6 ずるして無双したかった

6-1 演説


 グロートリヴィエ中央広場。この街のほぼ中心部に位置し、生命樹教会の聖堂や市庁舎も面している。

 冒険者ギルドと魔術師ギルドは水運に便利な大河沿いに建てられているが、住民にとって重要かつ利便性が高いのは、広場の方であることは間違いない。


 街の名物である巨大噴水の周囲は、思い思いに過ごす人々でごった返している。

 観光客と思しき身なりの良い者や彼ら目当ての物売り、屋台で軽食を購入し小休止する者に売り込みをかける大道芸人、青空授業を勝手に開催する遍歴学生とそれを監視する衛兵たち。


「ちゅうーっ、もくっ!」


 そんな人々が、広場の一角で声を張り上げる少女に視線を吸い寄せられた。

 胸元や太腿が露わになった青いレオタードに左の手足だけ覆う布、左右に鞘を吊った剣帯の腰部分にヒップスカーフ状のレース布を巻き、長い黒髪は額冠サークレットでまとめている。


 冒険者以外にとっては刺激的な格好に加え、目鼻立ちの整った、溌剌とした印象の美少女だ。

 しかしそれだけではなく、彼女の発する自信と生気に満ちた態度や、強者に特有の余裕ある雰囲気が目を捕らえて離さない。


「あたしは、勇者アレクシア!」


 自分からそう名乗らずともその姿を見知った者は多く、また初見であっても伝え聞く姿そのままなので、ごく自然と納得させられるだろう。


 彼女の傍らには純白の法衣に身を包み、尖った耳が覗く波打つ金の髪を後ろだけレース編みのベールで覆った、幼さの残る可憐な少女が控えている。

 優美な紋様が施された長い錫杖を手に、穏やかな微笑みをたたえた美貌もまた、勇者と同様によく知られた風貌であった。


「この娘は聖女マルグリット、あたしの仲間にして大親友よ!」

「こ、こんにちは」


 惜しい、ちょっと言葉に詰まった。それでも一生懸命、余裕のある態度を貫こうとしている。可愛い。


「知ってる人もいるかもしれないけど、あたしたちは今、“黄金剣ノートゥング”キールストラを追いかけているわ! 誰か、あいつを見たやつはいない!?」


 そんなことをいきなり大音声で言われたって、素直に答えられる者はいないだろう。

 なんだなんだと注目する人々の波を割るように、勇者と聖女は噴水に歩み寄っていく。


「あいつはうちのパーティに難癖を吹っかけた挙げ句、手下にあたしたちを襲わせて、本人は王都からこの街に逃げてきたみたいなの! 人類が一丸となって魔王軍と戦わなきゃいけない今、これは許されない行いよ! そうよね?」


 びしっ、とそのへんにいた身なりの良い男に、指を突きつける。男はたるんだ頬を揺らすように、がくがくと何度も頷いた。


「それに加えて、あいつと組んでいる魔術師は、小さな女の子に化けていろんな人を騙しているそうよ! 最近、そんな女の子と知り合った人はいないかしら? べたべたくっつかれて、気を許したところでおかしなことをされたりしてない?」


 ぐるんっ、と上半身を回すように、噴水のほとりで座っていた若い男女に顔を向ける。二人は身を寄せ合って、何度も首を横に振った。


「あたしたち『アイハラ猛撃隊』は、勇者とその一党として、この街の住人を守る責務があるわ! そのために、皆にも協力してほしいの! なにか知っていたら、冒険者ギルドなり、生命樹教会なりに、伝えてちょうだい!」


 胸に手を当てもう一方の手を天へと差しだし、歌劇の主役のように高らかに宣言する。思わず、といった感じで学生の何人かが拍手をして、指導者らしき者に小突かれていた。

 軍の先頭に立ったり、士気を鼓舞するために演説をぶったりするせいだろうか。少女とは思えない堂々たる態度、朗々たる演説に、広場の人々はすっかり呑まれてしまった。


 とはいえこんなことを急に言われ、都合良く証言が飛び出すわけもない。

 まして糾弾されたキールストラは領主の肝煎りで街の守護を担い、有力者とのつながりでも有名な冒険者だ。王都ならともかくこのグロートリヴィエで、表だって彼の不利益に繋がるような行動を取るのは、はばかられた。


