5-3 武装


「で、それが新武装ってわけね」


 魔術師ギルドでアレクシアたちを拾って『角持つ黒馬亭』に戻った後、俺は宿の中庭で新たな装備の完熟訓練を行うことにした。

 つきあってくれた勇者が、窓からの灯りに浮かび上がる俺の姿を検分する。


 キャロラインは師匠から教わった呪紋石の作り方をより完璧にするための練習、マルグリットはその補佐で部屋に籠もっている。

 攻撃呪文は危ないにせよ、詠唱に時間がかかる呪文をひとつふたつ保持しておいてくれるだけで、戦術は大いに広がるはずだ。


 魔女の豊富な魔術や聖女の高度な魔術を、言ってみれば誰でも扱えるようにしてしまうわけで。

 ネスケンス師は魔力抽出という目標に対する、途上の技術のように語っていたが、呪紋石は呪紋石で大いに使い道のある代物だった。


 ますます後衛職の二人の重要性が増す中で、俺としてもただ指をくわえて見ているわけにはいかない。入手した装備を使いこなして、仲間に貢献しないと。


「革鎧と、左手用の籠手か。あんまり代わり映えしないわね」

「戦い方が変わるわけじゃあねえからな。既存のやり方を補強する方向で考えてみた」


 俺の主となる戦法は、飛び道具による攪乱と不意を打っての急所狙いだ。

 攻撃は受けるとか避ける以前に、狙われない位置と距離を維持するのが本分なので、過剰な防御力は無用である。


 逃げに徹するなら氷河の足鎧サバトンがあるし、右手にはめた拒馬の拳鍔パリサイド・ナックルも活用すればいい。

 それよりも距離を詰められたり、範囲攻撃魔術に巻き込まれた際に、防御する手立てが必要だった。


「そんなわけでこの鎧だ、見た目は革っぽいが、下地にミスリルが縫い込んである」


 ミスリルは精族アールヴにしか加工できない魔法金属で、銀を主食とする蚕の魔物が吐き出す糸を紡いだものだ。

 織り手の技量次第では鋼鉄以上の強度と、中級防御呪文に匹敵する魔法抵抗力を発揮し、さらなる魔術効果を付与されることも多い。


 たとえばアレクシアが手足に着けている布もミスリル製で、これには魔法抵抗力を上げ、器用さを高める魔術が付与されている。

 彼女は範囲魔術の中に果敢に突っ込んでいくことが多く、比類なき力と速さを制御する必要があるため、特製で作ってもらったものだ。


 俺の新調した『気息の革鎧ブリージングメイル』は、網目状に縫い込まれたミスリルで防御力が向上している他、短時間だけ呼吸を助ける魔術が付与されている。

 本来は水中に潜る際に便利な代物だが、軽量かつ高い防御力が目当てなので、この付与は言ってしまえばおまけだな。


「こっちの『格納庫手ガントレット・オブ・ホールディング』は、〈宝箱アイテムボックス〉に似た効果が付与されていて、隙間に色々道具を収納できる」

「あんた〈宝箱〉は使えるでしょ」

「いちいち呪文を使っている暇がないこともあるからな。あと、中のものを射出するときにある程度、速度をつけることができるから」


 手首を曲げて生まれた隙間から、中に納めたものを排出するよう念じる。ふしゅっ、と空気が抜ける音とともに、あらかじめ仕込んでおいた鉤縄が頭上に向かって打ち出された。

 自分で投げたときより動きが直接的だが、腕の位置の調整で制御は可能だな。先端の鉄鉤は狙いあやまたず三階分の高さを飛翔し、宿の屋根の端に引っかかった。


 縄の端を格納庫手の中に納めたまま、収納を念じてみる。すると縄を中に引き込もうとして、一方の端が屋根に引っかかったままのため、結果として俺の体の方が建物の上へと引っ張られていった。

 籠手の収納しようとする力の方が強ければ、屋根をぶっ壊して鉄鉤が引き込まれただろう。このあたりは何度も繰り返して、使用感を確かめておかないとな。


「すごい、すごい」


 ぱちぱちと拍手するアレクシア。ひと蹴りで数歩分を垂直跳躍できる勇者には無用の品だろうが、俺には有用な道具だ。氷河の足鎧だけでは逃げ切れない状況でも、うまく使えば緊急脱出に役立てられるかもしれない。

