12-5 作戦


 再会してから、一週間。


 俺たちはラングポート首長国の北西端、オンバリエラ城塞にいた。

 ここはかつてのフォタンヘイブ王国領との国境を守護する砦であり、現在は魔王軍の占領地に接する、防衛線の要だ。


 無論、魔団レギオンごとに野放図に移動する魔王軍を、ひとつの砦で防ぎきれるわけはない。

 世界各地から集まった連合軍は、オンバリエラを中心に所属国家単位で陣を敷いて、各所の侵攻を受け止めているというのが現状である。


 だがその日、荒涼とした大地を見下ろす石造りの大広間には、各軍の指揮官たちが勢ぞろいしていた。

 そればかりでなく近隣国家の大使、更にはラングポート国の絶対君主たる首長アミールの姿もある。


「いよいよもって、反攻作戦の火蓋が切られるわけだが……考え直してはくれぬか」


 首長ラジュマン・アル=アジームは猛禽さながらの鋭い目でアレクシアを見据え、要請の言葉を、まるで命令であるかのごとき高圧的な口調で放った。


 髪と一体化したような立派な髭が印象的な、強面の壮年男だ。

 砂漠の民に特有のゆったりとした白い服越しにも、鍛え上げられた体格が窺い知れ、王というより戦士の長といった雰囲気がある。


 対する勇者とその左右に並び立った二人は、大広間に集まる男たちの誰よりも可憐で、華奢かつ幼い。

 実情を知らぬ者からすれば守られるべき、か弱い少女にしか見えないだろう。彼女らの背後に立った俺ですら、場違いな感じは否めない。


 だが俺たち四人こそが、ここに集った歴戦の益荒男たちの誰よりも、魔王の前に立つのに相応しい戦闘集団だった。


「いいえ、聞けないわ。あたしたち四人は、一直線に魔王の本拠を急襲する。みんなには、そのための足止めを頼みたいの」


 むくつけき男どもに囲まれても怯むことなく、アレクシアはきっぱりと告げる。


 そう。俺たちはとうとう魔王軍の最奥、元フォタンヘイブ国の首都エクゾヴィールに攻め込むことを決意した。

 敵の主戦力である新大陸の魔物は尽きることなく、手をこまねいていて敵の数が増すことはあっても、減ることはない。


 であれば敵の親玉を直接に叩き、指揮系統を崩壊させるのが最短の解決策だった。

 もちろんこの作戦の危険は大きい、難攻不落のエグゾヴィールにどれだけの戦力があるのか、魔王がどこにいるのかも判然としないのだから。


 そのあたりを解決する手段がなかったため、俺たちも以前は世界各地の戦力を結集させて、少しずつ敵の戦力を削る算段でいた。

 前線を押し上げ、エグゾヴィールを包囲することを最終目標としたのだ。卑近な喩えだが、芯が出るまで甘藍の葉を剥くようなものだな。


 しかし前線から遠い国では厭戦気分が広がっており、戦力の出し渋りも増え始めているという。

 ラングポート、ロンドベジン、レイブーダの三国は当事者だから戦意こそ高いが、兵の損耗は大きく多くの避難民を抱え、国力は落ちるばかりだ。


 国土の広いラングポートなど、一度ならず魔王軍に国土を横断され、内陸国への侵攻を許している。

 現に俺たちが小国ミーランを解放するまでは、魔王軍の支配する回廊地帯が形成されていた。


 まあ、そのミーラン解放があったからこそ、ラジュマン首長も俺たちの言葉を尊重してくれるのだが。

 普通は冒険者の言うことなど良くて黙殺、悪くすれば強制的に軍の指揮下に放り込まれる羽目に陥る。


 そうではなく、連合軍の反攻作戦において司令部に腰を据え、全体の指揮を補助してほしい……というのが首長の要請だった。

 一介の冒険者に対しては、破格の待遇といえる。


 そして実際、理にかなった提案といえた。

 勇者や聖女の存在は兵士たちを鼓舞するだろうし、魔女の戦略級魔術は集団を相手にしてこそ最大の効果を発揮するはずだ。


 しかし、それでも。


「正面からぶつかりあっては、魔王の喉元に食らいつけるまでに、どれだけ犠牲が出るかわかりません」

「言い方は悪いけれど、敵の本拠地に潜入しての暗殺こそ、勇者の本分だよ」


 マルグリットが兵たちを気遣う一方で、キャロラインは皮肉を口にする。

