8-6 惨事


 藍之家に荷物を置いてひと休みしていた面々を引き連れて、俺たちはお化け水瓜を遠巻きにしていた。


 先ほど“紡ぎ手スピナー”から聞いたとおり、蔓の這った位置まで近づくと、それが伸びて足に絡みつこうとしてくる。

 といっても、子供並みの身体能力しかない犬人コボルトたちでさえ悠々逃げられる速度だ、捕まるはずもない。


 逆に捕まったらどうなるのか、という好奇心も湧くが、まあろくなことにならないのは確かだろう。

 特に今は、全員が揃いもそろって軽装だ。


 アレクシアの指示により、水着着用を命じられたからである。

 そんなものすぐ用意できるわけがないと思ったのだが、なぜか様々な種類と大きさの水着が藍之家には揃っていた。


 いや、『なぜか』もなにもないわな。変態、もとい初代勇者の仕業だろう。


「それで、『スイカ割り』ってのはなんなんだ?」


 暑さでげんなりしている面々を前にひとり元気な、紐なしで胸元にも切れ込みの入った青いバンドゥビキニのアレクシアが、弾けるような笑顔で言う。


「水着を着て、目隠しをして、鈍器のみでアレに挑むのよ! 異世界の修行法らしいわ!」

「ああ、なるほど。魔力の感知と効率的運用の訓練、というわけですね」


 ワンピース型だが襟元や腹の部分が透かし模様になっている、デザインは可愛らしいが意外に露出が多い若草色の水着に身を包んだマルグリットが、得心のいった表情で手を合わせた。


 たしかに肌を晒し防御力の落ちた状態で、武器も鈍器のみでは、魔力を用い肉体や武器を強化するしかない。

 その上で目隠しまでしたら、敵の位置を捜すにも周囲を探るにも、五感だけでなく魔力が重要になるだろう。


「理にはかなっているけど、後衛職にはキツくないかい?」


 ハーフカップのブラとボーイズレッグのショートパンツの組み合わせで、くびれや長い足を見せびらかすような、セクシーな紫色の水着のキャロライン。彼女が問うと、勇者はお化け水瓜を指さした。


「だからこそ、ああいう鈍くて大きな敵が向いているのよ」


 アレクシアの言うとおり、あいつなら蔓さえ避けられれば、後は頭をぶっ叩くだけだ。

 牙や爪が生えているわけでもなく、危険は少ないだろう。


「趣旨は理解できましたけれど、わたくしたちも参加するんですの?」

「こういうのは大人数でやった方が、盛り上がっていいんじゃない?」


 修行に盛り上がりとかいるかなあ? 髪の色に合わせた真紅のマイクロビキニで普段以上に肌を晒したヘレネーナと、桃色地に白水玉模様のワンピース水着のファビアナが、のんきに会話をしている。


 しかしファビアナ、腰部がフリルスカートのように広がったその水着のデザイン、明らかに幼女向けなんだがいいのか。外見にはこれ以上ないほど似合っているのだが、四児の母だと知ってしまうとなんだか申し訳ない気持ちになってくる。