 鉄鉤を回収した後に屋根から飛び降り、アレクシアの横に着地する。


「あとはまあ、投げナイフなんかを撃ち出して牽制するとか、鋼線を引き出して相手を引っかけるとかだな。工夫のしがいのある道具さ」

「それにしても、やっぱり搦め手が基本なのね」

「板金鎧をものともせずぶち抜ける短剣とかありゃ、それを買ったんだけどな。さすがに俺の扱える範囲でそこまで強力な物は、見つからなかったよ」


 たとえばアレクシアの所持する剣の中にも、聖剣アイエスや妖刀・鵺切ぬえきり伊賦夜いふやほどではないが強力なものが何振りかある。だがそれを俺が使えるかというと、膂力も足りないし取り回す技術だって追いつかないだろう。

 仮に軽量かつ強力な長剣や槍が入手できたとしても、やはり扱いきれまい。俺が近接戦用に磨いた技と、前衛職の正面から敵を打ち倒す技は、まるで別物だからだ。


「今回の想定相手は人間だ。敵を引きつけつつ、やられないようにしたい」

「そこは『一人は俺が倒してやる』くらい言ってほしいもんだけど……まあいいわ。イアンの役目はじゃないもんね」


 わかってくれて、なによりである。これが普通のパーティなら支援職を見下すような発言にも繋がるのだが、アレクシアたちは戦闘の強さ以外に俺の価値を見出している。

 男としては情けない気もするが、そもそも彼女たちにかなう男がいるのかって話だ。


「実際にキールストラとやりあったとして、アレクなら何分くらいで倒せる?」


 それが、俺の稼がなきゃいけない時間だ。


「うーん……戦っているところを見たわけじゃないから断言できないけど、普段の身のこなしや感じる魔力の量なんかを考えると……四十秒くらいかな」

「いや、いくらなんでもそりゃないだろ」


 武闘派とはいえないやつだが、それでも超一流の前衛職だぞ。しかし鵺切伊賦夜の異質な特性を使いこなす彼女だ、実力の見立ては正確だろう。


「あくまで、あいつが変な隠し球や特殊な装備を持っていないって前提だけど、そんなもんだと思うわよ? 聖剣を使っていいなら、最初の斬り合いで片がつくわ」


 まあ、ありゃ反則だからな。魔王軍四天王で最速の“白撃”すら、三回当たれば、後はなすすべなく沈むしかなかった。

 ただ聖剣は、威力と速度が制御不能になるまで急上昇していく特性上、手加減ができない。人間相手に使うには、いささか危険すぎる武器だった。


「多く見積もって、一分。それだけ保たせてちょうだい、そうしたら後は、あたしがなんとかするわ」


 おいおい、男前だな。堂々と言い放つアレクシアが、実に頼もしい。


 彼女は自信家ではあるが間抜けではない、そのアレクシアがなんとかできると言うんだから、本当になんとかできるんだろう。

 パーティで戦う心得は、先陣を切って体を張ってくれている前衛職を信じる、ってことだ。


「わかった。じゃあ、一分耐えることを想定して、模擬戦をしてみよう。真剣でいいから、軽く攻めてみてくれ」


 防具が変わったことで動作も立ち回りも変わる、俺は馴染みの短剣を抜いて、勇者の前で構えを取った。

 短剣は今までも使っていた、切れ味はそこそこだが非常に頑丈なことが取り柄のものだ。


「妖刀を使っていい?」

「殺す気かっ!?」


 冗談よ、と笑ってアレクシアは腰の鞘から細身の長剣を抜いた。おい、それ刺された相手に激痛を与える『矯導尖畢ショッキング・スタイラス』じゃねえか。


 威力は低いのだが牽制用には持ってこいで、対人戦では無類の強さを発揮する。

 こいつで刺して動きの鈍った相手に聖剣をぶち当てるのが、一時の彼女の必勝パターンだった。最近は防御力が高くそもそもこの剣が刺さらない敵が増え、出番は減っていたんだが。


「キールストラは細剣レイピア使いだっていうし、もう一人は槍使いでしょ。突き技ならこれかなって」


 理にかなってやがりますねえ、こん畜生。

 すっと姿勢を落としたアレクシアは、肘を曲げて肩と剣先が平行になるような、いかにも『これからまっすぐ突きます』と言わんばかりの構えを取った。


「痛い目を見たくなけりゃ、必死で避けなさい?」


 この場には俺たちしかいないんだ、開始の合図なんてない。出し抜けに繰り出される神速の突きを、俺は悲鳴を噛み殺しながら必死でかわした。

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