1-2 告白
追放されたい、との要求を突っぱねられてしまい、俺は宿の部屋で懊悩していた。
ベッドがひとつにチェストと椅子に水桶、以上、という狭くシンプルな部屋だ。
少女たちには宿で一番の大部屋を貸し切ってもらっているが、俺はこれで充分。
「どうしたもんかなあ」
薄い布団の敷かれた、きしむベッドに寝転がって呻く。
ランプに照らされた天井の木目を視線でなぞっていたら、扉が控えめに叩かれた。
もう夜も更けて、わずかに開けた木窓から覗く街の景色も闇で覆われている。
こんな時間に誰だ、と不審がりつつ気配を探ると、どうやらアレクシアのようだ。
慌てて起き上がり、速やかに扉を開く。今は絶えて久しい習慣だが、無償奉仕が始まってすぐの頃は、夜中だろうが早朝だろうが遠慮なく呼び出された。
すぐさま駆けつけないと、罵倒の嵐を浴びせられたものだ。
内開きの扉を引くと、予想どおりそこには女勇者が立っていた。
先ほどまでのレオタードと異なり、淡いピンクのネグリジェを纏っている。寝間着の方が露出が少ないというのも、おかしな話だ。
「……入っていい?」
おずおずとした問いかけにも、隔世の感があった。
以前であれば、なにをするにも許可など求めなかったろうに、変われば変わるな。
普段なら『子どもは寝る時間だぜ』なんてからかうのだが、少女は不安げな眼差しでこちらを見上げている。
仕方なく招き入れると、彼女は無言でベッドに腰かけた。
いや、そこは椅子に座れよ。それじゃあと俺の方が椅子に座ろうとすると、アレクシアは無言で自分の隣を叩く。
じっ、と見つめられ、仕方なく彼女の左隣に腰を下ろした。
入浴して酒を抜いたのだろう、ふわりと甘い香りが漂う。
髪は乾かされているが、なんとなくしっとりとした艶があった。
「さっきは、強引に話を切っちゃったけどさ。イアンはもう、あたしたちと一緒にいるのが、嫌になったの?」
「ああいや……そうじゃなくてな」
きゅっと唇を引き結んで、青い瞳を揺らすアレクシアに、どう答えたものか。
そうだ、と応じれば多分、望みどおりに俺は追放されるだろう。
当初の、渋々ながら従わせ、不満を抱えながら従っていた関係じゃない。今の彼女なら、俺が心から頼めば、離脱を認めてくれるはずだ。
「嫌になったわけじあゃない。お前らの仲間でいられることは誇らしいし、必要だと言ってくれて、嬉しかった」
力不足なのも、間違いないけどな。
いくら努力しても追いつけない天賦の才というものを、毎日のように見せつけられると、引け目を感じる。
「じゃあ、なんで?」
腕を組むように身を寄せ、見上げられた。
近い、近い。そして二の腕が、柔らかな感触で包まれる。
俺たち
美醜の感覚は同一なわけで、つまり傍らの少女は、たいそう魅力的な異性なのだ。
「アレクシア、ちょっと離れてくれ」
「あたしにくっつかれるのは……き、気持ち悪い?」
目を潤ませ、涙声で問われた。
すさまじい罪悪感に襲われ、言わずにおこうとしていたことを、口走ってしまう。
「逆だ、逆! 気持ちいいし、興奮するから、離れてほしいんだっ」
「えっ!?」
絶句される。ああ、言ってしまった。
出会った当初の中性的で子どもっぽい容姿に、幼稚でわがまま放題の性格じゃ、惹かれる要素なんて欠片もなかった。
でも今は髪も伸び顔立ちも大人びて、体つきに丸みと柔らかみを帯びたため、いやでも『女』を意識してしまう。
飛び離れて自身の体を抱きすくめるアレクシアの様子に、本音を漏らしてしまったことを後悔した。
十五の娘が、十も上のおっさんに性的な告白を受けたのだ。そりゃ引くだろう。
気持ち悪いやつと蔑まれるか、あるいはモテない親父と哀れまれるか。
怖々窺うと、彼女は耳まで真っ赤になって、そういう状態異常でも受けたかのように硬直している。
「あの、アレクシア?」
「ひゃいっ!」
上ずった声での返事。
戦場ではあんなにも強く勇ましい彼女が、年齢どおりの娘らしく初々しい反応をしていると、さっきまでとは別な種類の罪悪感が湧き上がる。
「……追放されたい理由が、足手まといだからってのは、本当だ。それとはべつに、俺が間違いを犯しそうだ、ってのもあるんだよ」
