10-4 同行


 魔術を活用して縦横に広げた竪穴に、限界まで広げた防水布を覆い被せた。

 狭いながらも二人分の空間が確保できたところで、向かい合って言葉を交わす。


「さっきはすまなかった、改めて謝罪する」

「いっ、いえっ。こちらこそ、取り乱して申し訳のうござった」


 俺の外套にくるまったまま、改めて淹れ直した茶のカップを両手で抱え、相手も頭を下げた。

 途端に茶がこぼれそうになって、慌てて姿勢を立て直したりしており、どうにも動作に落ち着きがない。


 息を吹き吹きカップに口をつけ、熱さにびっくりした後で、一口ひとくち慎重に喫していく。


「甘いでござる……!」


 やがてとろけそうな笑顔で、そう言った。

 おかしな口調は変わらないが、屈託のない笑みは年相応のものだ。


「そりゃ良かった。あー、自己紹介がまだだったな。俺はイアン、冒険者だ」

「はっ、これは不調法を。拙者はサザンカ、フソウのサムライにござる」


 カップを脇に置くと、正座をして地面に両拳をついて、頭を下げるサザンカと名乗った少女。

 どういう作法の仕草なのかわからないが、背中に一本の柱が入っているがごとき、見事な礼だ。幼く見えて、なんらかの体術を修めているのかもしれない。


 それはそうと外套の合間から胸が見えているけれど、そっちは大丈夫か。

 と思ったら本人も気づいたか、慌てて袖をかき抱き、傍らの茶を転かしそうになって焦ったりしている。


 こいつの振る舞いはいちいち小動物めいていて、見ていると和むな。

 そう思っていたら顔を赤くしたサザンカは再びカップに口をつけながら、上目遣いでこちらを見返してきた。


「イアン殿は、そのう……娘御でもおいでか?」

「いや、子供どころか結婚もしてないが」


 将来的にそうなりたい相手は、三人いるけどな。


「そ、そうでござるか。いや、優しいお目つきが、拙者の父上と似ておられたので」


 え? 優しい目、とか生まれて初めて言われたぞ。

 目つきが悪いのは自覚しているし、それで怖がられることはあっても、好感を抱かれたことはない。


 ないはずだが、アレクシアたちやヘレネーナが俺のどこに惚れたか、いまいち理解できていないしなあ。

 自己評価が当てにならず首をひねっていると、サザンカはおかしそうに笑った。


「そのような反応も、父上と似ておいででござる」

「そうかい。その親父さんはどうしたんだ? はぐれたのなら、探すのを手伝ってもいいが」

「かたじけないが、それはかなわぬこと。ここへは、一人で参ったゆえ」


 寂しそうな口調で言う少女に、なんと答えたものか。

 まあサムライを名乗るのなら一端の剣士であることは間違いなく、幼く見えるがすでに独り立ちしているのかもな。


 フソウとはたしか、この国の隣にある、バーグピア自治領の現地名だったはずだ。

 サムライはそのバーグピアにおける騎士階級で、冒険者であれば四ツ星相当以上の実力を有した者しか、名乗れないと聞く。


 魔王軍との戦いでもバーグピアから派兵された連中は図抜けた強さを誇っていし、サザンカもこんな見かけで、じつは俺より強かったりしてな。

 そんなありえない妄想はさておき、彼女が飛び込んできた原因と、さっきの震動についても確認しておかないと。


「そういえばサザンカは、なんでまたここに突っ込んできたんだ?」

「はっ。その件につきましては、まことに申し訳なく……」

「いや、謝ってほしいわけじゃないんだ。なにがあったか知りたいんだよ」


 いかにも軽そうな体といえど、あんな風に飛び込んでくるとは尋常じゃあない。

 つい彼女を落ち着かせるのに時間をかけてしまったが、なにかの揉め事に巻き込まれているなら、対処を考えないと。


「そうでござった。じつはこのあたりを、魔物と化した牙象マンモスが荒らしておりまして、拙者はその退治を請け負ったのでござるよ」

「牙象ってあれか、南方に棲む象に似た動物で、毛が長くて牙が長いっていう」


 サザンカが飛び込んでくる前に響いていた震動は、そいつがもたらしたものか。


