9-3 簒奪


 当初はクソ親父の振りをして王様をやるのもいいかと思ったのだが、わりとあっさり臣下に正体がばれた。

 まあ偉そうな口調以外、あいつのことなんざなにも知らないもんな。


 仕方なく方針を変更し、逆らう者は皆殺しにして力尽くで支配することにした。

 過去に経験した苦痛を対象にも味あわせる〈被虐伝播〉を使えば、相手は回避も抵抗もできずに轢死するのだ。刃向かえる者などいない。


 怒りや恐れを向けてくる相手を何人殺しても、あまり罪悪感は湧かなかった。

 ビジュアル的に同じ人間に見えなかったというのもあるし、あのクソみたいな部屋にオレを閉じこめ放置してきた連中だ。情けをかける気にはならない。


 おそらくクソ溜めで過ごした日々の中で、オレの心は壊れてしまったのだろう。

 もはや城内の人間モドキどもより、ずっと相手をしてくれたブリキの方が親しみを覚えるくらいだ。


 その日のうちに城内を制圧したオレは、最終決定権だけ握り、他のことは生き残った臣下に任せることにした。

 どうせ政治や経済のことなんてなにもわからないんだ、当面はお飾りの王でいい。この世界の常識や各種のスキル、なにより魔法を覚えるのが先決である。


 その代わりオレの寝首を掻こうとするやつ、職務の範疇を越えて私服を肥やそうとするやつは、容赦なく処刑した。

 心まで〈操身麗句〉で操ることはできないが、『真実以外を話すな』と命令すれば嘘はつけない。恐怖政治を敷くにはうってつけの能力だな。


 残ったスキル〈従魔同期〉は自分が操る魔物を脳内でイメージするだけで管理できる、というもので、魔物を合成したり所持スキルを付け替えたりできる。

 また『メインキャラクター』を変更することで、一時的に魔物と自分の魂を入れ換えることも可能なようだ。


 地球に残ったゲームのデータを生かしてくれ、と神様には言ったけど、管理方法だけ持ってこられてもなあ。

 魔物の合成や成長はともかく、入れ換えに関しては、信頼できる配下ができるまでは封印だ。


 城内の掌握に努めている間に、王妃が城を脱して報復を企んでいる、との密告があった。適当に処理しておけと命じたら、翌日には陵辱の限りを尽くされた母親の死体が運ばれてきて驚く。

 ちなみにオレの様子を見に来なかった理由は、次の子を妊娠したからだそうだ。ま、どうでもいい。


 いつまでもクソ親父の姿のままでいるのも業腹なので、本来の体が成長するまでの間、配下の若者数人の姿を合わせた肉体を形作ることにした。

 どうも〈魔食進化〉はただ相手の体液を取り込めばいいというものではなく、それなりに長時間に渡って摂取し続けるか、大量の生命エネルギーを垂れ流させる必要があるようだ。


 試行錯誤の結果、相手の肉体や器官をそっくり再現するには、致命傷レベルの傷を与える必要があるとわかった。犠牲になってくれた若者たちには感謝しよう。

 普通の魔族マステマは死の危険を冒して体に魔石を埋め込む必要があるが、オレには関係ない。欲しい能力があれば、相手を食っちまえばいいんだからな。

 スキルは手に入らないものの、獣族セリアンの爪や羽や尾、精族アールヴの鋭い感覚、妖族イブリスの魔力増幅器官なんかを入手できた。


 ひとまず満足のいく肉体が作れたので、満を持して性的な方向でも楽しむことにする。城内の侍女やら行儀見習いの貴族の娘やら、適当に呼び出しては相手をさせた。

 肌の色は控えめな照明の下ならそこまで気にならないが、目だけはどうしても慣れないので基本、目隠しをさせて楽しんだ。なんというか背徳的な気分になるが、逆らうことができない相手を犯している時点で今さらか。


