10-2 脅迫


 冒険者ギルドで俺に絡んできた刺青頭はデルクと言って、王都を拠点にした三ツ星パーティの一員であり、星の数こそ少ないが十年近く活動している熟練者冒険者だ。

 十年やっていて星三つ、というのはべつに珍しい話ではなく、四ツ星以上が狭き門というだけである。


 そこを飛び越えて五ツ星をもらった俺は、かつての同格連中からすれば、面白くない存在だろう。

 それでもアレクシアたちと同行していれば彼女らは国家の重鎮だ、絡まれることもないのだが、俺ひとりだとこういう厄介な連中も寄ってくる。


 考えてみれば魔王軍だって、俺をつけ狙っているんだった。十二天将に敗北したといっても、俺たちに死人が出たわけじゃあないし、“緋惨ひさん”ザックスの恨みも晴れていない。

 つまり、ここで騒動を起こすのはうまくないってことだ。


「気持ちだけ受け取っておくよ。じゃあな」


 軽く流して、その場を立ち去ろうとした。

 だがデルクはわざわざ俺の前に立ちふさがり、嫌みったらしい視線で見下ろしてくる。


「女の尻に隠れるだけが能の支援職がよ、恵んでもらった星をかさにきて、すかしてんじゃねえよ」

「おっ、どうしたデルク。もめ事か?」

「なんだ、どっかで見た顔と思ったら鬣犬ハイエナイアンじゃねえか」


 まずいな、他のパーティメンバーまで集まってきた。

 名前はうろ覚えだが、デルク含め三人が前衛職、一人だけ後衛職だったような。


 朝から酒を呑んでいるらしく、どいつもこいつも赤ら顔で目が据わっている。

 依頼にありつけなかった冒険者としてはありがちな行動だが、魔王軍の動きが停滞した今は稼ぎ時だろうに、なにやってんだか。


「星についての苦情はギルマスに言ってくれ、俺に絡まれても困るぜ」


 ともかく喧嘩腰になっても仕方ない、ここはなにを言われても、淡々とやり過ごすのが吉だろう。


「けっ。ドッシの野郎は勇者様に骨抜きにされちまってるじゃねえか。あいつのはいかにもだが、勇者様のお体は平気でらっしゃるかい?」


 大男が下衆な勘ぐりとともに下卑た笑みを浮かべて尋ねてくると、やつの仲間もげらげら下品に笑いながら追従した。


「そいつぁいいや! おれにもその妙技を披露してほしいもんだね!」

「それならおれぁ大賢者様の方がいいなあ! あの女ぁ絶対に好き者だぜ!」

「そういうことなら聖女様も混ぜてやらなきゃなあ、おれがあの娘を大人にふべらっ!?」


 とりあえず手近なやつの鼻面に拳をぶち込んだ。

 同時に逆側でまだ間抜け面を晒しているやつの側頭部に回し蹴りを放ち、こめかみを打ち抜く。


「なっ……!」


 左手の格納庫手ガントレット・オブ・ホールディングから鋼線を打ち出して、斜め手前の奴の足を絡め、思い切り引き倒す。

 後頭部を強打し白目を剥く相手を無視し、デルクをねめ上げた。


「俺をどう言おうが、かまわないがな。あいつらを侮辱するなら、きつい代償を払ってもらうぜ」

「て、てめえ!」


 いきり立って拳を振り上げるが、“白撃はくげき”の神速に比べりゃ、なめくじが這ってるようなもんだ。


「遅ぇよ」


 懐に飛び込んで、がら空きの脇腹に肘鉄を叩き込む。

 分厚い脂肪と筋肉に阻まれて痛打を与えることはできず、大男がにやりと笑った。


命令オーダー、〈感電エレクトリファイ〉」

「あばっ……!」


 だが、詠唱を省略して電撃を流し込んでやると、半端な笑い顔のまま硬直する。

 すっと身を離した俺は、足を引っかけてデルクを転ばせ、股間を踏みつけた。


「今後、誰の前でもさっきみてぇなクソくだらねぇことを抜かしてみろ。とお別れする羽目になるぜ?」


 そう告げて、氷河の足鎧サバトンで踏みつけたを床ごと凍りつかせる。

 早めに解凍しないと大変なことになるぜ、お仲間になんとかしてもらえ……気絶してるがな。


「それとも、今すぐあの世に行くか?」


 大男の体の上で、逆の足を持ち上げる。爪先の周囲の空気が凍り、氷柱が何本も突き出した。


「ひっ、ひぃっ。悪かひゃるふぁった、わねえっ、度とわねえよっ!」


 氷柱の先端をゆっくりと眼球に近づけると、デルクはまだ呂律の回っていない口で、必死に謝ってくる。

 なんでえ、意気地がない。


 魔王を取り囲む無数の瞳、痛苦を訴える怨嗟の念に比べれば、俺の脅迫なんぞ大したことはあるまいに。

 とはいえ中途半端にすると逆恨みを買う可能性は高い、ここは念押ししておこう。


「いいか。お前が思っているよりずっと、俺は鼻が利くし、味方も多い。その気になれば、いつでも……」


