8-2 壮大
話は、どうにか黒耀竜を討伐した後まで遡る。
泣きやんだアレクシアから体を離したマルグリットの体が輝いたかと思うと、『
そういえば直前に服が弾け飛んでいなかったか、と焦ったものの、帯が解けた後には白い法衣姿の聖女がそこにいる。
元通りに戻すなら、なんでわざわざ吹っ飛ばしたんだろうか。『
「やりましたわね!」
「ぐえっ」
結局あれはなんだったんだ、と聞こうとした俺に、横合いからヘレネーナが突っ込んできた。
首っ玉にしがみつかれて半回転、巨乳に腕を圧迫されながら押し倒されそうになるところを、なんとか踏ん張ってこらえる。
「この少人数で本当に
「俺はほぼなんもやってねえっつーの」
何度もしがみつかれて、脱出法がわかってきたぞ。
直前に間に差し挟んだ腕を半回転、生まれた隙間を利用して腕を抜き、そのまま逆の腕で相手の肘を押す。ほら、いなせた。
「いけずですわ……でも、そんなところがまた
「はいはい。ゴス」
「承知」
ぬるりと黒装束が現れたかと思うと、牛娘を羽交い締めにして後退させる。
素の筋力でいえばヘレネーナに分があるんだろうが、体勢と力の使い方がうまいのか、拘束を解かせなかった。
「……その、悪かった」
「気にするな」
アレクシアを治してもらおうとしたときの態度を謝ると、なんでもないことのように肩をすくめて見せる。
余裕の態度だ、こいつは大人だなあ。
「はっはっはっ、おいやったな! これでおれたちゃ、大金持ちだぜっ!」
一方、でかい図体してガキみてえなやつが歩み寄ってきて、ばんばん肩を叩いてくる。
どいつもこいつもなんで俺のところに集まってくるんだ? と思ったが、少女たちはいま三人固まって互いの無事を喜び合っていた。ああ、一応は遠慮してくれているのか。
「そういや聞いてなかったが、いくらぐらい貰えるんだ?」
「聞いて驚くなよ? 総額でだなあ──」
目を見開きすぎて眼球が転げ出るか、と思うほどの額を告げられた。国家の危機だったとはいえ、ベヘンディヘイド王国はそんな額を拠出して大丈夫なのか。
ああいや、だが七ツ星パーティが五組も参加していたら、それぐらいは報酬がないと割に合わないか。
古代竜の体は稀少素材の宝庫だし、その仕入れ代と考えればそこまで悪くない取引かもしれない。
しかも今回は、それを四人で頭割りだ。俺たちの分け前は魔石だけ、という事前の取り決めだからな。
「お前……大丈夫か? 身を持ち崩したりするなよ」
ヘレネーナはもともと大金持ちのお嬢様だし、ゴスはなんだかんだ堅実に使いそうだ。
エンリだけなんというか、賭博でスったり酔っぱらって騙し取られそうな印象がある。
「失礼なやつだなあ。俺はもう、使い道をきちんと決めてるから大丈夫だ」
「へえ。伝説の防具でも買うのかい?」
「近いな。買うのは、飛空挺だよ」
おま、それ、個人で買うようなもんじゃないだろ!?
