13-3 人間


 お馴染みの〈光穿フォトンピアース〉が飛んでくるより早く、アレクシアは双剣を振りかざして魔王に踊りかかる。


「だあっ!」


 上段から振り下ろされた閃く聖剣は、いきなり速度を増していた。そのことにツバサはわずかに目を見開き、いささか大げさな動きで剣をかわす。

 直前まで背後にあった、高級な木材に精緻な細工の施された豪華な玉座が哀れ、真っ二つにされて左右に倒れた。


 着地した勇者が妖刀を横ざまに振るうと、切っ先は蛇のように伸びて、魔王の胸元をかすめる。

 傷を与えるには至らなかったが、金のボタンが弾け飛び、ツバサは顔をしかめた。


「大気よ流れて風となれ、風よ吹き寄せ爪を成せ、爪よ時さえ掴み速めん、〈加速ヘイスト〉」


 そこへ、キャロラインの支援が飛ぶ。

 ただでさえ速いアレクシアの動きが更に烈しいものとなり、上下左右から斬り込まれる聖剣と妖刀をさばくのに、魔王は手一杯となっていた。


「くそっ、このっ」


 苦し紛れに呪文を使おうと片手を槍から放した途端、いっそう深く踏み込まれ、大振りを打ち込まれる。

 ツバサの身体能力は上がっているように見受けられるが、万全の体調で覚悟を決めたアレクシアの動きは、それ以上だった。


 先ほどの“緑道ろくどう”たちとの遭遇戦では、魔剣の能力をぶっ放すだけの大味な戦い方になってしまったが、彼女の真価は今こそ発揮されている。


 教皇やネスケンス師たちの合流を待つまでの一週間、俺たちはただ遊んでいたわけじゃあない。

 魔王を警戒し単独行動は避けた上で、それぞれ訓練や研究に励んだのである。


 勇者の場合、剣聖サザンカとみっちり鍛錬した。

 我流だったカタナの使い方も一から見直し、サムライ流の『気』の使い方さえ身につけつつある。


 ……まあその前段階で、サムライ娘をアレクシアたちに紹介したときは、一悶着あったのだけれど。

 浮気を疑われたとかではなく、離れていた期間に見た目が愛らしい女性とつきっきりだったのが、気に食わなかったらしい。


 サザンカはサザンカで、俺の仲間が全員まだ年若い少女だったことをひどく驚き、なにやら落胆していた。

 もともと勇者一行への士官希望だったんだ、諸国に伝わっているだろう功績を考えれば、まさか自分より年下の女の子とは思わなかったのかもな。


 ともあれ鍛錬の成果、アレクシアは心技体の全てが、ひとつ上の次元に達した。

 魔王も本体の能力に自信を持っていたようだが、彼女の成果はそれを凌駕する。


「食らえっ」

「ぐぅっ」


 左右から襲いかかる聖剣と妖刀を、槍と蠍の尾でそれぞれに受け止めるツバサ。

 その表情には一片の余裕もなく、驚きと焦りで引きつっていた。


「イアンっ!」


 ここが好機、という思いはマルグリットも同じであったか。

 俺は向けられた視線に頷きを返し、折り畳まれ彫刻と化した『原初の癒衣プライマリキュアラー』を懐から取り出すと、合言葉キーワードを唱える。


「『いまだよ、リットたん』!」


 なんとも気の抜ける合言葉だよな、初代勇者が扱いやすいように改良したという話であるが、なんでこんな仕様にしたんだろう。

 ともあれ言葉と同時に魔力がごっそり持っていかれ、マルグリットとの間に経路パスが繋がったのを感じる。


「『マジカル・スピリチュアル・サイクラゼーション』!」


 それを受けて跳躍した聖女の全身が光り輝き、纏った服が弾け飛んだ。

 俺の手からは桃色の光と化した原初の癒衣が飛び、彼女が掲げた錫杖にぶつかる。


 光は帯状に解けて少女の周囲を巡り、裸身を隠しながら胸や腰、手足の先に巻きついて衣装を形成していった。

 奉納の舞いを激しくしたようなマルグリットの優美な動作、そして際どい姿から可憐な衣装が形成されていく様に、つい目が釘付けとなってしまう。


「ま、魔法少女だとぉ!?」


 魔王も思わず、といった調子で驚愕を口にした。

 さすがに攻撃できる隙を晒すほど間抜けではなかったようだが、明らかに力が抜け、アレクシアに押し込まれている。


 桃色と白を基調にした愛らしくも美しい衣装、赤いリボンに彩られた虹のように色彩を変える金の髪、枝葉を広げた樹を象る錫杖。


「『魔法マジカル聖女マドンナリットたん、生命樹に代わって膺懲ようちょうよ!』」


 掌を突きつけるように言い放つと、背後に宝石のごとき煌めきが飛び散った。ここまでやらないと十全に能力が発揮されないというのだから、厄介な神器である。

 逆に言えば契約者が魔力を注ぎ、所定の動作と言葉を発すれば、このように一瞬で装着が可能なのだ。


「マジカル、〈義烈ライチャスマイト〉!」


 くるくると錫杖を回しながら、変身を終えたマルグリットは全員を超強化する。

 黒耀竜を屠ったときにも使った手だが、前衛のアレクシアは無論のこと、防御力に劣る後衛職ふたりを強化できるのは大きい。


 無論、それは俺も同じだ。紅天羽衣フーリーショールをぐいと引き上げると、勇者を援護すべく、風を纏って飛び出した。

 上空十数歩分の高みに達したところで頭を下に反転し、まだ少し呆気に取られている魔王に向けて、袖に仕込んだ短刀を次々と投げつける。


 柄頭に小さな魔石の埋まった短刀は合計四本、いずれも〈魔具隷従〉によって、時間差で付与した呪文が起動するように改造した。

 狙うは、アレクシアを避けて飛来した刃に対し、魔王が防御の魔術を使おうとするタイミング。


「〈空鎧エアアーマー〉!」

(〈感電エレクトリファイ〉!)


