9 転生したって変わらなかった

9-1 神様


 はその日、ひどくムシャクシャした気持ちを抱えたまま、満員の通勤電車に揺られていた。


 クソ上司に理不尽なことで怒られたとか、クソ取引先に意味不明のクレームをつけられたとか、クソ同僚に恋愛経験がないことをいじられたとか……まあ、クソみたいな理由の積み重ねでだ。


 ソーシャルゲームのガチャで爆死して、更に気分が盛り下がる。

 畜生、今日の労働分が一瞬で消えちまった。これじゃ今晩のライブでスパチャ飛ばせねえじゃないか。


 そんな風にイライラしていたせいか。混んでるってのに足を投げ出して座る、見知らぬおっさんの態度が癪に障り、降車のついでにその足を蹴っ飛ばしてやった。

 そそくさと逃げるつもりだったのに、おっさんはよほど腹が立ったのか、わざわざ追いかけてくる。


 蹴ることはないじゃないか、とか口で言えばわかる、とかごちゃごちゃと文句をつけてきた。

 他人に迷惑をかけておいて気を使えとか、何様のつもりだ。そのままクソくだらない口論を続けた末、激高したおっさんに突き飛ばされた。


 ヒョロガリのオレは踏ん張ることができず、そのままホームから転落する。

 背中を打って激痛に動けなくなっているオレに向けて、折悪しく電車が到着し──


 脳天から爪先まで何回となく轢き千切られ、全身をこそげ落とされる激痛に絶叫しながら、オレは死んだ。


 畜生ちくしょうチクショウ、いくらクソみたいな人生だからって、最期の最期になんでこんな痛くてつらくて苦しい目に遭わなきゃいけない。

 あのおっさんも、クソ会社の連中もクソゲー作ったやつもクソチューバーで儲けてるやつも、どいつもこいつも苦しんで死ねよ。


 


“いいね、それ”


 その声が聞こえた途端、一瞬で痛みが消えた。轢死体験アンビリバボーから一転して、目の前には真っ白な空間が広がり、実感のない体がふわふわ浮かんでいる。

 これが死後の世界ってやつか、ああ死ぬ前にせめて一度でいいから、女とヤりたかったなあ。


“たやすいことだね”


 クソ仕事はどうでもいいとしても、金と時間を注ぎ込んだゲームの記録だけは、もったいなかったな。

 スマホはオレと一緒にばらばらになっただろうが、サーバ上のデータが損傷したわけでなし、どうにか生かせないものか。


“うーん、君の望むような活用方法は難しいけど、考慮しよう”


 さっきからなんだ、うるさいな。末期の後悔くらい、静かにやらせてくれよ。

 そう思ったら白一色だった世界に、染みのように浮かび上がる人影が認識できた。痩せたサンタクロースがギリシャ風のトーガを纏ったような、白髭の老人だ。


「おっ、ようやく波長が合った……ってなんだい、この姿。君、イメージが貧困だねぇ」


 いきなりディスられた。

 老人は姿に似つかわしくない軽い口調で言うと、ニヤリと笑う。


「さて、死後の世界で対面している時点でなんとなく察していると思うけれど、僕は──『儂』は、神様じゃ」


 わざわざ一人称をそれらしく変えてくる。ちょっとイラッとしたが、神様というなら下手に逆らわない方がいいだろう。


「じゃあやっぱり、オレは死んだんですね。神様って、オレみたいなクズでも構ってくれるんですか?」

「素直でいいね。普段は魂の環流に手出しはしないんだけれど、今回は特別だ。つばさ、君、転生してみる気はないかい?」


 転生。転生というとあれか、ラノベでお馴染みの、異世界に転生してチートでハーレムってやつか。


「そうそう。ちょうどいま儂の……あー、『管理』している世界で、体の空きがあってね。そこに納めるべき魂を探していたんだ」


 あの死に際のすさまじい苦痛がなければ、夢だと断言できたろうな。

 そんな非現実的でおいしい話が、オレなんかに舞い込んでくるはずがない。


 だけど実感のない体の状態とは裏腹に意識はクリアで、記憶も混濁していないし、目の前に浮かぶ老人の姿もリアルだ。

 オレみたいな底辺コミュ障の社畜なんぞ騙したって、なにか得があるとも思えないし、話に乗ってみるのもいいかもしれない。


「へぇ、提案しておいてなんだけど、えらく話が早いね。普通はもうちょっと疑ったり、悩んだりするもんだよ」


 どうやら考えていることを読まれているようだ、さすが神様。

 どうせ生きていたってソシャゲと動画サイトと匿名掲示板くらいしか楽しみのない人生だし、チートをくれるっていうなら異世界転生した方がマシだと思っただけだ。


 騙されたところで失うものもほとんどない、ゲームのセーブデータとちまちま集めたエロ画像くらいか?

 ああ、生まれ変わるならパソコンだけは処分してほしいかな。匿名掲示板の書き込み履歴とか保存した違法動画なんかが死後に見つかったら、さすがに恥ずい。


「はは、それくらいはサービスしてあげようか。家族になにか伝言……ってタマでもないよね、君」


 よくわかっていらっしゃる。あんな毒親やクソ親族なんかどうなろうと知らん、むしろあいつらも不幸になりゃいいんだ。


「申し訳ないけど、君の世界には干渉できないんだ。可能なのは魂の勧誘くらいでね」


 全知全能ってわけでもないのか。ま、そんな存在がもしいたら、オレなんぞに構うわけもないものな。


「それで神様、オレはどんな人間に転生するんですか?」


 オレの知るラノベやアニメだと、こういう場合は地方貴族の息子なんかが鉄板だ。

 現代知識で無双して、冒険者として成り上がって、美少女の奴隷とか買っちゃって! 夢が膨らむなオイ。


「うん。とある地方の王族の跡取り息子でね。類稀なる魔力と特異な能力に恵まれたのはいいが、その存在圧に耐えきれず、もともとの魂が消滅してしまった」


 おおお、なんというか、鉄板じみた設定きたぞ。設定? いや、これからはオレの現実になるのか。変な感じだ。


「君にわかりやすく表現すると、『ランダム作成中に偶然ボーナスポイント最高値かつ超レアスキル持ちのキャラができた』って感じかな。このまま死産で終わらせるのはあまりに惜しいんで、代替の魂を探していたってわけさ」


 それでなんでオレが選ばれたのかはわからないけれど、都合のいい物語の主人公なんて、案外そんなもんだろう。


「そうそう。深く考えず異世界ライフを楽しんでごらん。与えたスキルはいつでも確認できるようにしておくから、転生後にゆっくり試すといいよ」


 そう言った途端、神様の姿がぼやけ、オレの意識がゆっくりと薄れていく。

 伝えるべきことを伝えたらすぐ撤収、ってわけか。せっかちな神様だぜ。


「ちなみにね、翼が選ばれた理由は」


 曖昧な視野の中で、白髭に覆われた口が、にやりと笑うのが見えた。


「あのクソみたいな世界を、めちゃくちゃにしてくれると思ったからさ」


 全てを呪い、嘲るような、胸クソの悪い笑みだった。

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