8 破滅は回避したかった

8-1 浜辺


 湖面を渡る清涼な風が、むっとする熱気を吹き払ってくれる。

 湖岸に突き立てた大傘が陽光を遮って作る日陰の下、骨組みに一枚布を張って作られた長椅子に寝そべったまま、俺は水辺で遊ぶ少女たちを眺めた。


 三人とも水着を着て、大胆に肌を露出している。


 アレクシアは青い横縞の三角ビキニで、股上の浅いショーツは横が、半ばから紐で結ばれた形状だ。

 マルグリットは同じヘソ出し水着でもフレアトップで胸を覆い、腰回りにパレオも巻いた、白地に花柄のもの。

 キャロラインはホルターネックだが胸元に穴が空き、脇と太股が大胆に露出して素晴らしいくびれを描いている、黒いハイレグワンピース。


 三人とも色気と愛らしさや美しさが同居していて、じつに眼福だ。

 いやらしい目で見つめるには健康的すぎると思う反面、やはり裸とはまた違うエロさがあることも否定できない。


 そんな姿の彼女らは湖に足をひたしながら、なにをやっているかといえば、薄く加工した皮でできた風船を打ち合っていた。下から両手で突き上げて相手の方へやる、それだけの単純な動作の繰り返しだ。

 運動能力の差がありすぎるためか、アレクシアだけ腿まで水に浸かり、あとの二人は膝下くらいの浅瀬を移動している。なにが楽しいのか、水飛沫を上げながらきゃあきゃあ騒いで風船を往復させていた。


 日射しと飛沫を浴びて輝く健康的な肢体、揺れる胸に弾む尻、風船を打ち上げるたび露わになる脇と優美な直線を描くくびれ――ああ、いい光景だ。

 この眺めだけで酒が呑める。


「ボス。おかわりはいかがですか」


 なんて思っていたら、後方から杯が差し出された。

 目線をやれば黒地に白いフリルのついたビキニに、同じくフリルつきの腰エプロン、茶色い髪にホワイトブリムをつけた犬耳の美女。


「ああ、ありがとう、スピ」


 そう、初代勇者から安住の地を与えられた犬人コボルトたちの長にして、後に上犬人ハイコボルトへと進化した“紡ぎ手スピナー”である。

 他の面々は体つきが大きくなり手足が作業や長距離移動に向いた形に変わった一方で、彼女だけが犬の獣人セリアンと変わらない姿、いうなれば『混犬人コボルトリング』とでも呼ぶべき変異種となっていた。


 彼女には昔から名乗ってきた一族の長としての役職名があるのだが、アレクシアたちがその愛称として『スピ』と呼ぶので、俺も倣っている。

 見た目は大人びた美女なので、犬のような名前で呼ぶのはちょっと抵抗があるけれど、本人は気にしていないようだ。


 ふさふさの尻尾を揺らして“紡ぎ手”が差し出してくる杯を受け取ると、陶器の器からはひやりとした感触が伝わる。

 事前にキャロラインが大量生産して、保冷の魔道具に溜めておいた氷で、果汁を混ぜた蒸留酒を冷やしているのだ。氷が溶けることで酒も薄まり、深酔いせずに済む。


「お前は遊ばなくていいのか?」


 視線を転じるとアレクシアたちとは別な一角で、妙にぴちっとしたパンツを穿いたエンリが、素裸の上犬人たち――ぶちブレウィーズワ――を次々と放り投げていた。

 そのたびに水柱が立ち、わんこどもがはしゃいだ声を上げる。


 その合間を縫うように、体は腰巻き一丁ながら頭巾だけはこんなときでも取らないゴスが、仰向けに浮かんで水面を漂っていた。

 あれはあれで寛げているのかね、あいつの考えることはいまいちわからん。


「いえ、今日のワタシは給仕役ですから」

「べつにそれは、俺がやっても良かったんだがな」

「ボスを働かせるわけにはいきません」


 生真面目だなあ。ちなみに俺たちが休む日傘の下にはもうひとつ長椅子が置かれ、そちらにはファビアナが寝そべっている。

 彼女の幼い体を包む水着は紺色のワンピース型で、前身頃の股間部が分割して覆い被さっているため、スカートを履いているようにも見える形状だ。


 先ほどまでは相方の魔狼ワーグと元気に泳いでいたんだが、ちょっと休憩、と横になった途端に寝息を立て始めた。

 魔狼の方はまだまだ元気いっぱいで湖畔を駆け回り、ときどきエンリにちょっかいをかけて犬人同様に投げられている。


 目の前に広がる湖は、初代勇者の別荘地である地の釜カルデラの底にあるものだ。いつぞやの魔王軍四天王の襲来で一部が荒れてしまったのだが、今は元の姿を取り戻し、むしろ以前より保養地としては高級感が増していた。

 草で覆われていた湖畔は一部が砂浜に変化していて、南国風の木々が生えている。浜辺はなだらかに深度を増しており、水遊びをするには最適の場所と化したのだった。


 そんな浜辺で俺はといえば、特に変わったところもない短パン型の水着をはいて、ひと泳ぎした後はこうしてまったり過ごすのみ。

 体力的にはともかく、精神的には若者たちに混ざってはしゃぐにも限界がある。


「あのー」


 この美しく平和な光景を眺めながら、のんびり酒杯を傾けられれば満足さ。


「あのー、イアン様ぁ。そろそろ、ここから出していただけませんこと? わたくし、だんだんと限界がぁ……」


 なお、水着どころか局所を前貼りで隠しただけの痴態で俺に迫ってきたヘレネーナは、勇者に一撃で沈められた後で魔女に首から下を埋められ、聖女の結界で囚われた状態で反省中である。

 すぐ傍らに角持つ生首が生えている姿は、なんともシュールだ。


「飲み物のおかわり、いりますか?」


 しゃがみ込んで小首をかしげ尋ねる“紡ぎ手”に、牛娘はなぜか小刻みに震えながら必死で訴えている。


「それよりも、入れるものを入れたら出すものを出さねばならない……という、自然の摂理はご存じかしら?」

「砂地ですし吸収しますよ、大丈夫です」

「そういう問題ではなくってよ! これは尊厳、尊厳の問題なのですわ! 心寄せる殿方の目の前でそのような粗相をいたすなど……考えただけで……はぁ、はぁ」


 冷静な顔の犬娘に涙目で訴えていたヘレネーナだったが、言い募るうちになにか別な考え方が頭をよぎったらしく、語調に怪しい変化が現れていた。

 あ、いかん。なんか変な扉が開きかかっている。


「キャロっ! ちょっと中断! 変態が変態しようとしてるっ!」


 慌てて立ち上がって水遊びに興じるキャロラインに向けて声を上げるが、彼女はなにを言っているかわからない、という顔で見つめ返してくるのみだ。


「それ、なにかおかしいのかい?」

「なにもかもが、おかしいんだ!」


 うわー、牛娘が荒い息とともにぷるぷるしだしたぞ。やめろ、潤んだ目でこっちを見るな。

 俺は大慌てで、勇者たちの方へ駆け寄るのであった。

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