1-8 姑息
使い魔だけでなく感知系の魔術をいくつか駆使したキャロラインによると、洞窟はいくつかの枝道を持ちながらも、全体としては一本道であるという。
真ん中の『団子』がいちばん大きく、ここに大半の
「親玉は
「おそらくね。加えて、他の上位種も混ざっているみたいだよ」
そりゃ厄介な話だ。単体や数匹なら駆け出し冒険者でも退治可能な小鬼だが、王に統率された群れは中堅どころの集団でも苦戦する。まして
「群れに幼体の姿が見当たらない。推測だけど、繁殖手段を使い潰した連中が、『次』を確保するため動き出す前なんじゃないかな」
いわば巣ごもりの時期の終わる直前、ってことか。放置しておけば近隣の集落が襲撃されることになるだろう、俺たちがこの時期ここに来たのは幸運だったかもな。
「奥へ逃げられても鬱陶しいし、引きつけてから退路をふさごっか。リット、頼める?」
「はい。聞いたとおり距離なら、問題ありません」
方針が定まった、というより事前の想定どおりの作戦を確認して、前へ進む。
俺が先行するのは普段どおりだが、距離を空けず三人もついてきた。状況はわかっているんだ、偵察の意味は薄い。
案の定、聞き苦しくおめきつつ、行く手から小鬼どもが駆け寄ってきた。狭い通路に並んで戦うのは難しいので、ここは俺が引き受ける。
意外と早い、魔術で足止めしておこう。
「
薄闇の中を、微細な閃光が走る。極小規模の雷を発生させて相手を感電させると、短剣を抜いて次々と切り倒した。
そんな調子で散発的な襲撃を蹴散らしながら早足で進み、上位種が出てくる前に目的の大空洞に辿り着く。
見上げるほど高い天井を持つ、数十人が楽に寝転べそうな広間。起伏は激しく岩陰が多い、右手の奥の方が高くなっていて、岩棚が張り出していた。
進入口の真正面からやや左の前方の壁面に、背丈の二倍ほどの亀裂がある。あれが奥への通路だな。
ぐげっ! と野太い吠え声を上げ、岩棚の上から毛皮をマントのように羽織った小鬼が姿を見せる。
冠のように極彩色の布を頭に巻き、王笏のつもりか頭蓋骨を飾りにした悪趣味な杖を振りかざし、俺たちをにらみ下ろす。
「人間ドモ、ヨクココマデ辿リ着イタナ! 褒美ニ、牡ハ念入リニ嬲リ殺シテヤル! 牝三匹ハ胎ガ壊レルマデ飼ッ――ごげっ」
最後まで言わせず、突入と同時に俺が投げ放っていた
王の命令で伏せていたのだろう、岩陰のあちこちから小鬼どもが姿を現し、統制を欠きながらも武器を構えてこちらへ向かってきた。数匹の
「いと高き生命樹よ、その枝を伸ばし、か弱き我らを邪悪からお隔てください、〈
マルグリットの唱える聖句が完成すると、魔物を拒絶する光の壁が展開される。俺たちの前ではない、奥への通路を覆うように、だ。
そのタイミングに合わせ、キャロラインが詠唱を終える。
「熱よ集いて火に変われ、火よ群がりて炎と化せ、炎よ渦巻き地を満たせ、〈
魔女のステッキの先端が指す先、大空洞の中心部に炎が生まれ、瞬時に膨れ上がった。空気を吸い上げ熱と光は渦を巻き、地を舐め小鬼どもを焼く。
大型も含めて熱傷と酸欠でばたばたと倒れていく中、巨体の二匹だけはなお咆吼を上げ突進してきた。
真紅に染まった眼球と怒張した筋肉、地面と仲間の死体を踏み砕きながら、まっしぐらに狂奔する。
「ちゅうーっ、もくっ!」
炎の効果範囲ぎりぎりまで踏み出したアレクシアが、場違いに陽気な声を張り上げ、腰の左右に吊り下げた鞘から得物を抜いた。先ほどまでの数打ちの小剣ではない、緩く沿った細身の片刃剣――カタナだ。
彼女の鞘は、何本もの剣を異次元に収め、必要に応じて抜くことのできる魔道具である。そうして手にした、長さの違う二本のカタナを構える少女に、二匹の暴走小鬼が突っ込んだ。
振り下ろされる彼女の頭よりも大きな拳、彼女の背丈よりも長い棍棒。小柄な体が左右から圧殺された……そう幻視してしまうほど速やかに、かつ滑らかに、少女はその場から姿を消していた。
ほんの一歩の踏み込みで暴走小鬼どもの懐に潜り込んだアレクシアは、左右のカタナを無造作に振るう。左手に握った大刀はそちら側の敵の胸を心臓ごと切り裂き、右手に握った小刀はいま一方の相手の伸ばされた肘の腱を正確に断ち切った。
ぎおおおおっ! と野太い悲鳴が二つ重なる。
血しぶきを上げてのたうつ左側の暴走小鬼を、勇者はぞんざいに蹴り飛ばした。それだけで巨体は腹を陥没させながら宙を舞い、消えかけた炎の中に出戻らされる。俺が大小鬼の首をへし折ったときよりだいぶ雑で、しかしはるかに強力な足技だ。
棍棒を持った腕を使い物にならなくされた右側の暴走小鬼が、それでも殺意を減じさせることなく、残された腕を振り上げる。その腕が肩から切られて落ち、眉間に刃が突き立てられた。
「オノレぇぇ、ヨグモ、ナガマヲぉぉっ!」
小鬼王がいた岩棚の奥から、暴走種と同じくらい大きな、しかし締まった体つきの小鬼が飛び降りてくる。錆びた大剣を手にし、革鎧を身に着けていた。
王の側仕え――
アレクシアの隙を狙っていたんだろうが、暴走小鬼をわずか三合で無力化されるとは思っていなかったか。結局は無策で飛び込んでくるのなら、同時に襲いかかるべきだったな。
「そらよ」
俺の投じた小瓶が、狙いあやまたず敵の額に当たって砕け、香辛料が漬け込まれた蒸留酒を撒き散らした。そのまま飲むと乙な味だが、目に入れば並みの生物なら失明は必至、魔物であっても悶絶は避けられない。
「グギャアアあアっ!?」
悲鳴を上げながら目を押さえ、着地に失敗して無様に地に転がる小鬼英雄。同族間の過酷な生存競争を勝ち抜くことで上位種へと変じ、他種族を数え切れないほど屠ることで成長した、小鬼族の選良中の選良。
その首が、呆気なく切り落とされた。
「申し訳ないわね、うちの支援職は意地悪なのよ」
振るった大刀を鞘に納めたアレクシアは、苦悶の表情のまま絶命した小鬼英雄の頭に形ばかりの謝罪をする。寛大だな、正直に『姑息』と言ってくれていいんだぜ。
暴走小鬼に突き刺さったままだった小刀を回収する彼女を後目に、俺は生き残りがいないか探るべく、まだ熱気の残っている広間を縦断する。
キャロラインの生んだ炎は広間中を埋め尽くしたが、外縁部にいたものは奥の方へ逃げようとして……マルグリットの創った壁に阻まれ、そこで折り重なって倒れていた。えぐい光景だ、彼女が見たら気に病むかもしれないので、とどめを刺しがてら適当に散らばしておく。
気配を探りながら広場を回ると、進入口からは見えにくい位置に、岩棚の方へ向かう坂道があった。登ってみるとそこには、俺の投げた曲手斧を後頭部から生やした小鬼王の死体、そして。
鎖で繋がれた、三匹の魔物がいた。
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