2-7 推測


 ユカタ姿でほっこりしていたアレクシアたちと協議した結果、ひとまず俺とキャロラインで王都に赴くことになった。デートの前倒しだね、なんて彼女は笑ったけれど、雰囲気は真剣そのものだ。

 旅装に着替えて武装もし、屋外に出た俺たちは、魔女が大魔術を完成させるのを見守る。


「魔力よ集いて線を成せ、線よ走りて境界を写せ、境界よ凝りて門と化せ、門よ開きて旅路を示せ、路よ遙かへ我らを運べ……〈境門イセリアルゲート〉」


 五節からなる長い詠唱が、ゆっくりと形を成していく。

 やがて虚空に暗紫色の渦が巻き始め、厚みはないのに不気味なほどの存在感を持つ、人間大の高さと幅を持った闇の渦が生まれた。


 決まった二点間を瞬間移動できる魔道具は存在するが、非常に大がかりな施設を必要とするため、国家規模でしか運用できない。

 それに対しこの呪文は異なる次元を経由することで、あらゆる距離を無視して二つの場所を繋げることができ、術者が知っている場所ならどことでも行き来することができる。


 おそらく大陸広しと言えどもこの賢魔女メイガスにしか使えない呪文であり、大っぴらになれば世界中で彼女の争奪戦が始まるだろう。

 仲間以外では彼女の師匠くらいしか存在を知らない、秘中の秘儀だ。


 もう少し使える者が多い〈転移テレポート〉は限られた距離しか移動できず、運ぶ人数を増やすと、消費する魔力が倍々で増えていく。

 並みの術者ではほんの数百歩分の移動が限界で、地下迷宮からの脱出などには有用だが、今回のような目的には使用できなかった。


「ああ、やっぱりこの地は循環する魔力が潤沢だね。普段の半分も疲労を感じないよ」

「そいつは僥倖だ。王都ではどうしても行動が制限されるし、キャロラインの消耗は少ないに越したことないからな」

「やっぱり、あたしたちも一緒について行った方がいいんじゃ……」


 アレクシアが遠慮がちに提案するが、今回の目的は国の上層部への無肢竜ワイアームの警告と、各方面に対する根回しだ。俺以外が行く理由は薄い。

 ついでに以前から俺たちの周囲を探っていたやつの対処を考えていて、ちょっと後ろ暗いこともする予定だから、あまり彼女たちを巻き込みたくなかった。


「向こうじゃ俺は単独行動になるからな、気が休まらない王都に行く理由はないんじゃないか?」

「まあ、そうなんですけど……」


 マルグリットも歯切れが悪い。わかってるよ、せっかく恋人同士になったんだから、できるだけ一緒にいたい……てことだろ。


「ここからなら〈境門〉の負担が少ないことがわかったし、夜はこっちに戻ってもいいかもね。そうなるとボクは魔力を回復したいから、の方につきあえないけど」

「それはそれで、キャロに悪いわよ……」


 いやお前ら夜は帰ってくる、すなわち色事に励む、ってわけじゃないからな。四人でのんびりするとか、ただ枕を並べて眠るとか、そういう過ごし方だってあるんだからな。

 若い子が性欲に目覚めると歯止めがきかないっていうが、本当だな。人族ヒューマ基準だと俺も若い方だが、獣族セリアンとしちゃ中年だし、年の差を感じるわ。


「と、とにかく。帰れるようなら帰るから、大人しく待っててくれ」

「なんか後ろめたい夜会に出るときの、あたしの親父みたいな言い草ね」


 知らねえよ、そんなの。アレクシアの親父さんってちらっとしか見たことないが、質実剛健な土豪って感じだったよな。


「不潔です、イアンさん」

「なんでそうなる」


 憮然と答えるが、マルグリットの表情を見て気づいた。どうやらこの会話、途中からは冗談だったらしい。こいつらなりに、気を遣っているんだろう。


「ま、土産を買ってくるからよ」


 両手を伸ばし、少女二人の頭を軽く撫でる。髪に触れられても大人しくされるがままで、むしろ顔を綻ばせるんだから、信頼されているってことだ。そいつを裏切るわけには、いかない。

 せいぜい気軽に見えるよう軽く手を振って、俺は〈境門〉に飛び込んだ。


 * * *


「なるほどな、事情はわかった」


 ホーフドスタッド冒険者ギルドの管理者マスターであるドナート・ドッシは、俺より三割増しで縦にも横にも大きな体を椅子に預けた。厳族ヨトゥンの中でも飛び抜けて大柄なこの男に合わせ、彼の執務室はなにもかもがでかく、自分が侏族ドゥリンになった気分だ。

