2-9 合議


 そして翌日。

 欺瞞情報を流して『釣った』仮面の人物が、魔族マステマだと判明した。どうにか無傷で斃すことができたが、完全に予想外だったので焦ったぜ。


 こいつを罠にはめるために調達した小屋は、外観だけ擬装し中は空っぽなため、見た目よりは広い。そこへ引きずり込んだ死体を見下ろし、詳細を検分した。

 黒く染まった眼球、青い肌に青黒い血、魔物の肉体を移植したと思しき不気味な手。貴族風の服を剥ぐと、胸に三つの黒光りする珠が埋め込まれ、魔術文字の刻印が施されていた。


「魔石三個か、それなりの使い手じゃないか」


 キャロラインが感心した風に言う。

 魔族とは独立した種族の名前ではなく、魔物の核である魔石を埋め込んで、肉体を変異させた者たちの総称だ。こいつは元は人族のようだが当然、他の種族出身の魔族だって存在する。


 魔王軍には人間並みかそれ以上の知性を持った魔物と、こいつのように魔物の力を得た元・人間が混在しているわけだ。

 魔石の移植には凄まじい痛みと生命力の消耗を伴い、常人ならば一個でも耐えきれずに死ぬか、魔石自体に魂まで汚染され知恵なき魔物と化すという。それを三個だ、こいつが相当の能力者だったことは間違いない。


「それにしちゃ針を飛ばすだけってのは、芸がないな」

「魔術刻印からすると、ひとつは擬態能力、もうひとつは移動系の能力だね。王都に紛れ込み、冒険者ギルドに堂々と乗り込んできたくらいだ。潜入工作に特化していたんだろうさ」


 言われて見ればたしかに、俺も仮面を剥ぐまで魔族と気づかなかったしな。


「後のことは、彼自身から教えてもらうことにしよう。――骸よしばし因果を辿れ、辿りし因果を影と成せ、影よ移ろう記憶を映せ、〈降憶エボケイトメモリー〉」


 ステッキをかざしたキャロラインが詠唱を終えると、薄暗い小屋に淡い光を放つ魔術陣が生まれた。魔族の死体を中心に展開された陣は回転し、頭部へと収束していく。

 これは死体から記憶を呼び出して同調する魔術で、相手を殺してからでも情報を引き出せるのが便利だが、さすがに堂々とは使えない。誰だって墓場まで持って行きたい思い出のひとつやふたつあるだろうが、そいつを無遠慮にほじくり返すのだ、人倫にもとる行いだろう。


 しかし魔族が少々の尋問や拷問で情報を吐くとも思えないので、結局なにかしら非道なことをせざるを得ない。苦痛を与えずこちらも必要以上の暴力を振るわずに済むという意味では、まだ穏当な手段かもな……なんて言い訳がましい思考が、魔族の記憶に塗り消されていった。

 なんど経験しても慣れないが、俺自身がこの死体の生前の持ち主であったかのように、記憶を辿れる。あまり深く『潜り』過ぎると危険なので、自意識をしっかり保とう。


 俺は俺、勇者パーティの支援職、イアンだ。


 そして今は、偉大なる魔王軍の前線基地にて、幹部の皆様の合議を拝聴する栄誉に浴している。


「……ブーゲンのヤツが、勇者に殺られたそうだな」


 白銀の毛皮で全身を覆った獅子の獣魔族にして、七つの魔石を胸に輝かす“白撃はくげき”のコバック様が、忌々しげに問われた。


「ああ……こと攻撃力と防御力においては、我らの中でも随一の彼奴が、まさかな」


 禍々しくも立派な青い角を持つ妖魔族で、同じく七つの魔石を全身に配し、それを見せつけるように肌も露わな衣を纏われた“蒼葬そうそう”のリューゼ様。

 彼女は、その麗しいお顔を曇らせる。


「勇者おそるべシ、というところカ」


 鳥と人の中間のような緋色の骨格から、炎のように闇を吹き出す、一見して不死怪物アンデッドと思われそうなお姿。

 しかし“緋惨ひさん”ザックス様の眼窩に点る光は英明そのもので、魔物である闇翅鳥グルルながら唯一、四天王の席に加わられるだけのことはある。


「いかにすル?」

「当然、我ら三人、協力して勇者どもに当たる他あるまい。ブーゲンを倒すほどの猛者、けして油断できる相手ではない」


 ザックス様の問いに、艶めかしく足を組み替えながらリューゼ様が答える。丸太のような腕を組み、コバック様は苦々しげに唸られた。


「だが、本陣の守りはどうする。それに、ザックスも人間どもに痛手を与えられて、完調とはいかんだろう」

「ワレのことハ、案ずるナ。身から出た錆ヨ」


 人間どもの卑劣な策によって部下を失われたばかりでなく、ご自身も重症を負われたというのに、ザックス様は気丈にお答えになる。治癒や再生を阻害する汚らわしき術式を打ち込まれたそのお体は、おいたわしくも未だ癒えきっておられぬ。