 いちど振り上げた足を、耳をかすめるように踏み下ろし、上体を屈めて大男の目を覗き込む。


からな」


 開かれた瞳孔の奥に刻むよう、宣言した。

 もしも俺の愛する少女らに害を為すなら、そうした欲望を少しでも抱くなら、死ぬより酷い地獄を見せてやる。


 そんな気持ちを込めて睨むうち、デルクの瞳の奥底に恐怖が刻まれたのが確認できた。

 ちょっと粋がって強い言葉を使いすぎたかと思ったが、くれたなら幸いだ。


 正直なところ冒険者同士で殺し合うなんて、キールストラの野郎との揉め事で、もうたくさんだからな。

 俺は息を吐くと大男の体から退いて、遅まきながら近寄ってきた職員に手を振ると、そのままギルドを辞した。


 思わぬことで時間を浪費してしまったが、転移装置の起動に間に合うだろうか。


 * * *


 早足で王都の端に位置する施設へ向かう。

 差し迫った予定がなければ乗り合い馬車で楽をするんだが、急ぐときは自分の足を使った方が速い。特に勝手知ったる王都なら、近道や裏道でいくらでも時間は短縮できた。


 人気のない路地を駆け抜け、階段や壁を手がかりに屋根へ登り、格納庫手から鉤縄を放って建物の間を渡る。

 速く、そして密やかに。


 驚くほど体が軽い。一度の跳躍で身長の何倍も高くに、遠くに、到達できる。

 自分が一陣の風、表層を滑る鳥の影になったような錯覚を覚えつつ、街を駆け抜けた。


「……ははっ」


 ちょっと楽しくなってきた。〈飛翔フライ〉を使っているみたいだ。

 思えば古代竜エンシェントドラゴンと戦ったあたりから、以前にはできなかった動きができるようになった気がする。


 どうやらアレクシアたちだけでなく、俺もちゃんと成長していたらしい。

 そのことを実感する頃には、自分でも信じがたいほどの早さで、目的地にたどり着いていた。


 王都を縦横に走る大通りとは少し離れた場所に位置する、聖堂風の巨大な建物だ。

 場合によっては複数の馬車が往来することもあるため、入口は大きく広い。見上げるほど巨大な両開きの門扉は、複数の兵たちが歩哨に立ち、今は片側だけ開いていた。


 他国との距離を無にしてしまう設備だ、不逞者に占拠されるようなことがあってはならないため、厳重な警備が敷かれている。

 逆に、あり得ないことだが万が一、転移先から敵が侵入してくるようなことがあったら。そのときは彼らが最初に、侵入者と相対することになる。


「勇者アレクシア様のパーティの一員、イアンだ。『門』を通りに来た」

「話は聞いている、こちらへ」


 門扉に歩み寄って警備兵に声をかけると、その場で一番えらそうな兵に案内され、詰め所に通された。


 冒険者ギルドが発行した身分証、ネスケンス師の紹介状、利用料を魔術師ギルドが肩代わりすることの証明書。

 各書類に目を通した兵士はそれぞれに署名をし、少し待たされた後で施設づきの司祭がやってくる。


 魔術も含めた変装で別人になりすましたり、転移先で騒動を起こすため危険物を持ち込もうってやつもいるだろうからな。

 各種の呪文を用いて検査を受けたが、持ち物の確認は俺から見ると手抜きかと思うほどあっさりしていた。


 五ツ星の冒険者ゆえの信用もあるのかと思うが、いいのかね。俺が危険思想の持ち主だったら、いくらでも悪さし放題だぞ。

 べつに不利益を被ったわけでもないのに釈然としない思いを抱えながら、ようやく転移の魔道具の、本体の前へと案内される。


 見た目は通称のとおり『門』そのものだ。

 精緻な彫刻が施された二本の柱とその上部に渡された屋根、幅は馬車がすれ違えるほど広く、高さはその倍近い。


 周囲には魔道具を起動させるための装置が配備され、床に描かれた巨大な魔術陣の各所に、儀式を担う魔術師たちが立つ。

 利用者はさすがに俺ひとりというわけではなく、貴族や商人、有力冒険者らしき者たちが門の前に集まっていた。


「今回の利用者が全員お揃いになりましたので、『門』を起動いたします」


 責任者らしき魔術師が声を上げる、どうやら俺が最後だったらしい。

 デルクのやつに絡まれなきゃあ、もうちょっと早く来られたんだがな。


 まずはここから最初の中継地点になる国へ転移し、そこを経由して別な国へ、後は陸路でエンパシエ巫長国を目指す。

 時間はかかるが、最初から徒歩や馬で向かうよりは遥かにましだ。


 一日でも早く到着したいが、今から焦っていては身がもたない。

 儀式の進行を見守りながら、俺は自分を落ち着かせるように、大きく息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る