9-2 転生


 転生したオレは、当たり前の話だが赤ん坊になっていた。


 母親と思しきおっぱいの大きい若い女が母乳を飲ませてくれたんだが、なんとびっくり肌は青くて黒目と白目が逆転した眼球の持ち主だった。

 いわゆる悪魔っ娘ってやつか、マニアックだな。


 恐るおそる自分の小さな手を確かめてみたが、生っ白くはあっても普通の肌に見えた。どういうことだろう、別種族の乳母かなにかなのか?

 こういうときはアレだ、異世界転移とか転生のお約束、鑑定スキルだ。


(おおっ)


 スキルなんてどうやって使うか見当もつかなかったが、対象の情報を知りたい……と念じれば、ゲームのステータスウィンドウのようなものが視界に浮かび上がった。

 名前に性別と年齢と種族、クラスに能力値にスキル、笑っちまうことにHPやMPやEXPまで表示されている。


 自分を調べた結果、たしかにオレは〈鑑定〉スキルを持っていた。他に〈言語理解〉〈無限収納〉〈魔食進化〉〈被虐伝播〉〈操身麗句〉〈従魔同期〉なんてスキルもある。

 前ふたつはラノベなんかじゃお約束だし、なんとなくわかるんだが、他はなんだ? ああそうか、それも〈鑑定〉すればいいのか。


 そうやって自分の持つスキルを一つひとつ確認しつつ、やはり転生後の母だった悪魔っ娘のおっぱいを吸ったり、肌と目を除けば美人ぞろいの侍女たちに下の世話をしてもらったり、バブみに満ちた生活を堪能した。

 いや、赤ん坊って食って出して寝るしかやることねえし。


 そんな生活が一ヶ月ほど過ぎたか、肌も髪も目も真っ黒、黒目だけが白いという闇の化身みたいな偉丈夫がオレのベビーベッドを覗き込んだ。

 〈鑑定〉によるとこの世界でのオレの父親で、現住所を含めた地域を支配下に置く王らしい。


「ほう。赤子に見合わぬ小賢しい目をしていると聞いていたが、貴様、何者だ」

「陛下、なにをおっしゃるのです」

「事実ではないか、見よ妻よ。この世を拗ね、強きにへつらい、弱きを嘲って生きてきた者の、濁った眼差しを。おい貴様、息子の体に入ってなにを企む」


 めちゃめちゃディスられた。

 理解はできても声を出すための器官が発達していないため、あー、だー、としか抗弁できない。


 父親はつまらなそうに俺のおくるみを引っつかむと、荷物かなにかのようにベッドから運び出した。

 泣き叫んで取りすがる母親を蹴り倒し、暗い廊下を進んだ先にある石造りのバルコニーに移動する。


 十数階くらいの高さはあろうか。そしてそこから見える景色は、なかば予想はしていたが、魔界みたいな場所だった。

 曇天の下に突き立ついびつな形の山と、どこまでも広がる荒れ野に染みのように貼りつく気色悪い色の森、空には翼竜めいた怪物が群れをなして飛んでいる。


「我が後継に、おかしな混じりものは要らん」


 そういうと父親、いや血の繋がりがあるだけのクソ野郎は、俺は外に向かって放り投げようとした。

 ちょっと待て、言い訳すらさせてもらえないのかよ、〈鑑定〉してくれりゃ俺の超有能な資質がわかったのに。あ、ひょっとして〈鑑定〉自体がレアスキルなのか?


 いくらステータスが高くとも、赤ん坊の体でこんな高さから放られたら即死だ。

 俺は必死に頭を巡らせる、せめて立って歩けるようになるくらいまでは育ててもらわなければ。色々便利なスキルをもらったけれど、この状況で役に立つようなものが……そうだ!


 俺は〈魔食進化〉を発動させる。

 この体の持ち主がもともと備えていた、食ったものの形質を自分に取り込むスキルだ。今まで口にしたものなんて母乳くらいだが、母親の形質は得られるということ。


「……ほう」


 瞬時に肌が青く染まり、自分ではわからないが目も黒目と白目が逆転しただろう。

 姿を変えて引き攣った笑みを浮かべる俺に、クソ親父はにやりと笑う。


「魔力が注がれたわけでも魔石を埋め込まれたわけでもいないのに、魔族マステマとなるか。面白い能力だ」


 専門用語はよくわからんが、うー、あー、言って媚びを売る。

 ほら、オレけっこうやるやつですよ、生かしておいた方が便利ですよ。必死の思いが通じたのかどうなのか、オレを墜死させることは中断し、クソ親父は踵を返した。


「ひとまず言葉が喋れるようになるまでは、生かしておいてやろう。その後あらいざらい吐いてもらうぞ、貴様の来歴をな」


 実の息子に向けるものとはとても思えない、スパイか裏切り者を詰問するような声音で語りかけてきて、クソ親父はくくくと笑う。

 日本での両親も大概ひどい人間だったが、こいつはそれ以上だ。


 畜生、王族に生まれたからって速攻で除外認定されちゃ意味ねえんだよ、クソ神様。


 * * *


 それからの生活は地獄だった。


 食事は皿に入った牛乳色のなにかで、これがまずいのなんの。

 今までとまるで違う小汚い部屋に放り込まれ、身の回りの世話も垂れ流しで汚れた服を換えて雑に洗うだけ、という最低限の仕様。


 その世話人はブリキの兵隊を大きくしたような不格好な人形──後に魔動兵ゴーレムとわかる──なんだが、そいつが無機質な声音であれこれ話しかけてくるのに、強制的に答えさせられる日々。