 なるほど初代勇者を例に取るまでもなく、世界各地の冒険譚の主人公たちの多くが、少人数で敵の親玉を仕留めているものな。


 体裁の話以外に、魔王が有する異能の問題もあった。

 やつが睨むだけで死体の山が出来上がるし、あいつの命令次第じゃただ無力化されるだけでなく、同士討ちの可能性もある。


 これまでは前線に出てくることがなかった魔王だが、勇者一行が反攻作戦に加わるとなれば、話は別だろう。

 送り込んだ使い魔だけでなく部下の肉体にも宿れるなんて、反則もいいところだ。


 アレクシアたちがレイブーダの軍船に乗って氷山の上で戦った経緯は、帰路にひとまず落ち着いてから、聞かせてもらっている。

 あの戦いで魔王の手応えがおかしかった理由が、使い魔でなく十二天将の体を借りているとは意外だった。


 しかもそいつは屍王リッチだったとか、情報量が多すぎる。

 聖女の〈鎮魂ターンアンデッド〉でまとめて浄化できたと思いたいが、当の彼女自身が確信はないと言っているので、真相は闇の中だ。


 ともあれこの地方の魔王軍の前線指揮官、情報によると“銀詠ぎんえい”ゴーリックか、やつも魔王に乗っ取られる可能性は高い。

 そうなったら、どれだけの死者が出るか、わかったもんじゃなかった。


「逆に言うと、あたしたちが魔王を引きつけることで、みんなは真っ当に戦えるの。そうなれば、あなたたちは簡単には負けない。でしょう?」


 挑発するかのように、アレクシアはにやりと笑って周囲を見回す。

 ラジュマン首長が、各軍の指揮官たちが、咄嗟には答えられず息を飲むが──やがて、彼女の眼差しに宿る炎を映したかのごとく、瞳に火を灯らせる。


「年端もいかぬ少女を生贄に差し出す、とも取れる行いだ。それを、認めろと?」

「ええ。役割分担は、冒険者の基本だもの」


 押し潰すような圧を発する首長の言葉を、なんでもない風に受け止める勇者。


「我々は軍だ、冒険者とは違う。……だが、戦力の効率的な配置は、戦略の基本か」


 なお不満を露わにしつつも、それでも首長は手を広げ、肯定の意を示した。

 さすが何年も魔王軍とやり合っている国の長だ、物わかりがいい。


「……これが、貴国の誇る勇者か。なるほど、大した胆力だな」

「そうでしょうとも。四天王のうち三体までを撃破したのは、伊達ではありません」


 クラハトゥ王国から派遣されている騎士が、誇らしげに答える。

 彼は“黒烈こくれつ”戦でも見かけたな、今はラングポートに来ていたのか。


 ともあれ俺たちの提案は受け入れられた、反攻作戦は各国の軍だけで実行してもらい、勇者一行は魔王軍の本拠に直接向かう。

 まだ何人か不服そうな指揮官がいるのは仕方ない、キャロラインの大魔術を当てにしていたんだろうしな。


 だが彼女が前線に出るとなると、必然的にアレクシアもついていかざるを得ず、そうなると魔王が出現する危険が高い。

 かといって下手にパーティを分けて、仲間の誰かを欠いた状態でツバサを相手取るのも危ない。


 結局アイハラ猛撃隊はひとかたまりで行動するのが、最善と言えた。


「それで勇者殿、エグゾヴィールに向かうとして、足はどうする。まさか徒歩や騎馬で、魔王軍の陣を突っ切るわけでもあるまい」

「その件につきましては、わたくしがご説明さしあげますわ!」


 首長の問いに対し、まるで待ち構えていたように──実際、聞き耳を立てつつ身を潜めていたわけだが──声が上がる。

 なにごとかと音の源に向けられた視線の先、広場の一角にわだかまる影から、巨乳の美女が現れた。


 当人たっての希望で登場する頃合いを計らせてやったら、このタイミングでぶっ込んで来やがったよ、相変わらず目立ちたがりなやつだ。


 黒地に炎模様のビキニで肌を晒しつつも手足は革鎧、という倒錯的な格好に、広間の男どもの視線は釘づけだ。

 アレクシアたちもかなり露出は多い方だが、さすがにあそこまで破廉恥ではない。


 赤い縦ロールの髪から伸びる三日月型に湾曲した立派な角の下、“天の火ガーンデーヴァ”ヘレネーナ・ラッセルは、艶やかな笑みを浮かべた。

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