「座して人間どもの侵攻を待つわけにもいかぬ。精鋭を揃えこちらから攻め込む、それが最上と考えるが?」

「うむ……だが勇者が拠点としているクラハトゥ王国は、守りが堅い。全軍をもって当たらねぇと、攻め落とすことはできんと見るぞ」


 リューゼ様の提案に、渋い表情を見せるコバック様。戦場にあっては最速、机上においては周到。それこそがこの方の優れたるところだ。


「となれば……勇者の居所を押さえ、転移の術式によって直接、攻め込むというのは?」

「オヌシの術をもってしてモ、それではワレら三人が限界であろウ」


 魔術の腕においては魔王軍随一、人間どもの誇る大賢者ですら足下にも及ばぬリューゼ様であっても、超長距離の転移には著しい制限がある。

 私一人であれば高速飛翔する魔物に姿を変え、大陸のどこであっても一両日で辿りつけるというのに。偉大なる方々を運ぶほどの力を持たぬことが、口惜しい。


「……だガ、悪くなイ」

「そうだな。朋友ブーゲンの仇討ちだ、魔王様より四天王の名を賜った俺たち三人で行うのが、義に叶うってもんか」

「向こうも三人、こちらも三人。であれば我らが、人間に遅れを取るわけにもいくまい」


 にやりと、お三方が不敵な笑みを交わし合う。

 相手は聖剣を操る勇者に、忌々しき聖女に、小賢しい魔女。それなりの従者も連れているようだが、荷物持ちなど無視して良かろう。


 であれば問題となるのは、勇者の居場所か。クラハトゥ国の王都に引き籠もられては、いかに四天王のお歴々とて手は出しづらい。

 かの地は強力な結界に守られている上、凄腕の冒険者や魔術師ギルドの導師たちなど、勇者ほどではないが厄介な人間も多いからだ。


「恐れながら、申し上げます」


 膝をつき頭を垂れたまま、私は声を上げる。


「私が、彼奴らめの居場所を探ってまいります」

「ふむ……たしかに貴様であれば、あの街にも潜入できるか」


 コバック様が、思案を巡らせる風に顎に手をやった。


「所在はクラハトゥの王都か、それ以外か。そこさえわかりゃ充分だ。やつらはブーゲンの魔石を奪っているはず、リューゼなら魔力痕を辿れるだろう?」

「無論だ。だが、連中がそれを手放している可能性はあるぞ」

「だからこその潜入よ。勇者が王都にいなくて、遺された魔石も王都以外に存在するとなりゃ、そこが奴らの隠伏地だろうぜ」


 どのみち王都に潜まれては襲撃はかなわぬのだから、その場合は遺品の在処は問われない。監視を厚くして、連中が王都を離れるときを狙えばいい。

 遺品が王都にしかなく、勇者が王都に潜んでいなかった際は、周辺をしらみつぶしに探すしかないだろう。


「ザックス。飛竜ワイバーン無肢竜ワイアームを使って、王国を中心に縦横に巡回させることは可能か? 場所が判明し次第、リューゼに転移術の座標を送らせるんだ」

「その程度であれバ、現存の兵力でも可能ダ」


「リューゼ。魔石の探査と平行して、上がってきた情報に応じ即座の転移をできるよう、準備してくれ」

「問題ないな。お前たちこそ遅れぬよう、気構えをしておけよ?」


 まさに知将、隙のないコバック様の策には感服した。なんとしてでも勇者の隠れ家を突き止め、必ずや叩き潰すという強いご意志が伝わってくる。

 であれば私も一命を賭して、王都での彼奴らめの足取りを追わなければ。たとえ志半ばで倒れようと、我が秘奥を使えば、きっと役目を果たせる。


 勇者は王都にはいない。

 が知るこの事実だけでも、伝えねば──まずいっ!?


「キャロライン、同調を切れっ!」


 魔術で見せられた記憶から『浮かび』ながら、キャロラインに叫ぶ。

 貧血を起こしたように意識が混濁し、そこから自我を取り戻す刹那、魔族の哄笑を聞いた気がした。

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