 とにかく言葉が喋れるようになればそれでいい、という雑な意思を感じる。


 最初の頃は悲しそうな顔をした母親が、様子を窺いに来てくれていたのだが、いつしかその姿も見なくなった。

 諦めたのか、別な事情でも生まれたか。ともあれオレは、この世界でも母親から見捨てられたってわけだ。


 それから、どれくらいの時間が過ぎただろう。

 とにかくこの環境から脱するためには、一刻も早く話せるようになるしかない。幸い〈言語理解〉で言葉の内容自体はわかるんだ、あとは発声器官が成長するよう努めるのみだ。


「コレハ、狼、デス」

「だうー」

「ダウー、デハ、アリマ、セン」

「ちっこ」


 というわけで犬だか狐だかわからない絵を掲げるブリキ相手に、お話の訓練だ。

 尿意を訴えても無視されるが、最近はだんだんムキになってきて、折に触れ主張するようにしている。


「コレハ、兎、デス」

「うしゃぎ」

「正解、デス!」


 いや、それ白くて耳が長いっていう以外、オレの知ってる兎となにもかも違うんだが。ともかくブリキはオレの頭をそっと撫で、いそいそと次のフリップを用意する。

 最初は正解しようが不正解だろうが無機質な反応を繰り返していたのに、近頃は正解時に機嫌を取るようになってきた。大した学習能力だ。


「コレハ、ナンデスカ」

「りしゅ」

「正解、デス!」


 また撫でてくる。だからそれ茶色くて尻尾が縞模様なこと以外、栗鼠じゃねえだろ。うう、尿意が。


「ちっこ」


 ブリキを指さし主張するが自発的には動いてくれない、こいつひょっとして『ちっこ』が自分の呼び名だと思っていないだろうな。

 仕方なく、そのまま垂れ流す。おむつを変えるようにするのは、面倒なんだがあ。


「……ひどい匂いだな」


 唐突に部屋の戸が開いたかと思うと、クソ親父が顔を出した。誰のせいだと思ってやがる、クソが。


「どうだ? 多少は言葉を覚えたか? 命乞い以外で身のある話ができたなら、ここから出してやるぞ」


 一歳にも満たない赤子に仏頂面のまま話しかける姿は、客観的に見れば間抜けそのものであろう。

 そして主観的に見れば、こいつは大間抜けだった。


「うごくな」

「なっ!?」

「おおごえもだしゅな。とびらをちめて、なにかちかれても『もんだいない』とこたえろ」

「き、さま……?」


 まだちょっと発音が怪しいが、ブリキ相手に効能は実験済みなんだぜ。

 相手の肉体を好きなように操る、〈操身麗句〉のスキル。命令は相手に理解できる言葉で発しなければならない上、対象が一度に一人と限定されるが、効果はご覧のとおりだ。


 本当はもうちょっと流暢に喋れるようになれるまで待っても良かったのだが、いい加減この環境から脱したかった。

 もっとうまいものが食いたかったし、風呂にも入りたい。クソ親父に小馬鹿にした目で見られるのも、限界だったしな。


「なにを、した……?」


 動くな、という命令を守って扉を閉めた姿勢のまま固まっているクソ親父。その腰には以前に見たときと同様、立派な鞘に収まった剣が下がっている。


「そのけんで、てくびをきれ」

「や、やめろ」


 お前だってオレを殺そうとしたんだ、聞いてやる気はないね。

 表情も動かせぬままリストカットするクソ親父を操作し、だくだく流れる青黒い血を、オレに飲ませる。


 うええ、気持ち悪っ。

 だが〈魔食進化〉の条件は満たした、オレの体が見る見る漆黒に染まり、大きく力強くなっていく。


「ば、か、な……」

「ふむ。取り込めるのは姿と形だけか……スキルも奪えれば最高だったんだがな」


 だがまあ歯も生え揃っていない体よりは、遙かにマシだ。この姿なら城内の者も油断するだろうし、他のスキルも有効利用できる。

 まずはクソ親父に服を脱ぐよう指示をして、着替えを済ませた。おっさんの温もりが宿った服なんか着たくはなかったが、糞尿まみれのおむつよりは遙かにマシだ。


「潜り込んできた鼠相手にはうまくいったが、こいつにはどうかな?」

「なに、を……」


 裸に剥かれ、失血死しかかってなお動けずにいるクソ親父に、オレは満を持して〈被虐伝播〉を放つ。


「長らく待ったぜぇ、この瞬間を!」

「……!」


 その瞬間、恐怖に目を見開いたクソ親父の手足や首がもげ、全身がまるでばらばらに削ぎ散らかされる。


 大声を出すな、という命令は失敗だった。

 前世のオレの死に際みたいに、苦悶と嘆きと絶望で喉を枯らしながら、くたばって欲しかったぜ。


「さて、まずは城内の制圧だな」


 落ちていた剣を拾い、肉片と血に染まった部屋を出る。

 ひたすら発音練習を繰り返す日々の中で、この後の行動は嫌というほどシミュレーションしてきた。手首を切らせたせいで袖だけ血に汚れてしまっているが、まあなんとか誤魔化せるだろう。


 今日からこの城は、オレのものだ。

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