アレクシアだけの話じゃあない。キャロラインは言うに及ばずだが、最近はマルグリットもやばい。
あの細っこい手足と薄い胸や尻に欲情なんかするわけがない……と思っていたんだが、二年も寝食を共にしていれば情も湧くし、性格が好ましいと外見も魅力的に思えてくるものだ。
その上どいつもこいつも、伝統的な勇者と仲間の装備だからと、やたら扇情的な衣装を平然と着てやがる。
さすがに街中じゃ多少は隠しもするが、野外や室内だとお構いなしだ。
「なるほどね」
固まったままの女勇者とは別な声が、入口の方からかかった。
ぎょっとなってそちらを向くと、施錠したはずの扉が開いていく。
「ここ最近キミの態度が不自然だとは思っていたが、ボクたちに欲情していたということか」
「ちょっと、キャロ! そんな、はっきり言わなくても」
体に巻きつくような生地が薄い黒のナイトガウンを着た魔女と、やたら透け感強めな白いベビードールを着た聖女が、そこにいた。
* * *
俺は勇者と聖女に挟まれて、魔女の詰問を受けていた。え、なにこの状況。
硬直から復帰したアレクシアは改めて俺の傍らに座り直し、マルグリットは当然のように反対側に腰を下ろした。
ベッドの幅には余裕があるというのに、二人とも密着してくる。
そんな俺たちの正面で椅子に座ったキャロラインが、蠱惑的な褐色の太腿を見せつけるように、ゆっくりと長い足を組んだ。
裾の短いナイトガウンの襟は大胆に開き、匂い立つような色気を醸し出している。
「では第五十九回、イアン対策会議を開催しよう」
なにその会議。初耳なんだけど。
「発端は、ギルドに押しつけられた不逞冒険者にどう接するべきか、というキミにとって耳の痛い話題だったからね。ちなみに一貫して『難癖をつけて追い出そう』と主張していたのが、そこのアレクだ」
「最初だけ! 最初の三回だけだから!」
ああ、まあ、わかる。
アレクシアが俺に刺々しく当たって、マルグリットが控えめに取りなして、キャロラインは我関せずという感じだったもんな。
「その後は、もう少しイアンさんと打ち解けたいですね、とか。今日イアンさんが作ってくれた食事は美味しかったですね、とか。そんな話ばかりになってましたよ?」
翠の瞳を細めて、聖女がほわほわとした口調で言うが、そうなる前はどんな話をされていたのやら。
過去の誹謗を暴露された意趣返しとばかりに、勇者がにやっと笑う。
「あと、キャロを見る目がえっちぃので、貞操に気をつけよう、って話も」
不可抗力だ! 他二人はともかく、この魔女は出会った当初から露出度の高い格好をしていた上、発育もそれなりに良かった。
ついつい目がいってしまったのは、男のサガってやつだ。
「キミにその気がないのは察せられたからね、べつに危機感は覚えてなかったよ」
「俺はともかく、街中じゃ他の男の目だってあるんだから、自重してほしかった……」
とは言え長期の冒険じゃ野営はしょっちゅうだったし、彼女らのあられもない姿を目撃したことは一度や二度じゃきかない。
こいつらの下着も俺が洗濯しているしな。
「そう言えば着替えや水浴びを見ちまっても、あまり大騒ぎされた記憶がないな」
最初の頃こそ高貴な身分の人間は下男に肌を晒しても平気、みたいなもんかと思っていたが、途中からは恥ずかしがりつつ不可抗力なら仕方ない……という態度になっていた。
空気扱いから、父親や兄に対するような態度になったのは、いつからだったか。
「第五回の対策会議で決めたんですよ。仲間相手に過剰な反応をして、ギクシャクしないように、って。正直、顔から火が出るほど恥ずかしかったですけど」
「お、おう。なんかすまん」
「その後、第十一回と第二十三回の対策会議で、二度の修正案が出されたがね」
なんか本格的なことを言っている。さすが大賢者、何十という会議の内容を覚えているのか。
「結論として、むしろ積極的にキミにアピールしていこう、ということになった」
感心していたら、なにかおかしなことを言われた。
「は?」
「わからない? あたしたち全員、わざと無防備に振る舞うようになった、ってことよ」
なんだそれ、意味わからない。
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