魔力そのものを扱う華麗な青魔術。
生命樹から治癒や浄化などの力を引き出す白魔術と、奈落や魔界に繋がり死霊・悪魔などを呼び出す黒魔術。
そして物質や空間を解析し変性させる金魔術。
キャロラインは赤魔術、青魔術、黒魔術の三系統を自在に操る。マルグリットは白魔術しか使えないが、その実力は生命樹教会随一だ。
俺は金魔術を扱うが、魔術師でございと誇れるほどの腕前ではない。
だが別系統の魔術を使うからこそ、着眼点と思考法において、魔女たちにない視点を持てたのもたしかだった。
総帥は青魔術と金魔術を修めているので、そういう意味でも俺と考えが近いのだろう。
「逆に
まあなあ。詠唱中の術式を微調整して魔力を吸い上げる構造を維持するとか、どんな脳をしてりゃ実現可能かって話だ。
なお総帥が口にした『アルケミスト』とは、金魔術の使い手の俗称だ。そういう職業が存在しているというわけではなく類型分類、あるいは派閥に近い。
「あんたらの場合、全系統の術師がそろっているのが良かったのかもしれないね。ギルドとしてもそういう、垣根を越えた研究が進んでくれりゃいいんだが……」
「難しいだろうな。魔術師なんて皆、自分が一番だと思っているやつばかりだ」
たとえば、信仰心をもとに魔術を発動させている白魔術師を、理屈の通じない連中と蔑んでいるふしがある。
白魔術師は白魔術師で、自分の術は生命樹からの授かりもので研究対象じゃない、と信じているやつが多いしな。
「聖女の嬢ちゃんに限らず、白魔術の使い手はだいたい感覚任せだからね、理詰めの魔術師とは相性が悪いか」
「それが悪いとは思わないけどね、ボクは」
サーモンのサドン・ウィッチを片手に、キャロラインが会話に加わってきた。
「ボクは論理で捉えた事実を感覚で処理している。彼女らは感覚で把握した事象を論理で補強している。その差違こそが、新しい発見につながると思うしね」
それでいったら俺なんか、こと魔術については一から十まで論理というか、理屈ありきでやっているなあ。
覚えた知識のとおりに発動させるのが精一杯で、独創の余地なんてない。
「でも今回の魔石については、キミの発想が出発点だ。そう卑下したもんじゃないさ」
そう言われれば、そうか。俺自身は自分のことを、魔術師というよりは技術屋だと思っている。その立ち位置での考え方も、研究の発展には役立つってことだ。
「よくわかんないけど、イアンはすごいってことね!」
「結論が雑です……」
ハムサドンを頬張りつつ適当な感想を述べるアレクシアに、赤茄子と萵苣のサドンをちまちまかじっていたマルグリットが、控えめに物申す。
論理か感覚かって話で言えば、勇者は徹頭徹尾、感覚派だな。
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