12-6 集結
ヘレネーナが大広間に集ったお歴々に説明した、魔王の根城へ向かう移動手段。
それは、彼女のパーティ『
といっても
船を出してくれたのは誰あろう、ウェイセイド皇国に戻っていたウーレンベック教皇である。
彼自身が行幸に用いる空御座船が、遠くラングポートの地までやってきたのだ。
この国は生命樹教会とは信仰が異なるとはいえ、世界的な宗教の指導者がやってきたとなれば、遇して迎えるより他はなかった。
牛娘から渡された教皇の信書を熟読し、ラジュマン首長も渋々入国を認める。
通常の手続きを取っていたら何ヶ月という単位の調整が必要な案件だが、事情が事情ということで、略式ながら正当な許可を貰うことができた。
まあ、議会だの派閥だのと面倒なしがらみのない、絶対君主制のこの国だから通じたやり方だけどな。
クラハトゥ王国で同じことをやらかしたら多分、冒険者ギルドと生命樹教会の責任者は地位を失うことになる。
「それじゃヘレン、案内お願い」
「かしこまりました、勇者様。それでは皆様、ご機嫌よう」
話は終わった、とばかりに声をかけてくるアレクシアに頷き、ヘレネーナは婉然と笑って諸侯に一礼する。
そして身を翻すと、揺れる胸やらくねる尻に、男どもの目は釘づけだ。
変態の痴女でも、余計な妄言を垂れ流さなければすこぶるつきの美人だからな、無理もない。変態で痴女だけど。
そんな牛娘の背後に、いつの間にか現れた黒装束で全身を覆った長躯の男、ゴスがつき従う。影を使ってヘレネーナを広間に運んだのは、言うまでもなくこいつだ。
俺たちの手前なんとなく看過されたけど、下手すりゃ敵の襲撃と勘違いされてたぞ、危ねぇな。
「今さらですけれど、事前に連絡して、普通に会議に参加すれば良かったのでは?」
二人に先導されて砦の外へ向かいながら、マルグリットが当然の疑問を呈すと、牛娘は優雅な仕草で首を横に振る。
「はったりは大事ですわ、聖女様」
正規の手続きを進めれば教皇の訪問を認めるかどうかで一悶着、空御座船の入国の是非を巡ってもう一悶着。
反攻作戦の開始には、とても間に合わなかっただろう。
ラジュマン首長に直接、勇者の行動の自由を認めさせ、その勢いで飛空艇の領内航行も許可してもらう。
飛空艇がウェイセイド皇国の空御座船だとか、乗り合わせているのが教皇だとかは、あくまで『ついで』という体裁だ。
「キミのところの大使は、胃の痛そうな顔をしてたけどね」
「今は無関係ですわよ」
キャロラインがからかうものの、ヘレネーナはどこ吹く風といった調子である。
こいつらはベヘンディヘイド王国に所属する冒険者だけれど、今は俺たちの依頼を受けて、教皇の勅使役を請け負ってもらっているからな。
その教皇だが、空御座船だけでなく本人も来てくれるとは思わなかった。
いくら彼がマルグリットに甘いからといって、そう気軽に呼びつけていい立場の人間ではない。
とはいえ魔王との決戦となれば、さすがに傍観もしていられないか。
この戦いが終われば、ひとまず世界は平和になるのだから。
* * *
砦から馬を駆ることしばし、合流地点に指定した平原に向かう道中で、ゆったりと空を渡る白銀の塊が目に入った。
ぱっと見の形状は『兜をかぶった船』とでもいう感じで、流線型をした美しい船体の上に、帆や帆柱の代わりに半円形の覆いが被さっている。
その覆いの左右から何枚も半透明の翼が生えており、船体の方から突き出た櫂とともに、ゆったり空気を掻いていた。
遠目には、巨大な胸びれを何枚も備えた魚のようにも見える。
実物を目にするのは初めてだが、あれこそが教皇の空御座船『
覆いの部分は空洞になっていて、中には浮遊の魔力が詰まっているそうだ。
半透明の翼は風を生み出し推進力に変えるもので、櫂の方は姿勢を制御するための魔道具らしい。
船体部分は一般的な外洋船よりいくらか小ぶりであるものの、兜の部分と翼によって、圧倒的な大きさに見える。
城が空を飛んでいるようで、こんなものが予告もなしにオンバリエラ砦に接舷せんと迫っていたら、大騒ぎになっていたはずだ。
実際、馬を連れ帰るため砦から同行してくれた兵士は、完全に気圧されている。
ほどなく『羽根瓢』は高度を下げ、周囲に遮る物のない平原へ船底を近づけた。
ただし地面にそのまま着陸できる構造をしていないため、乗り込むためには縄ばしごなどを使う必要があるのだが、俺たちはキャロラインの〈
船縁から身を乗り出した巨漢が手を振り、乗船位置を案内してくれた。
長い茶髪を頭の後ろで縛った、健康的に焼けた肌を晒す
「お嬢、首尾は上々のようだな」
「当然ですことよ。イアン様の立てた計画に、穴などありませんわ」
