12-8 黄金


 ダンスクラーン城。かつてフォタンヘイブと呼ばれた国の王族が暮らし、尚武の気風をもって首都エグゾヴィールを治めていた、難攻不落の堅城と伝え聞く。


 だが魔王軍の侵攻によりたった三日で陥落し、王族は全滅。

 住人の大半は殺されるか奴隷にされ、城下は今や魔物がはびこり魔族マステマの闊歩する、この世の地獄と化した。


 壮麗な白亜の城はいびつな増改築が施されて、禍々しい偉容で周囲を圧している。

 巫女姫の幻視によれば魔王のやつは今、この城の中央に位置する天守キープの最奥、かつての玉座の間に居るらしい。


 その一階層下、大階段に臨む広間の片隅に、俺たちは〈境門イセリアルゲート〉で転移した。

 最初は魔王の間に直に乗り込むつもりだったのだが、結界のようなものに阻まれ、門の出口を作れなかったのだ。


 最初という意味ではそもそも、馬鹿正直に乗り込むのではなく、〈隕星メテオストライク〉をキャロラインが連発して城ごと敵を屠る案も出た。

 しかし城内にも城下にも奴隷として働かされている人間がおり、彼らを犠牲にするわけにもいかないからと、直接対決を選んだ経緯がある。


 改めて見回すと吹き抜けの広間は舞踏会が開けるほど広く、玉座の間へと続く大階段には毛足の長い赤い絨毯が敷かれ、磨き抜かれた床には塵ひとつ落ちてない。

 天井からは豪奢なシャンデリアが下がり、柱や広間を見下ろす上階廊下の手すりなどには、優美な彫刻が施されている。


 奈落の洞窟のように変異した姿を想像していたが、意外なほど真っ当な城内の様子に、少々拍子抜けしてしまった。

 考えて見りゃ魔王といえども王は王、わざわざ見栄えが悪く移動しにくい改装をしたり、不潔なまま放置しておく道理もないか。


 ともかく大階段を昇りまっすぐ進めば、玉座の間だ。

 逸る気持ちを抑えるように、慎重に移動を開始した俺たちだったが──すぐに、足を止めざるを得なかった。


 大階段の踊り場と、上階への入口。それぞれに二つずつ、計四つの光の柱が出現し、光の収束とともに四体の魔族が現れたためだ。

 階下からは窺えないが、転移の魔術陣でも刻んであったのか。


「どうやって監視や警備をくぐり抜けたは知らぬが、ここを通すわけにはいかんな」

「──BLOCK──」


 上階の入口にて冷えた視線で見下ろしてきたのは、長い銀髪に尖った耳を覗かせる、緑色の肌を持った小柄な女。

 その隣に立つ、妙に部品の多い甲冑で全身を覆った巨漢は、以前と同じく無機質な唸りを発する。


「よもヤ、無傷で辿り着くとハ……やはり勇者おそるべシ、といったところカ」


 赤い外骨格に全身を包んだ、左手が獅子の頭と化している、青い肌の美女。

 そんな風に見える異形の魔物が踊り場に立ち、兜状の鳥の頭蓋から、怒りと恨みに満ち満ちた声を漏らす。


 そしてその隣には、上階の巨漢と同様、全身鎧に身を包んだ長身の人物。

 ただしこちらの鎧は細身かつ生物的な形状で、なんともド派手なことに、全てが黄金色に輝いていた。


「アレクシア様、マルグリット様、キャロライン様。再会を待ち望んでおりました」


 恭しく一礼した黄金鎧の、竜を模したと思しき兜の奥から、聞き覚えのある軽薄な声が聞こえる。


「……まさか」

「魔王様より十二天将“金忌きんき”を拝命いたしました、キールストラでございます。改めまして、よしなに」


 顔をしかめる勇者に対し、黄金鎧はこれまた金色の細剣レイピアを抜き、優雅に構えた。


 * * *


「いあぁぁっんッ! 今度こそォッ!」

「させないっ」


 異形の闇翅鳥グルル、“緋惨ひさん”ザックスが両腕から闇を噴出し、身を踊らせる。

 呼応するように大剣『吹き散らすものエクスティンギッシャ』から魔力を吹き出させたアレクシアが跳躍し、俺に襲いかかるところへ立ちふさがった。


 一方の黄金鎧、“金忌”を名乗ったキールストラは滑るような足取りで大階段を下り、俺に対し細剣を突き込んでくる。


「ははは、ずいぶん様変わりしたじゃないか、支援職っ!」

「そりゃこっちの台詞だよ“黄金剣ノートゥング”っ」


 既に〈獣性解放メタモルフォシス〉済みの俺は、以前より更に速度を上げた鋭い刺突を身を捻ってかわし、上階の二体に目をやる。

 甲冑の巨漢、“灰滅かいめつ”ティ=コは、なんと背中から炎を吹いて空中を飛んでいた。なんなんだあいつは。


「〈氷瀑アイスフォール〉!」


 傍らにいた“緑道ろくどう”ソーマはといえば、詠唱もなしに高位魔術を放ってくる。

 だが精族アールヴの秘技を使いこなせるのは、やつだけじゃあない。


「〈聖壁ホーリーウォール〉!」


 砕けたシャンデリアとともに、頭上から降り注ぐ無数の氷の槍。

 それが遷祖還りサイクラゼイションしていた分で一瞬遅れて発生した、聖女の光の壁に阻まれる。


 ソーマの呪文に合わせて後退するつもりだったのか、ザックスもキールストラも中途半端に距離を取った。