 そんな風に思った住人の心を解きほぐすように、どうだとばかりに胸を張っている勇者の傍らで控えめに立っていた聖女が、穏やかに伝える。


「聖女の名にかけて、情報をくださった方の安全は保障します。どうか臆さず、恐れず、些細なことでも結構ですので、お知らせくださいね」


 けして大声を張り上げているわけではないのに、その柔らかな物言いは不思議と遠くまで届き、一人ひとりに語りかけているような親しみを感じさせた。


 彼女の微笑みに勇気づけられたのだろうか、あるいは領主の権勢の恩恵を被れない立場にあるのか。

 みすぼらしい格好をした老婆が一人、顔を伏せながら勇者に歩み寄ったかと思うと、遠慮がちに問いかける。


「勇者様。この婆には、聞いてほしいことがありますじゃ。ご内密にしていただけるなら、どうかどうか、お耳を貸してくだされ」

「……いいわ! 詳しいことは、ギルドで聞きましょう!」


 ちょっと大げさなくらいに笑みを浮かべ、勇者は老婆の手を取ると、広場に面した冒険者ギルドへ向かう。

 行く手の者たちは一人また一人と道を譲り、儀仗兵が高官にそうするように左右に分かれ、勇者たちを見送った。


 しんと静まりかえり、噴水の水音だけが響く広場で、聖女はただ清らかな微笑を浮かべ続けている。

 その顔に先の宣言を必ず守るという気高さ、たとえ的外れな証言であっても許してくれそうな寛大さを感じ取る者は、多いのではなかろうか。


「あ、あのう、聖女様。おらみてぇモンの話でも、聞いてくれるだか?」


 その雰囲気に吸い寄せられるように、薄汚れた獣人セリアンの中年男が近づく。何人かの衛兵が足早に駆け寄って、聖女を守護しようと取り囲むが、当の聖女本人が男を迎え入れた。

 あろうことかその繊手で、どれだけ洗っていないかも知れぬ不潔な手を取ると、恋する乙女のように純真無垢な笑顔で男を見上げる。


「もちろんです。生命樹教会はあらゆる人を受け入れ、守り、癒すでしょう」


 そして彼女は汚れた男の手を引いて、聖堂へと導いた。二人の背を当惑し、あるいは羨むように見つめる視線を浴びながら、大扉をくぐって屋内へ消える。


「……ちょっと、やりすぎだったかな?」


 聖女に手を引かれて導かれた薄汚れた獣人、つまり俺は、声をひそめてマルグリットに尋ねる。

 アレクシアにくっついていった老婆役のキャロラインともども、金も身分もなさそうな風体の方が、続く証言が得られやすいかと思ったが……広場の反応は、いまいちだったような。


「皆さん、ぽかんとしてましたね」

「アレクが芝居がかり過ぎなんだよ。キャロのやつもなんだ、あのわざとらしい喋り方」


 見ていて面白かったけど、吹き出しそうにもなったわ。まあ大勢の前でやらかすなら、いっそあれくらい大仰な方がいいのかもな。


 マルグリットの語りかけも、たまに教徒に対し説法をしているときの、自分を押し殺して聖女を演じているときと同じだった。

 人見知りな彼女の性格を知っている身としては、ああ必死になってやってるなあ頑張れぇ、という応援の気持ちしか湧いてこない。


 勇者一行による芝居の感想はさておき、足早に聖堂の奥、聖女へ割り当てられた告解室に向かった。

 わざと汚した手や顔を洗って拭い、服を着替えて武装もする。ここからは流れで、場当たり的に対処していくしかない。


 ネスケンス師が思いついた作戦とは、グロートリヴィエの街全体で勇者の正義を声高に主張し、キールストラはその足を引っ張る敵だと喧伝する……というものだった。

 うさん臭いくらいに善良さを訴えかけ、疑うことを許さない空気を醸成するのだ。


 あからさまな情報操作、アレクシアいわく異世界の言葉でいうところの『プロパガンダ』である。

 オネッタのやつが個人の精神を操るなら、こっちは大衆の心理を操ろうってわけだ。


 だがうまくいかなかった場合、アレクシアのこの街での評判は、地に落ちることになりかねない。

 独善、一方的、傲岸不遜。鼻持ちならない勇者なんて烙印を押され、反第一王子派はこの失点を、ここぞとばかりに突いてくるはずだ。


 鍵は、聖女たるマルグリットである。彼女が勇者の仲間ということは知られていようが、そもそも勇者がなにをやっているか実感していない大衆にとっては、聖女もまた遠すぎて実感が湧かない存在だろう。

 しかし生命樹教会は民衆の生活に密着しており、聖女はその営みの象徴とされる存在だ。そんな彼女がアレクシアと並び立って、あなたたちを助けますよと殊更に強調し、話を聞く姿勢を見せつけた。


 これでどうにか、勇者や聖女は自分たちと同じ場所に立つ人間であり、そして味方なのだと思ってくれれば。

 べつに住民総出で、キールストラ一行を狩り立ててほしいわけじゃない。なにか有益な情報があるなら積極的に教えてくれて、やつを匿ったりしないでくればそれでいい。


 とにかく行方が知れないまま暗躍されるのが一番、困る。そういうのは、魔王軍の手先だけでたくさんだ。

 もっとも、今や“黄金剣”も、やつらの配下みたいなものなんだが。

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