そんなことはないと思う。そりゃ色々と建前は用意したけれど、ラジュマン首長がそれに乗ってくれなければ、話は平行線のままだったろう。
むしろ物別れに終わってしまい、こっちはこっちで勝手に動く流れになる可能性の方が、高かった。
あの場の空気を熱く高めてくれたのは、あくまでアレクシアだ。
俺は後ろで黙って突っ立っていただけで、あの胡散臭い仮面の
「聖女様、教皇猊下がお待ちです。勇者様がたも、どうぞ」
エンリの横に立っていた、船と同じく白銀色の鎧に身を包んだ聖騎士が、乗船した俺たちに声をかけてくる。
キャロラインは船の観察をしたがっていたが、それは後に回してもらい、聖騎士の案内に従うことにした。
さすがに教皇の空御座船だけあって、船員はきびきびとした動きながら物静かで、貴族に仕える上級使用人のようだ。
こちらに向ける視線も不躾なところはなく、さりげなく一礼し通り過ぎるまで壁際に控える仕草も堂に入っていた。
通路は狭く天井も低いが、船ではなく高級な宿を案内されている錯覚すら覚える。
既に船は飛行を開始しており、等間隔に壁に設けられた丸窓からは、流れ去る地上の景色が垣間見えた。
本当なら大はしゃぎして、できれば甲板の上から景色を堪能したいのか、アレクシアがむずむずしているのが後ろからもわかる。
だが奥まった場所にある船室へと案内され、開かれた扉の向こうに揃った面々を前に、勇者はきっちり態度を切り替えていた。
「呼びつけてしまった非礼をお詫びするわ、猊下」
「問題ありません。一刻を争う事態であることは皆、承知しております」
質実を旨とする悪人面の老人は、相変わらず簡素な
教皇ウーレンベックは狭い部屋の部屋の奥に据えられた執務机に着き、椅子に肘をついて手を胸の前で組んでいる。うん、今日も威圧感ばっちりですね、猊下。
そんな彼の斜め後ろで、悪の皇帝に仕える参謀のように控えているのは、質素な法衣を身にまとった人の良さそうな小兵の老人。
クラハトゥ王国の教区を統括する、デ・レーウ大司教である。
さらに執務机の正面には長椅子が二つ、向かい合うように置かれており、三人の女性が片方の椅子に並んで座っていた。
「まあ、あんたらも座んな、嬢ちゃんたち」
椅子の中央に腰かける華やかながら洒脱なローブに身を包んだ老婆が、まるで部屋の主であるかのように偉そうに言った。
魔術師ギルド総帥、ネスケンス師だ。
その右隣に座った眼鏡の似合う美女が、顔だけ覗かせ目礼する。
クラハトゥ王国の首都ホーフドスタッドで、冒険者ギルドで
逆隣にちょこんと尻を乗せ、居心地悪そうに身を竦めているのはつい先週、出会ったばかりのおとぼけ娘。
こう見えて凄腕のサムライマスター、サザンカである。
「イアン殿っ」
落ち着かなさげな同い年の少女は、こちらを見てぱっと顔を輝かせた。
そのまま腰を浮かせかけたところ、ネスケンス師のステッキでぴしりと叩かれて、顔を強ばらせたまま着座し直す。短い間に、すっかり教育されちゃってるなあ。
そんな中アレクシアたちにヘレネーナまで加わったものだから、部屋の中の男女比が凄いことになった。
巨体のエンリと長身のゴスは屋外で待機しているので、余計にだ。男は老人二人と俺だけかよ、落ち着かねえなあ。
とりあえずアレクシアたちを長椅子に座らせて、俺はその背後に。
腕を組んでしなだれかかってきたヘレネーナは、無言で張り倒して扉の前で正座させる。空気を読め。
「さてさて、通信機じゃ触りしか聞けなかったし、時間もない。とっとと決めることを決めようじゃないか」
寡黙な教皇に変わって、ネスケンス師が場を仕切った。
通信の魔道具は通話時間に限界がある上、あまりに長距離だとその限界が更に短くなる。かといって中継点を介して伝言を頼めば、情報を知る者が増えてしまう。
人口に膾炙することないよう、敢えて内容を制限して伝えたというのに、皆がここに集結してくれたことに感謝した。
生命樹教会に魔術師ギルドに冒険者ギルド、特定の国家以外で魔王に対抗する世界的組織の、そろい踏みだ。
メリッサだけちょっと立場は弱いけど、冒険者ギルドは横の繋がりこそあれど縛りが緩いからな、たとえドッシ本人が来てもあまり状況は変わらない。
それではなぜサザンカまでいるかというと、エンパシエの巫女姫の名代だ。
これからの作戦は、彼女の能力があってこそ成立する。
連合軍には飛空艇で侵攻すると伝えておいてなんだが、実は『羽根瓢』を出してもらったのも、陽動の一環である。
俺たちは〈
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