 逆に入れ替わるよう飛んできたティ=コを、勇者が大剣から生み出された光の斬撃が迎え撃ち、空中で釘づけにする。


 期せずして敵の前衛職が大階段の踊り場に集まったその瞬間、満を持して魔女の呪文が発動した。


「久遠の檻に囚われ氷れ、〈氷棺アイスコフィン〉!」


 階段の途中で足を止めた俺たちの眼前で、大質量の氷により対象を封じ込める魔術が、踊り場全体を包み込む。

 本来なら範囲に対してかけられる呪文ではないのだが、そういう常識はもう、今のキャロラインには通じないだろう。


 瞬く間に巨大な氷塊が形成され、三体の魔族がその中に浮かんでいた。これで動けなくなってくれれば、後は“緑道”をなんとかするだけだ。

 こいつらが現れた手段は不明だけれど、増援が来る可能性だってある、余計な邪魔が入る前に魔王の所に行かないと。


 しかし、先のことを考えるのは、まだ早いようだった。

 氷塊が震えたかと思うと“緋惨”が外骨格から闇を、“灰滅”が背から炎を噴き出して、周囲の氷を溶かしている。


「さすがに一撃で決めよう、ってのは虫が良すぎたね」


 背後で魔女のぼやきが聞こえるが、普通は〈氷棺〉に囚われたら内部から逃げ出す手段はない。

 現にキールストラの野郎だけは、身動きも──


「っ!」


 ふと視線を切った瞬間に金ピカは姿を消していて、魔力の流れが俺の横を通り過ぎようとしていた。

 十握凶祓トツカマガハラエを横ざまに振るって、尺林豻貌シュリガーラの捉えた魔力を切り払う。


 刃が当たった途端、硬質な響きとともに虚空から黄金の鎧が現れた。

 鎧に付与された術式なのか魔族と化して得た能力なのか、とにかくこいつ、物質的な束縛を無効化する能力があるようだな。


 兜に覆われ顔は見えないが、舌打ちをしたような気配がする。

 俺を背後から刺すつもりだったか、無防備な後衛職を襲う気でいたか。いずれにしても、させねえよ。


「ははっ、やはり獣は鼻が利くなっ」

「手前が金っ気臭ぇんだよっ」


 内圧に耐えきれず氷塊が割れ砕ける、その飛沫を浴びながら俺はキールストラに追撃を加える。

 片やアレクシアは大剣から吹き上がる魔力を更に高め、ザックスとティ=コが完全に自由になる前に、まとめてぶった斬っていた。


「〈氷弾アイスブリッド〉!」

「〈火矢ファイヤアロー〉!」


 上階のソーマが無数の氷の弾丸を放つが、広間から魔女が射った火の矢によって、ことごとく撃ち落とされる。

 魔術を放つ速度自体は詠唱なしで発動できる“緑道”に分があるのだが、威力と応用力でキャロラインが圧倒的に勝るようだ。


「この程度デ……ぐッ?」


 先の飛ぶ斬撃をどうにか防いだ“緋惨”が、動きを止める。

 大剣を振り回す勢いのまま回転したアレクシアが、横から縦にと軌道を変えて、更なる連撃を打ち込んでいた。


 長大な剣をまるで小剣ショートソードのように軽々と薙ぎ、払い、ザックスに防戦を強いる。

 刹那たりとて目を離すことを許さない、峻烈にして変幻自在の猛攻であった。


「──PUNCH──」


 闇翅鳥を援護すべく空中で姿勢を整え直した“灰滅”が、両の拳を次々に打ち出す。

 初見では度肝を抜かれたが、こいつがそういう攻撃をしてくるやつだとわかっていれば、対処できない相手じゃない。


「〈封絶リパルション〉!」


 マルグリットの呪文によって勇者は白い光に包まれ、連続して着弾したティ=コの拳は敢えなく弾き飛ばされた。

 と思ったら切断面から炎を吹き上げて飛翔し、本体の下に戻って元通り装着される、便利だなオイ。


 その間にもザックスは縦横に振るわれる大剣を防ぐのに手一杯になり、空中へ飛んで逃げることもできないでいる。

 一方、俺はといえば階段を上へ下へ、華麗な剣さばきで多彩な攻撃を繰り出す“金忌”に翻弄されていた。


 正面から連続で突いてきたかと思えば、姿を消した上で背後に回り込んで切りかかってきたり、俺を置き去りに階下へ向かおうとしたり。

 異次元に潜って移動する〈潜界イセリアルジョウント〉に似ているが、なんの予備動作もなしに発動できる上、こちらから攻撃しないと姿が現れないというのは凶悪だ。


 神人になる前の俺だったら今頃、為すすべもなく切り刻まれるか、役目を全うできず後衛の二人を危険に晒していたことだろう。


「ははは、防ぐだけで精一杯かっ!」


 兜の下では、いつか見た侮蔑の表情を浮かべているのか。

 キールストラは場違いに陽気で、耳障りな笑い声とともに、なぶるように細剣を振るってきた。


 扱いづらい十握凶祓で必死に抵抗するが、劣勢は覆せずにいる。

 じりじりと階段を降らされ、広間に追いつめられていく、その中で俺は──


 密かに、ほくそ笑んでいた。

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