追放されたい支援職

ドモン ヒロユキ

第一部

1 円満に追放されたかった

1-1 追放

「そろそろ、パーティから追放してほしいんだが」


 魔王軍四天王の一角を倒し、祝勝会が催されたその晩。

 俺は意を決して、仲間たちに告げた。


 クラハトゥ王国の王都ホーフドスタッドの、勇者ご一行が二次会をするには不釣り合いな、庶民的な酒場兼宿屋の片隅。

 和やかに卓を囲んでいた三人の仲間たちは飲食の手を止め、そろって驚愕をあらわにする。


「なにを言う、あんたは必要な存在だ!」


 長く艶やかな黒髪を振り乱し、女勇者アレクシアは机を叩いて立ち上がった。

 青いレオタードは胸元や太腿が丸見えなのにそんな動作をするもんだから、近頃とみに大きくなってきた胸がふるんと揺れて、目のやり場に困る。


「なんで、そんなことを言うんだよ」

「今日の戦闘でわかったろ。お前たちにとって、俺は完全に足手まといだ」


 四天王“黒烈こくれつ”のブーゲンの、圧倒的な攻撃力と強固な防御力の前に、俺は無力だった。

 やつと真正面から相対して俺たちを守りきり、最後には聖剣によって斬り伏せたのは、真正面で柳眉を逆立てる華奢な少女だ。


 そんな彼女の隣、俺の右側の席に座った幼さの残る少女が、必死の声を上げる。


「あなたの支えがあってこそ、私たちはやっていけるんです」


 尖った耳が覗く波打つ金髪を揺らし、聖女マルグリットは指を組み祈るように、俺に訴えかけた。

 清楚な印象を与える純白の法衣は、深い襟ぐりやすべらかな腹部を覆う部分が透ける素材な上、スカートのスリットも深く白い足とガーターベルトがちらちら見える。


「そうは言うがな、俺にできることは、お前たちだってできるだろう」

「そんなこと、ありません」


 聖女のもたらす奇跡は、かすめただけで大岩を粉々に砕くブーゲンの拳を完全に防ぎきり、どんな重症でも一瞬で癒やしてのけた。

 こうした奇跡がなければ勇者も最後まで健在ではいられなかったろうし、仲間の誰ひとり欠けることなく、この場を囲むことはなかったろう。


 その仲間たちの最後の一人、俺の左隣に座る少女――といっても、他の二人よりいくらか年上に見える――が、淡々とした声音で諭してきた。


「キミは自分の役割を過小評価している」


 頭の左右から短い角が伸びる、紫から濃紺へとグラデーションを描くソフトボブの髪をかき上げ、大賢者にして魔女たるキャロラインが淡々と言う。

 褐色の肌にぴったり張りついた黒い超ミニのワンピースは、前がへそまで開いていて形の良い乳房で持ち上げられていた。


「キミの術は威力に欠けるが多彩だし、斥候としての力量は折り紙つきだ。ボクたちにはない練達の経験もある。なにを、卑下することがあるんだ?」


 と言われても、この賢魔女メイガスは三種の魔術を自在に扱い、使い魔を操ってあらゆる罠を排除できる。

 大範囲の殲滅呪文は“黒烈”の手下を瞬く間に一掃し、アレクシアが存分に力を振るえる状況を与えた。俺の仕事なぞ、討ち漏らしにとどめを刺す程度だ。


 そんな抗弁を俺が発するより早く、艶っぽい唇をわずかに持ち上げて、キャロラインは言葉を重ねた。


「目的地の下調べに旅程の手配、武具の整備や食料の調達、街で過ごす際の雑事一切も取り仕切ってもらっている。キミがいなければ、ボクたちは早々に行き倒れてしまうよ」

「そう、それ! イアンのごはんが食べられなきゃ、あたし死んじゃうわよ!」


 ようやく素に戻ったか、祝勝会で無理をして使っていた男口調が引っ込んだアレクシアは卓の上、皿に盛られた骨付き肉を手に取ると豪快にかじり食った。

 いや、でも今お前が食ってるのは、酒場の料理人が作ったものだし。


「もし戦闘が不安だっていうならさ、装備を充実させればいいじゃない。あたしたちに遠慮せずにパーティ資金を使ってよ、なんなら全部でも」


 資金の管理も俺の仕事だが、それを稼げているのは彼女たちの実力あってこそだ。

 無駄遣いを諫めることはあっても、俺のために浪費していいもんじゃない。


 なおいろいろと言い募ろうとするアレクシアを制し、マルグリットは噛んで含めるように俺へ告げる。


「私たちはたしかに、それぞれの得意分野では優れているかもしれません。ですがそれ以外のことで、あなたに敵うことなんてありませんよ」


