12-9 緋惨


 ザックスのやつもそうだが、キールストラもなぜ俺に拘泥するのかね。


 少々成長しようが神人になろうが装備を向上させようが、俺は所詮、支援職だ。

 我がパーティで真に警戒すべきなのが誰かなんて、わかりきっているだろうに。


「くそッ! 我ハ、りゅーぜノ、こばっくノ、ぶーげんノ、仇を討たねバ……!」

「その意気は買うけどね。討たれてやる義理はないのよ」


 突き立てんとした白獅子の牙は弾かれ、組み替えられ連結した腕の骨が切断され、凝り固まり刃と化した闇は吹き払われた。

 防戦一方の“緋惨ひさん”が苦し紛れに繰り出す反撃は、アレクシアにまるで通用せず、それどころか生まれた隙につけ込まれるだけに終わっている。


「何故だァッ! 二人の遺志を背負った我ガ、貴様ひとりニ、負けるわけがァッ!」


 やり方が間違っているんだよ、そう助言してやりたいくらいだった。

 たしかに仲間の遺骸を移植することで、攻撃力や魔力は底上げされただろう。


 だがザックスの強さの本質は、肉体を組み替え柔軟で多彩な攻撃を繰り出してくることと、飛翔による高空からの一方的な蹂躙だ。

 肉体構造を“蒼葬そうそう”に縛られ、攻撃の選択肢を“白撃はくげき”に依存していては、どちらも生かし切れない。


 その上、全身全霊で勇者を倒そうとするのではなく、どうにか彼女を突破して、俺を狙おうと足掻いているのだ。

 それじゃあ、アレクシアにとっては思わぬ一撃を警戒すればいいだけの、取るに足らない雑魚に成り下がる。


「お前は強くなった、四天王じゃ最強かもしれない」


 大剣『吹き散らすものエクスティンギッシャ』から、翼状に魔力が吹き上がった。

 咄嗟に距離を取る“緋惨”、援護すべく突進してくる“灰滅かいめつ”、掲げた両手の先に巨大な氷の柱を浮かべる“緑道ろくどう”。


 キャロラインが放った無数の火球によって氷柱は蒸散し、マルグリットの生み出した壁を巨大甲冑は打ち砕くことができない。


「だけどもう、あたしの方が、強い」


 そしてアレクシアの振り下ろした大剣から伸びた光は、竜の尾のごとく太く長くしなり、空中へ待避したザックスを打ち据えた。


「がッ……!」


 そのまま大階段に叩きつけたところで、魔力が弾ける。


「ゴああアあァアッ!?」


 無音の爆発が闇翅鳥グルルの骨を砕き、青い肌の女の骸を熔かし、白獅子の頭を灼いた。

 まるで太陽を押しつけられたように、“緋惨”の体が融解していく。


 光に溶けていく肉体の中で最後まで残った鳥の頭蓋、虚ろな眼窩に灯った禍々しい赫光が、恨めしげに俺を向いて瞬き……そして、消えた。


 * * *


「――BEAT――!」


 ザックスの消滅よりわずかに遅れて、上空に聖女が張っていた障壁が、音を立てて割れ砕ける。

 いや、割れたり砕けたりするようなものではないのだが、なぜかガラス板のように魔術の壁が破壊されたのだ。


 それを成すのにどれだけの力を振り絞ったのか、ティ=コの両拳にひびが入り、五指は折れ曲がっている。

 常に一定の調子だった音声に勢いがあることからも、やつなりに憤り、力を振り絞ったのだろう。


 背中から噴き出す炎を全開にし、錐揉み回転しながら突っ込んでくる“灰滅”。

 大威力の攻撃を解き放った直後で脱力していた勇者は、迎撃より回避を選んだ。床を蹴って後方へ跳躍し、広間に着地する。


 一方で大階段の踊り場は度重なる攻撃や衝撃に耐えかねて、とうとう崩壊した。

 階段全体が傾く中、纏いつく瓦礫を弾きながら空中に戻るティ=コ。


 揺れる足場を厭って階下へ降りつつ、なお俺と斬り合いを続けていた“金忌きんき”は、兜の奥から忌々しげに漏らす。


「ちっ、所詮は魔物かっ」

「先輩に対する口の利き方じゃあねえな」


 他の三体を後目に俺の方にかかりきりだったわけだが、むしろ俺なんざ放っておいてアレクシアに集中していた方が、ザックスの寿命も延びたろうに。

 といってまあ、それが狙いでわざわざ不得手な接近戦を続けていたんだが。


 さて、四対四の均衡が崩れたならば、いつまでも前衛職の真似事をしている必要もあるまい。


 俺は十握凶祓トツカマガハラエを振ってキールストラを牽制すると、左手の格納庫手ガントレット・オブ・ホールディングから鉤縄を撃ち出して、上階の手すりに引っかけた。

 縄を引き込みつつ跳躍し、一息にその場を脱する。


「待てっ」


 待つかよ。上階に移動した俺は床を蹴り、ソーマに迫った。

 呪文合戦じゃ魔女に一歩劣っているが、あいつが最大の脅威であることに変わりはないと、俺は踏んでいる。


 大魔術には戦況を引っくり返す力があり、魔王との決戦を控え全力を出せないキャロラインと違って、あいつはこの場を死守するつもりのはず。

 味方を巻き込んで広範囲呪文をぶっ放すとか、自爆まがいの攻撃で周囲ごと陥落させるとか、手段を選ばなければ俺たちを妨害する方法はないわけじゃあない。


 懐から投げナイフを抜いて、緑肌の術師に投擲しようとした俺だったが、背後に殺気を感じて慌てて身をひねる。