 中にはオレを色香で籠絡しようとする女もいたが、前世を含めて何十年も童貞をこじらせてきたコミュ障を舐めちゃいけない、女への警戒心は人一倍なんだぜ。

 魂胆を〈操心麗句〉で白状させて、クロとわかれば後は、いたぶるのみである。


 当たり前の話だが、オレを愛してくれる女なんていなかった、そりゃそうだよな。

 言葉ひとつで肉体を好きなように操ってきて、機嫌を損ねればバラバラに引き裂いてくるような相手、恐怖以外のどんな感情を抱けばいいというのか。


 城内の人間は、もうしょうがない。オレに逆らわなきゃ、それでいいさ。


 * * *


 数週間かけてこの世界の常識や歴史を学び、その後は信頼とまではいかないが国の運営を任せられる臣下も編成した。

 ちなみに嘘を教えようとしたやつ、反抗心が強すぎるやつ、血筋だけの無能などは処分している。


「城内の風通しもだいぶ良くなってきましたね、ツバサ様」


 ベッドに横たわるオレにしなだれかかり、銀色の髪に緑の肌をした美少女が、淡々と言ってきた。

 中学生みたいな体格で色気はあまりないが、顔は下手なアイドルよりよっぽど整っている。これで肌と目の色がまともで、もうちょっと愛想が良ければ最高なんだが。


 今の肉体を構成するために『摂取』した精族アールヴの血縁で、そいつの代わりにオレの側近として就任した。

 抱かれるのは構わないが公私の区分はつけてくれ、というので日中は参謀兼魔術の教師を務めてもらいつつ、たまに夜の相手もさせている。


「ああ。民間からの登用も増やしているからな」


 この世界の文明は当初イメージしていたより進んでいて、産業革命期くらいの水準にあり、残念ながら現代知識チートができる余地は乏しかった。

 そのくせ支配体制は『強いやつが偉い』という原始的なものなので、脳筋の無能がはびこりやすい。


 そういう意味ではオレの隣で貧相な裸身を晒しているこいつは、少なくとも国を良くしようという意識があるだけ、かなりマシな方だった。

 こいつを中心に臣下団をまとめ上げ、オレの役目はせいぜい、二十一世紀の半端な知識でアドバイスする程度だ。


「問題は外敵への対応です。国内が落ち着いたら、隣国へ打って出るべきでしょう」

「面倒だが、仕方ないか」


 オレがクソ親父から簒奪したこの国は、広大な大陸の端っこにある弱小国で、常に他国からの侵略の危機に晒されていた。

 攻めにくく守りやすい地形と地政学的な均衡から今のところ平穏を保っているが、そのバランスが崩れた途端、どこかの国に飲み込まれる羽目になる。


 それならいっそ、こちらから飲みにかかるしかない。問題は戦力だ、一対一ならオレはほぼ無敵といっても過言じゃないが、戦争となると勝手が違う。

 たとえば集団で押し包まれ滅多刺しにされるとか、知覚外からヘッドショット食らうとかしたら、呆気なく殺されるだろう。


 交渉をするふりをして誘い出すとか、潜入に長けた能力の持ち主に補佐させて暗殺を試みるとか、一度きりなら使える手もいくつかあるが……限界はある。

 そもそもオレは世界征服なんかする気はない、今の好き勝手できる立場が安泰であればそれでいいのだ。


 後はまあ、欲を言えばまともな目をした女を抱きたいな。

 この国に限らず大陸全土で魔力濃度が高く、放っておいても人間は魔族と化す。そのまま魔物になってしまう確率も高いため、遅くとも十歳までには魔石を移植するのが一般的だった。


 初めて外の景色を見たとき『魔界のようだ』と思ったのは、あながち的外れな感想ってわけでもなかったわけだ。

 この大陸の人間はそれに慣れきって、肌や目の色を気にする狭量なやつもいないのだが、オレの中身は偏狭な日本人だからな。

 目と目を合わせたときに暗い穴が空いているようなのは、どうしても馴染めない。


「……ツバサ様?」


 なんとなく隣に横たわる女の頭を撫でると、不思議そうに問い返された。

 この肉体につけられた名前はクソ親父を始末した時点で捨てたものとして、周囲には清水シミズツバサの名前で呼ばせている。


 国の名前もシミズ王国とかに変えたいもんだが、もし他に地球からの転生者がいたら、見つかって不利益を被るかもしれない。

 伝え聞くところによると百年ほど前、海を渡った向こうに存在する大陸に攻め込んだやつは、異世界から召喚された勇者に殺されたというしな。


 あちらの大陸はこちらほど魔力が濃くなくて、魔族と化さずに生きていけるそうだ。

 勇者はともかく、状況が落ち着いたら遠征するのもいいかもな。

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