 勇者の撃破力、聖女の防衛力、魔女の殲滅力。

 これらがそろえば一軍すら軽々と凌駕する戦闘力を発揮し、現に魔王軍四天王の一角をも倒してのけた。


 だというのにこの少女たちは、ちょっと小器用な程度の足手まといを、必要としてくれている。

 改めて言葉で伝えられ、鼻の奥がツンと熱くなった。だが、それでもだ。


 俺はこの勇者たちのパーティから、追放されたい。

 なぜなら──


「なんなんだ、あのケダモノ野郎。むかつくぜ」

「冴えねぇツラして、エロい格好した美少女を三人もはべらせて」

「おお神よ、麗しき聖女様をあの悪魔から解放させたまえ」


 酒場のあちこちからぼそぼそと怨嗟の呟きが聞こえ、恨みと妬みのたっぷり詰まった視線がちらちら向けられているのを感じる。

 少女たちはそれに気づいているのかいないのか、周囲を無視して俺に熱っぽい目を向けるのみだ。


 この針のむしろのような状況が、つらい。


 * * *


 三人と出会ったのは二年ほど前、俺がうだつの上がらないソロの冒険者として、冒険者ギルドに併設された酒場でくだを巻いていたときだった。

 まだ年若い少年少女が冒険者になって腕を上げたい、なるべく難度の高い討伐依頼を紹介してほしい……などと粋がっていたので、ついちょっかいを出してしまった。


『おいおい、ここは託児所じゃないぜ? 勇者ごっこがしたいなら、余所へ行きな』


 ところが威勢の良いことを言っていたリーダー格の少年は、じつは髪の短い少女で、しかも本当に勇者の子孫だった。

 連れていた二人も精族アールヴでありながら教皇庁の認めた聖女候補と、妖族イブリスだというのに魔術ギルド総帥の高弟だという。


 そうと知らず国の重要人物に因縁をつけた俺は、ギルドの幹部から激しく叱責され、罰としてこの三人への無償奉仕を命じられた。

 期間は充分な功績を積んだと認められるか、あるいは全く役に立たないと判断され、彼女らからパーティ追放を宣言されるまで。


 当然、あまりに早く追放された場合は更なる処罰が科される。

 奴隷落ちも覚悟しておけ、と脅された。


 年の離れたガキどもにこき使われるなんて、真っ平ごめんだ。

 だが俺みたいな獣族セリアン、それも嫌われがちな鬣犬ハイエナ氏族が奴隷になったら、待っているのは過酷な労働現場か魔王軍との戦争の最前線である。


 幸いと言って良いのか三人組は戦闘の技倆と才能こそ飛び抜けていたが、探索や調達や交渉など、冒険者として生きていくための知識と経験に欠けていた。

 あと、どいつもこいつもお育ちが良くてらっしゃるせいか、家事の類いが全くできなかった。


 そのあたりを補佐するうち、最初はぎこちなかった関係も、徐々に友好的なものへと変わっていった。

 やたら攻撃的だったアレクシアも、人見知りのマルグリットも、他人に興味がないキャロラインも、今では普通に腹を割って話せる関係だ。


 出会ってから二年、様々な冒険をこなしてきた。

 お決まりの小鬼ゴブリン退治から始まって、“諸王の街道”を荒らしていた盗賊団の壊滅、それから史上最悪の規模が予想された魔獣のモンスター大氾濫パレードの阻止。あれで一気にパーティの名声が高まったんだよな。


 ヴェストエインデ廃城に巣食った魔竜の討伐、邪教団が根城にしていたステッルホイゼン石窟寺院の制圧、魔王軍に支配された小国ミーランの解放。

 そして“あおぐろき密林迷宮”を踏破して失われた聖剣を入手したことで、アレクシアは名実ともに当代の勇者として認められた。


 激しい戦闘で死にかけることも何度かあったし、俺は実際に一度死んでしまったが、パーティ資金から喜捨を出して蘇生してもらっている。

 意見が合わずに大喧嘩をしたこともあったけれど、それが原因で追放されることは、ついぞなかった。


 自由と浪漫とあぶく銭を求めて冒険者になったっていうのに、いつの間にか勇者パーティの支援職として働くことになるなんて、考えもしなかった。

 当時は先行きに絶望したものだが、今ではこんな生活も悪くない、と思いもする。


 だが、そろそろ限界な気がしていた。

 俺はいい加減、追放される時期じゃなかろうか、と。

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