「本当はもっと大人数で挑むつもりだったからな、頭金くらいにゃなるだろうってぇ算段だったがよ。これなら、パーティ資金をかき集めれば、乗組員ごとまるっと買えるぜ」
「これで念願の空中城へ挑めますわ。イアン様には感謝しても感謝しきれません」
なおゴスに拘束されたまま、たおやかに微笑むヘレネーナ。ああそうか、こいつらそういえば、そういう集団だったな。
伝説に謡われるヘーメルフト空中城、その実在を証明してみせる、と公言する夢想家たち。だからその名も、『
「まったく、どいつの夢も気宇壮大で羨ましくなるね」
「って、ファビアナ!? どうした!」
人形みたいに小さくなって、心なし顔や体つきが大人っぽくなったファビアナがそこに立っていた。素っ裸になっているが、小さすぎて色気はあまり感じない。
「いや、ヘレンが服を持って行っちゃったから、元に戻れなくて」
「え、服の問題? ……ああそうか、これが〈
潜入なんかにもってこいの能力だし、見た目よりも身体能力はあるそうだ。
とはいえ質量差は埋めがたい攻撃の威力を発揮するからな、戦闘で使えるものではなく、俺も目にするのは初めてだった。
なるほど、ヘレネーナを魔狼に騎乗させるために、体を縮めてたってわけか。
「あらごめんあそばせ。ほらゴス、お離しなさい」
「イアン、距離を取っておけ」
忠告にはありがたく従い、魔狼を盾にするよう位置どる。
それを見て残念そうな顔をしながら、拘束から解放された牛娘は胸の谷間に手を突っ込み、ファビアナのチューブトップとホットパンツを取り出した。え、今どうやった?
「はいどうぞ」
「うはー、生あったか」
魔狼の背の上に移動したファビアナの体が見る見る大きくなっていき、見慣れたサイズに戻る。
そのまま無造作に服を着ているが、お前さっき服がないから戻れない、とか言ってなかったか?
もう少し羞恥心というものをだな……ほら、ゴスが顔を背けている。
俺は物珍しくてつい、まじまじと観察してしまったがこいつ、下着を着けてない。そのホットパンツものすごく股上が浅いものだし、色々まずいんじゃなかろうか。今更か。
「アタシからもお礼を言わせてよ、イアン。アレクシア様たちのおかげで、大儲けだ」
怒濤の展開に指摘が追いつかないが、感謝は俺じゃなく彼女たちに言ってくれ。
勇者が大怪我して以降、俺は右往左往していただけだ。
「そういえば、ファビアナは報酬、どうするんだ?」
城址に来るまでの道中では内緒だとか言っていたが、そろそろ聞いてもいいだろう。
「うーん……まあいっか、息子がヴリヘンデ騎竜学院に通いたがっていてね。あそこは余所者が入学したけりゃ、それこそ飛竜が買えるくらいの金がいるのさ」
騎竜学院って、北方リーニヘイト王国の
門外不出の技術を伝えるだけに、同国の騎士階級しか入れないと聞いたことがあるが、裏口入学する手もあるんだな。
竜騎士の学院に入るための金を、古代竜を討伐した報酬で賄うってのも凄い話だが、それ以上に驚くべきことがあった。
「お前、子供がいたのか! まさか結婚していたとは……」
種族の体質とはいえ、むしろどう見ても本人が子供なんだが、まさか学校に通う年頃の息子がいたとは。
「ううん、旦那はいないよ。そもそも腹を痛めて産んだ子ってわけじゃなくて、縁があって育てた養い子さ、種族も違う」
「それにしたって、一児の母にゃ変わらないだろ……すげえな、なんか」
「いや、養子は他に三人いるよ」
「お母さん!」
びっくりして変な声が口をついてしまった。それにしても幼女みたいななりして、四人も子供を育てているのかよ。
特定のパーティに属さず人里で見かけることも少ないから、世捨て人みたいな生活をしているのかと勝手に思っていたが、ちゃんと家庭を持っていたんだなあ。
「どうしたの、イアン。変な声あげて」
「ああいや。みんな、色々あるんだなあと思ってな」
俺が仰天の連続で加わりそびれているうちに、感動の再会は終わってしまったようだ。連れだってやってきた少女たちの、不思議そうな目線を浴びて、俺は苦笑する。
アレクシアが冒険者をやっている目的は、魔王を倒し世界を平和にすること。
それはとても壮大な目標で、俺もずいぶんと数奇な巡り合わせを得たもんだと思っていた。
けれどヘレネーナたちも、ファビアナも、それぞれに大きな目的や一筋縄じゃいかない人生を歩んでいる。
冒険者なんて皆、そんなものかもしれないな。
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