 不可視の“金忌”が普通に空中を疾走し、追いついて攻撃してきやがった。


 咄嗟にナイフの標的を背後の気配に変えるが、投じた刃はキールストラがいるべき場所をすり抜け、天井から吊り下がるシャンデリラの残骸に当たった。

 ただ不可視なだけでなく、物理的な干渉は全て透過するのか。


 どうもこいつの能力は、目標まで障害や高低差を無視して移動するもののようだ。

 空間転移よりは飛翔能力に近いが、姿を消したまま移動できる上に物理攻撃は通用しない、と。


「厄介だな」

「厄介? その程度に、私を語るな。戦慄しろ、恐怖しろ、絶望しろ、慨嘆しろ!」


 姿を現した黄金鎧は言葉を区切りながら、連続して突きを繰り出してくる。

 消えていられる時間には限りがあるのか、足を止めると効果が途切れるのか。


 俺は右に左に刺突を避けつつ、努めて冷静にやつを観察し、勝機を探っていた。

 障壁や魔術を切り裂く十握凶祓であれば透過には対抗できるが、技量の差もあって、決定打を与えるには至らない。


 紅天羽衣フーリーショールで上空に逃げるか? 屋内とはいえ、この場所の天井は十分に高い。

 退避してあたり一帯を魔女に焼き払ってもらうのが最適解、そう思えるけれど、隙を突かれてキャロライン自身を狙われては本末転倒だ。


 アレクシアが“灰滅”を押さえてくれれば、マルグリットの手が空く。“緑道”がなにかやらかしても、被害は押さえられるか。

 あの巨大甲冑はさすがに、俺じゃ止めようがない。となると結局、目の前でちらちら出たり消えたりしている金ピカ野郎は、俺がなんとかするしかないってわけだな。


 よし。なら、なんとかしよう。


 俺は十握凶祓の中間、鍔めいて広がった柄と刃の接合部あたりを左手で掴み、背後に回した。

 右手には〈魔具隷従〉で改造した魔剣を逆に持って、前方へ突き出す。


「……なんのつもりだ?」


 訝しげに問われるが、なんのもなにも、ただの時間稼ぎである。

 いかにソーマが優れた魔術師でも、ティ=コがでたらめな体を持っていても、聖女と魔女を従えた勇者にかなうわけがない。


 魔王がこいつらの誰かを乗っ取るにせよ、この場に人質にされる者はいなかった。

 であればツバサの攻撃をしのぎつつ、他の二体を各個撃破することは可能だろう。


 つまり俺の役目は、こいつキールストラがうちの後衛職を狙わないよう、引きつけること。


「そんなもので、私の剣を止められると思ったかっ!」

「止めるなんて、誰が言ったよ」


 怒りと侮りが半々、といった調子で声を荒げながら、黄金の剣が繰り出される。

 相変わらず激しやすいやつだ、むしろ魔族マステマになって悪化していないか?


 一撃一撃が必殺の勢いを持って繰り出される細剣を、手製の魔短剣でさばいた。

 意識の九割は眼前に集中させつつも、残り一割で戦場の様子を確かめる。


 崩れた大階段の上で、蛇のごとく炎の群れが踊っていた。

 その中心に浮かぶ巨大甲冑は、炎に炙られながらも痛手を受けた様子はない。むしろ熱量を力に変えるかのごとく、体を広げ、折れた指を握って拳を打ち合わせた。


「――CHARGE――」


 遷祖還りサイクラゼイションでもするのかと思ったものの、様子がおかしい。

 そもそもあいつ、鎧の中身はなんの種族なんだ? 奇怪な魔道具をいくつも装備しているが、正体が知れない。


 階下で足を踏ん張ったアレクシアは、予想外の攻撃を警戒してか不用意に突っ込まず、その場で大剣の魔力を高め斬撃を放った。

 剣の軌道に沿って生まれた三日月のような光が、狙い過たずティ=コを直撃する。


 しかし取り囲む炎の群れともども、光もまた甲冑に吸収される。

 表面の装甲が白熱し、ただでさえ大きな体は、さらに膨れ上がった。


「――CHANGE――」


 そして甲冑の前面が、勢いよく開く。

 一瞬だけ階下に向かって動きかけ、なぜかその体をぐるりとこちらへ向けた。


 鰐の口のごとく大きく開き、あらわになった甲冑の中身は、空っぽだ。

 がらんどうの鎧になにかが憑いていたのか、あるいはそういう魔動兵ゴーレムだったのか。


「どこを見ているっ!」


 呆けた俺に“金忌”が突きかかってくるが、お前こそ後ろを見た方がいいぞ。

 俺は細剣の先端をかわしがてら後方へ跳び、拒馬の拳鍔パリサイド・ナックルで床を殴りつける。


 大理石めいた素材が変形し、槍となって直上へ伸びた。

 にわか作りの柵越しに、なおなにか喚こうとしたキールストラの背後で、ぞわりと不吉な気配が生まれる。


「待てティ=コ! まだ、早」

「――ABSORP――」


 ソーマの言葉は最後まで発されることなく、瞬く間に接近してきた“灰滅”が、俺に向かっていた……無防備な背中を晒していた、黄金鎧の背後に浮かび。


「え?」


 間抜けな声を上げた“金忌”を、己の内側に呑み込んだ。

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