「左様。元から大きな体が、魔物化してさらに大きくなってござる。オーホーグ山は信仰の地ゆえ冒険者の立ち入りが許されず、拙者が派遣された次第で」


 んん? よくわからんな。

 この山が殺生禁止で、狩人や冒険者が武器を抜くのは御法度だというのは知っている。以前に来た際にも今回の登山前にも、さんざん言われたし。


 だから巫女姫に仕える戦巫女いくさみこ、生命樹教会でいう聖騎士パラディンに相当する立場の人間が、魔物退治に出動するもんだと思われる。

 なぜそこで、他国のサムライが駆り出されるのだろうか。


「問題の牙象が、戦巫女たちでは手に負えないほど強力にござってな。客分の拙者に、お鉢が回ってきたのでござる」


 おいおい、仮にも一国の長が近衛に使う兵たちより強いのか?

 カップの底に残った砂糖の溶け残りを、嬉しそうにちまちま舐めている、このとぼけた娘が。


 どうやら先の妄想は、冗談では済まないらしい。

 まだほんの子供に見えるのだが、それをいったらアレクシアたちはどうなんだ、って話にもなるしな。


「それじゃあ、ここに転がり込んできた理由は?」

「お恥ずかしい……慣れぬ得物で切りかかったところを、吹き飛ばされ申した。咄嗟に風を起こす魔道具で、落下の衝撃を和らげようとしたのでござるが」


 飛びすぎた、と。

 強力な前衛職にありがちだな、なまじっか魔力自体は強い分、慣れない魔道具を使うと暴走することがあるのだ。


「武器もそのときに落としちまったのか」

「はい……重ね重ね、不甲斐ない」


 まあ剣なり槍なり抱えて飛び込んでこられたら、下手すりゃ俺は串刺しだった。

 それは不幸中の幸いといえるだろう。


 しかしこいつ、強いのか弱いのか今いちわからないな。

 バーグピアのサムライは一騎当千のはずなんだが、言動といいここに至った経緯といい、どうにも不安がつきまとう。


「これからどうする? 俺は吹雪がやむのを待って、山腹の社へ向かう予定だが」

「拙者は体も温まり申したので、牙象を追おうかと。ご迷惑をおかけしたというのに茶までいただき、まことにかたじけない」


 サザンカは再び、深々と頭を下げた。だから見えてるって、隙の多いやつだ。

 こいつを放っておいて大丈夫か。俺の目的はあくまで巫女姫に再会して、魔王への対抗手段を得ることだが……客分を見捨てたとあっては、彼女の機嫌を損ねるかもしれない。


 脳裏にアレクシアの顔が浮かぶ。あいつなら、このおとぼけ娘を見捨てたりはしないだろうな。

 あいつのやたら広い『できる範囲』に、あっさりとこの娘を入れてしまうはずだ。


「……しゃあない。吹雪がいつやむかもわからないんだ、俺も手伝うよ」


 同行を申し出ると、顔を上げた少女は目を丸くして手と首を横に振る。


「えっ!? いや、そこまで甘えるわけには」

「後方支援だけさ、体を張るのがお前ってことに変わりはない」


 むむむ、と口をへの字にして考え込むサザンカ。

 単身で突っ込み返り討ちにあった手前、自分だけで解決するとは強弁しづらいか。


「そのう……後方支援とおっしゃいましたが、拙者は一人で切り込むことしかできぬ未熟者ゆえ、イアン殿をお守りすることはできぬかと」

「ああ、そこは気にしなくていい。俺は後衛職じゃなくて支援職だからな、自分のことは自分でやるさ」


 そう伝えると少女は顎に手を当て小首をかしげた。


「浅学にて申し訳ござらん、その二つはどう違うのでござるか?」

「おっと、そこからか。まあ、魔術や飛び道具で遠間から攻撃するのが後衛職、戦闘以外もこなすのが支援職だよ」


 ちょっとぼやかした表現で、説明をする。

 冒険者の間じゃ中途半端ななんでも屋と見られがちな支援職だが、これから強敵と再戦しようとするサザンカに、それを正直に伝えても仕方ないだろう。


「なるほど、シノビのようなものでござるな!」


 納得いったように少女は顔を輝かせたが、シノビってなんだろう。

 悪いようには受け取っていないようだし、まあいいか。

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