 ツバサの周囲を空気が渦巻いた直後、四つの魔石が同時に電撃を発し、気流に乗って中心部に集中した。


「っ!?」


 防御呪文が発動した途端、内側に攻撃が飛んでくるのは、さすがに想定外だろう。

 魔王の耐久力を考えればかすかな痛みが弾けた程度だろうが、多少なり怯んでくれればそれでいい。


 本命はこの後、俺の飛翔に呼応して詠唱を始めていた、キャロラインの一撃だ。


「炎よ渦巻き地を満たせ、〈炎嵐フレイミングストーム〉!」


 突き出したステッキの先端から、螺旋状に噴き出す火炎。通常であれば目標範囲で渦を巻くはずの炎は、魔女によって制御され長く延びる熱線と化した。

 その分だけ密度と速度を増し、素早く跳び離れたアレクシアの脇を抜けて、体を強ばらせていた魔王を直撃する。


「マジカル〈天罰ラース〉!」


 更には斜め上方から白光の束、マルグリットの放った、常とは異なる攻撃呪文がぶち当たった。

 こいつの利点は善男善女には一切の傷を与えないため、勇者が巻き添えになってもなんの痛痒もないことだ。


 綿密な位置取りなど考えずぶっ放せば良いので、普段は防御と支援に徹している聖女でも、萎縮せず乱戦に大範囲の攻撃呪文を打ち込める。

 事実、炎は避けたアレクシアだが白光は体を通過するに任せ、魔王に追撃を加えんと剣を振りかぶっている。


 三段がかりの呪文攻撃に〈空鎧〉はとうに消え、ツバサに迫る聖剣を防ぐ余裕はあるまい──そう思ったのだが。

 禍々しい槍の赤い穂先が残光を牽きつつ、輝く聖剣を受け止めた。


「くっ」


 ならばと妖刀を斜め下から斬り上げるが、蠍の尾の先端とかちあい、弾かれる。

 そして魔王はわずかに腰を落とすと、出し抜けに前蹴りを放った。ごついブーツに覆われた足が、アレクシアの腹に吸い込まれる。


「あぐっ」


 攻撃に全力を注いでいただけに、かわす余裕はなかったか。

 それでも咄嗟に体を浮かして衝撃を逃がしているのが見て取れた、ならば俺は、敵の追撃を防がねば。


 十握凶祓トツカマガハラエを抜いて両手で構え、空中から降下しつつ切りかかった。

 レイブーダの洋上で彼女を〈光穿〉から守ったときと似た状況だな、と思ったがあの時と異なり、魔王は頭上にも気を払っていた。


 勇者との距離が開いたのをいいことに、やつは床を踏みしめこちらを見上げると、まっすぐに槍を突き込んでくる。

 このままでは落下の勢いも手伝って、こっちの攻撃が届く前に俺は串刺しだ。


「マジカル〈聖壁ホーリーウォール〉!」


 しかし間髪入れず展開された障壁が、穂先を斜めに逸らしてくれた。

 これなら俺の剣だけが当たる、と思ったのだが魔王は片手を槍から放すと、躊躇なく切っ先を手で払いのけた。


 当然、ツバサの手は十握凶祓に切り裂かれ、ずたずただ。

 頭や胴を貫かれるよりマシとはいえ、随分と思いきったことをしやがる。


 あまりに剛胆な防御方法に驚く間もなく、今度は俺に向かって蹴りが飛んできた。

 こいつ、中年の姿になった途端、えらく肉体派に様変わりしたじゃねえか。蹴り足をかろうじてかわし、空中へ退避する。


「〈治癒ヒール〉! ……大丈夫ですか、アレク」

「問題ないわっ。それより『マジカル』はつけないの?」

「時と場合によります」


 その間に勇者の治療も済んだようだ。

 わざわざ回復呪文を使ったということは、先の蹴りはそれなりの痛手をアレクシアに与えたらしい。


 それにしても、こっちの呪文攻撃が効いた様子がないのは誤算だった。

 キャロラインの〈炎嵐〉は〈空鎧〉で相殺できたとて、原初の癒衣を纏った今のマルグリットの〈天罰〉を受けて、無傷とは。


 そう思って見下ろすと、魔王は少女たちの方を警戒しつつも、俺に切り裂かれた手を持ち上げ鬱陶しげににらむ。

 青黒い血をこぼしながら、掌が半分に裂け、指ももげかけていた手が──見る間に修復され、血の跡だけ残して元通りになった。


 そういえば再生能力も持っていやがったな。

 聖女の一撃を凌いで見せたのも、これによるものか?


「違う……」


 俺の思考を読んだかのように、ツバサをじっと観察していた魔女がつぶやいた。


「再生じゃない、防いだわけでもない。そもそも、効いていなかった。魔王ツバサ、キミは……」


 彼女の言葉に、魔王はにやりと笑って続きを待つ。

 思わず皆が注視する中、キャロラインは唾を飲み込み、震え声を漏らした。


「キミは、だね?」

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