 岩を削って形作ったようないかつい顔をしかめ、ドッシは特注の机の上に、王国周辺の地図を広げる。


「無肢竜の群れの進行方向は、ここから、こうだな?」

「ああ。東の山地からベヘンディヘイドの方へ抜けていった」

「妙に、海から遠いな……」


 魔王軍が海を渡って攻めてきているため、連中の侵攻拠点は海沿いに多い。だがドッシの太い指がなぞった道筋は、彼の言うとおり大陸の東部から中央へと向かう経路だ。


「西の海岸から、インテンシー王国あたりまで遠征して、その帰路を目撃した。そう考えるのが、自然か。だが、あのあたりで、大きな被害が出たって話は、知らん」


 厳族らしい訥々とした喋り方だが、ぎょろっとした目には明哲な光が宿っている。引退したとはいえ高位の冒険者、そして今はギルドマスターを務める男だ、愚鈍なはずもなかった。

 無肢竜が十二匹なんて、襲われて無事で済む規模じゃあない。だが、周囲に情報を伝える暇もなく滅ぼされるほど、圧倒的な戦力……とも言いがたい。


「お前、どう思う」

「ただの偵察にしちゃ過剰戦力すぎるが、国を滅ぼすにゃ不足。となると狙いは個人……十中八九、俺たちだろうよ」


 俺の推測に、ドッシは頷いた。辺境の砦を個別に落とすとか、関所を焼いて回るという可能性もなくはないが、それなら軍勢を動かした方が早い。後方攪乱を狙うなら、人に化けられる魔物を潜入させる方が確実だ。


「お前らが今、どこに潜伏しているかは、聞かん。“黒烈”を落としたことで、敵は、動きを鈍らせているが……諸国も、痛手を、負っている。軍の力は、借りずらいぞ」


 四天王の一角を崩したことで各国は勢いづいてはいるものの、兵士の損耗は激しいし、資材も浪費している。そもそも領土を得られるわけでもない戦いに、各地の貴族は消極的だ。

 そうなると必然的に、一軍にも匹敵する戦闘力を有した個人、つまり勇者が矢面に立たされることになる。軍を動かせば戦費がかさむが、アレクシアが敵の首魁を討つ分には、個人への報償で済むものな。


 逆に言うと魔王軍が今、もっとも警戒するのもまた、勇者とその仲間ということになる。向こうからすれば神出鬼没で、針の先で突くように作戦の要を潰しにくる俺たちは、悪夢めいた存在だろう。

 後ろ盾を増やせば更にやりやすくなるんだが、下手に権力に近づくとそれはそれで面倒事に巻き込まれるからな、痛し痒しといったところだ。


「そう言えば。なにやら、嗅ぎ回ってるやつが、いるみたいだな」

「ああ。密偵のふりをして接触しているから、手を出さないようにしてくれ」


 勇者一行の行方を探している、という人物がいたので、『王都の事情に詳しい密偵』と偽って近づいたのだ。こんなややこしい時期にアレクシアと、正規の手順を踏まずに接点を持とうだなんて、どこのお偉いさんの使いなんだか。

 仮面を着けてあからさまに身分を隠そうとするあたり、善意の協力者というわけではあるまい。後腐れをなくすためにもきっちり正体を突き止めて、ギルドか王家か教皇庁か、そのあたりに対処を投げてしまおう。


「じゃあ、俺は行くぜ」

「ああ。情報、感謝する」


 無肢竜の群れの狙いが本当に俺たちなら、どこかで迎え撃てばいい。軍の協力を得られないのは痛いが、遮蔽のない平地を避けるようにすれば、対処は可能だろう。

 だが勇者以外の狙いがあったらまずいからな、用心を促すのは当然だ。魔王軍との戦いは各国共通の責務のはずなんだが、どうも足並みが揃っていないんだよなあ。


 ここクラハトゥ王国は勇者を擁しているだけあって積極的だが、周辺国はこの国を警戒し協力を手控えている感がある。

 案外、あの仮面の人物も他国の手先かもな。


「少ないが、礼金だ。受け取ってくれ」


 部屋を辞そうとした俺に、声がかかる。ドッシの傍らで控えていた秘書、眼鏡の似合う美女が小袋を、わざわざ俺の手を取って渡してくれた。

 重みからして金貨が二枚、といったところか。一晩ちょっとした豪遊をするのに丁度いいくらいの額だが、今の俺に夜遊びする気はないんだぜ。


「一緒に来た女と、よろしく、やればいい。アレクシア様たちには、黙っておいてやる」


 にやりとドッシが笑うが、控え室で待ってもらっているのは、幻術で変装したキャロラインだ。『よろしくやる』つもりなのは、間違いじゃないけどな。

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