 まだ見ぬ彼女の子らよ、お母さんに変な格好をさせてしまって、すまない。


 それにしても、タイプの違う美少女や美女が肌も露わな水着姿で集合しているというのは、実に眼福な光景である。

 なお男三人の水着は色と大きさが違うトランクス型であるが、どうでもいい。


 あと、ネスケンス師は特に着替えもせず、日傘を差して面白そうにお化け水瓜を眺めていた。

 その傍らでなぜか魔狼ワーグとぶち白黒の三人組がうずくまっているのは、敬老精神を発揮しているんだろうか、単に巻き込まれたくないだけか。


「それじゃあ、順番に行きましょうか」

「となると、ボクからかな」


 一番こういうのに向いていなさそうな魔女が、真っ先に手を挙げた。

 まあアレクシアやエンリじゃすぐに終わってしまいそうだし、全員がひととおり参加するなら、その方がいいいか。


 飾り気のない棒を渡され、手拭いで目隠しをされたキャロラインは、おっかなびっくり歩を進める。

 しかしその途端に、石でも踏んだか足をもつれさせた。


「っと、〈安定スタビリティ〉」


 姿勢を保ち転倒を防ぐ呪文を、詠唱を省略して放ち、体勢を立て直す。

 さすがだなと感心する反面、それじゃ訓練にならないだろうとも思った。


「こらキャロ、魔術を使っちゃダメでしょ」

「ごめんごめん、つい無意識にね。とはいえ剣士が剣先で相手を探るように魔術師が魔術で姿勢を保つのは自然なことで、むぐっ」


 屁理屈を垂れていた口が塞がれ、勇者によって猿ぐつわが噛まされた。

 手ぬぐいを結んで作った瘤を噛ませて後ろで結んだだけだが、むぐむぐ言うばかりで呪文が放てないのは間違いない。


「おい……絵ヅラがものすごい犯罪くさいぞ……」

「おかしいわね、作法にのっとっているはずなんだけど」


 水着姿で目隠し猿ぐつわって、どう見てもこれからいかがわしいことをされます、という風に見える。

 された本人は開き直ったか、棒を構えてふらふら歩いているが。


「キャロ、そのまままっすぐです!」

「むぐっ」

「足下、蔓が来てますわよ!」

「むぐーっ!?」


 あ、釣られた。足だけでなく腕や胴にも蔓が絡みついて、あっという間に拘束されてしまう。

 ちょっとエロチックな光景だが、それを楽しんでいる場合じゃないな。


 俺は短剣を抜いて駆けつけ、足の付け根に這い寄ろうとしていた蔓を引き剥がすと、他は切り裂いた。

 俺にも絡みつこうとする蔓を踏みつけて、魔女を横抱きにし安全圏まで撤退する。


「大丈夫か、キャロ」

「ちょ、ちょっと焦ったよ」


 猿ぐつわと目隠しを取ってやると、涙目で荒い息を吐いている。

 きゅっとしがみついてくるので、なるべく優しく頭を撫でてやった。


「キャロ、仇はとりますっ」

「そういう話だっけ!?」


 なぜか意気込んで自分から目隠しを巻くマルグリットに、勇者は思わず、といった調子で声を上げる。

 命の危険はなさそうなのと、護身の技を鍛えるいい機会なのはたしかなので、『スイカ割り』大会は続行されることになった。


「い、イアン。危なくなったらキャロみたいに、助けてくださいねっ。むしろ今すぐ助けてくださいっ」


 さっきの勢いはなんだったのか、聖女は生まれたての子鹿みたいにぷるぷる震えながら、やたらとごつい錫杖を構えている。


「おい、こっちに向かってくるな、あっちだあっち」

「そんな、冷たいですっ!」

「そういう問題じゃない、杖を振り上げるな!」


 怖がりすぎてパニックを起こしかけているようだ。仕方なく正面から抱きしめ、背中を叩いて落ち着かせる。


「はうー。この感触と匂いは、紛れもなくイアンです」


 押しつけるな、嗅ぐな。『ついでに味もみておきましょうか』とか小声で呟くな。

 まさかこいつ、初めっからこれが狙いだったんじゃなかろうな。


 ヘレネーナたちや犬人たちもいるんだ、おかしな気分になるわけにもいかんだろう。

 と思っていたら、俺の足が蔓に絡まれて、聖女ごと逆さ吊りにされた。


「イアン、これどうなってるんですか? なにが当たってるんですか? 杖、杖は」

「こら、じゃない、握るな!」


 せっかく落ち着きかけたマルグリットがまた混乱し、ばたばた暴れ回る。

 うっかり落とした錫杖を空中で掴み直そうとして、まるで違うを掴んできたりした。硬さが違うだろ、すぐわかれ。


「あーあー、なにやってんの」


 呆れ顔のアレクシアが、剣も抜かず素手で蔓を引きちぎってくれた。真っ逆さまに落下しかけるが、そこは上手く姿勢を整え着地する。

 ぜえはあ浅い呼吸を繰り返している聖女の目隠しを解いてやり、まだしがみついてくる背を何度もさすってやった。


「思った以上に怖かったです……」

「ね。これ、やられてみないとわからないよ」


 しょげるマルグリットの頭を撫でながら、魔女も同意する。

 まあ目隠しされて拘束されて振り回される、なんて経験は普通ないものな。俺はガキの頃から数々のトラブルに巻き込まれ、散々そういった目に遭っているから、慣れっこなんだが。


 次に挑戦したファビアナはどうにか本体に接近するも、非力すぎて有効打を与えられず。


 ゴスは目隠しされても意に介せず、すたすた歩いて攻撃体勢に移ったため、修行の意味がないと物言いが入った。


 エンリは目隠しをされたら明後日の方向に駆け出し、なにもない地面をぶっ叩いて大穴を空け、ヘレネーナに説教されている。

 その牛娘は。


「あ~れ~! お助けくださいま~し~!」


 むしろ自分から蔓に捕まりにいったように見えたが、まさかなあ。

 ぬるっぬるに絡まれても、なんだか楽しそうな嬌声を上げる。ただでも布面積の少ない水着がずれてめくれて、大変なことになってしまっていた。


「……助けないの?」

「……いや、このままだとどうなるのかなあ、って好奇心が」

「わかる」


 というわけで皆で見学していると、蔓にどんどん引き寄せられていき、牛娘の体は水瓜の口と思しき穴まで運ばれた。

 だが犬人でさえ丸呑みするには苦労しそうな大きさだ、彼女の豊満な長身はどうにも納まりきらず、四苦八苦している。


「あの、本当にお助けくださいましっ。さっきから固柔らかいものが、がしがしぶつかってませんこと!?」


 縦にしたり横にした挙げ句、どうにか真っ直ぐに飲み込める状態にしたあたりで、ゴスが飛び出して斧で蔦を切断した。

 あられもない姿勢で地面に突っ伏した彼女を、素早く回収して戻ってくる。


 目隠しされたまま粘液まみれになっているヘレネーナを、さすがに気の毒に思ったかキャロラインが水を作り出して洗い、マルグリットが浄化の呪文で清めてあげていた。

 大騒ぎしたわりにお化け水瓜は健在で、こっちは半数ばかりが酷い有様だ。


「なんか大惨事ね。もっとこう、修行っぽい感じになるかと思ったんだけど」


 アレクシアは気まずそうだが、酷い目に遭った連中は皆ノリノリで挑んだんだし、気にするほどのこともなかろう。


 いよいよ自分の番となった勇者が、目隠しだけでは有利すぎると言い出したので、ついでに足と手首も縛ってやった。

 これなら足を揃えて跳びはねるしかないし、いくら彼女でも一撃で成功とはいかないだろう。


 と思いきや、アレクシアは縛られたまま持たされた棒を振り上げると、ひとっ跳びで水瓜の上空に達する。


「ていっ」


 そして、気の抜けた声とともに打ち据えられた水瓜は、哀れ一撃で粉砕された。

 噴水のように撒き散らされた赤い汁があたりに降り注ぎ、地面と俺たちを濡らす。日傘を差していたネスケンス師を除いて、べたべたに濡れてしまった。


 なんだったんだ、この催しは。


 なお割れ砕けた水瓜の中身を試しに食ってみたら、普通に瑞々しくて美味しかった。

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