5-5 範囲


 街道沿いに設けられた宿場町に泊まったり、野宿をしたり。三日目の昼下がりには最初の目的地である、カントストランドの街に到着した。


 普通の馬車なら、王都から強行軍でも一週間で辿り着ければ御の字……というところだが、俺たちは特製の馬車を疲れ知らずの魔法生物が牽いているからな。

 むしろ半端な時間に宿場町に到着してしまって、そのまま通過せざるを得なかったりするのが不便なくらいだ。


 旅の間キャロラインは呪紋石の製作に取りかかっていたが、はかばかしい進捗は得られずにいた。

 手持ちの小さめな魔石に細かな構文を刻むことができず、何個も砕け散らせてしまっている。


 彼女の弁によると、どうも魔力が強く出過ぎて、初級から中級の呪文を魔石の中で再現できないらしい。

 魔力の制御とはまた別な技術が必要だとかで、青魔術と金魔術を平行して扱えるネスケンス師ほど精緻な細工を施せないそうだ。


 こと魔術においては万能だと思っていたキャロラインの、意外な弱点であった。

 大型の魔石に高等魔術を刻むことはできそうだ、とのことだが手持ちの大型魔石は残り少ない。実験で使い潰すわけにもいかず、カントストランドが見えたところで、試行はいったん保留となった。


 そのカントストランドだが、規模こそ王都やグロートリヴィエには劣るものの、その両者を橋渡しすることで栄えた街だ。

 多くの旅人が一度ここで腰を落ち着けるため宿泊施設や飲食店、歓楽街なんかも充実しているし、冒険者ギルドや生命樹教会も大きめの拠点を置いていた。


 街中を影爬虫シャドークローラーを闊歩させると騒ぎになろうから、街の外周部の替馬所で馬を借りる。

 街の外と中では馬に求められる資質も異なるので、ここで馬を替えるのだ。他にも緊急の伝令や、街から街へと交易する商人などにも使われる。


 特定の飼い主に常用されるのでなく、様々な客を乗せたり牽いたりするためか、人懐っこく愛想のいい馬が多い。動物に好かれやすいマルグリットだけでなく、アレクシアやキャロラインにも鼻面を寄せて挨拶をしている。

 なのに俺が近づくと、上官に近寄られた兵士みたいにびしっと姿勢を正すんだよな。なぜだ。


「なんか、浮き足立ってる子が多くない?」


 斡旋された馬の首あたりを撫でながら、アレクシアが替馬所を見回した。

 たしかに何頭かは、前足で地面を蹴ったり首を伸ばして遠くをじっと見つめていたり、落ち着かない様子だ。


 俺たちのそばは安心できるのか、移動しようとすると、ぞろぞろついてきたりした。

 それをなだめる厩務員の中年男性が、頭を掻きながら釈明する。


「いや、お恥ずかしい。街の方で騒ぎがあって、それが気になっておるようなんですわ」


 まさかキールストラたちか? と思ったが、さにあらず、魔物退治に出動した領軍が半壊して帰ってきたらしい。それはそれで大ごとじゃないか。


「魔物って?」

「巨人ですわ」


 人の良さそうなおっちゃん厩務員が語るところによると、街から徒歩で二日ほどいったところに広がる山岳地帯に住んでいた巨人ジャイアントが、急に人を襲うようになったのだという。


 折悪しく腕の立つ冒険者はいなかったが、“黒烈”戦にも参加していた領軍が街に戻っていたので、彼らが代わりに巨人討伐に向かったそうだ。

 しかし、あっさり蹴散らされ、ほうほうの体で帰ってきたらしい。


「あのあたりは遊牧民くらいしか住んどりませんが、昔っから山奥に巨人がいるってぇのは有名な話でして。ただ、人を襲ったなんてのは、初めてのことなんですわ」

「……聞いたことがあるね。ザハトゥ山には人間嫌いの火巨人ファイアジャイアントが住んでいて、近寄る者をみな食らい尽くしてしまう、と」


 キャロラインの解説によると火巨人というのは、多くが愚鈍で野卑な巨人の中では比較的、理知的な存在らしい。

 とはいえあくまで『巨人の中では』であって、生物であればなんでも――それこそ、人間だろうが魔物であろうが――食らうことに変わりはないという。


 そもそも巨人というのは神話の時代に神から堕落した、あるいは神になり損ねた大巨人タイタンを祖とする、巨大な人型をした魔物だ。

 同じ大巨人から枝分かれしたと言われる厳族ヨトゥンに比して、遙かに大きく強く、そして凶悪である。


 大巨人が雲や嵐、霜や雷といった自然の元素と深く結びついた存在である一方、単なる巨人は荒れ野や深い森、氷山や砂漠などの極地で暮らす。だから人間と接触することは滅多になく、もし遭遇してしまえば待つのは死のみとされた。

 そのため地元の人間はけっして巨人の縄張りには近づかず、巨人の方も人里に下りてくることはなかったそうだ。


「あっしも詳しいことは存じちゃいませんで、細かいことは冒険者ギルドなり領主様なりにお尋ねくだせぇ」

「わかりました。それにしても、落ち着いてらっしゃるんですね」


 マルグリットの指摘はもっともで、軍を半壊させてしまうような魔物が暴れているというのに、おっちゃんの言動には緊迫感があまり感じられない。


「いや……だって、勇者様が来てくだすったんですから、もう安心でしょう?」


 おおう。自己紹介したわけでもないのに、さすがアレクシア、王国内じゃ顔が売れているな。

 俺たちは領主や冒険者ギルドの依頼を受けてここに来たわけじゃないんだが、厩務員氏は完全に、勇者が巨人を退治しに来てくれたのだと思っているようだ。


 とはいえ誤解とも言い切れないかな。依頼があろうがなかろうが、民衆に危機が迫っているならアレクシアは動くだろうし。

 勇者の責務というより、困っている人がいるなら助けてあげよう、という程度の親切心だ。普通の人間が目の前で人が倒れれば思わず声をかけ、助け起こすのと同じように、アレクシアは自分にできる範囲の人助けを躊躇しない。


 その『できる範囲』が、異様に広いんだけどな。

 常人ではとてもかなわない敵であっても、彼女には大した障害ではならないわけで。


 * * *


 牽き馬を換装し、街を囲む城壁の合間に設置された大門を通る。

 門番は俺が見せた通行証を見て居住まいを正し、詰め所の兵がただちに領主への伝令として走った。


「……どう思う?」


 兵士が御者を変わってくれたので、車中にて仲間と話し合う。


「オネッタの仕業かどうか、という意味なら、『なくはない』というところかな」

「そうね。仮にあたしたちがこっちに来なかったとしても、魔王軍にとっては人間を苦しめることができるわけだし」


 もし火巨人が謎の幼女に操られているとして、時期的にはいつになるだろう。

 この街はやつがキールストラと接触したグロートリヴィエと、王都との中間にある。いったんここで別行動を取り、火巨人に接触した……と考えればおかしくはない。


 山吹党ニーベルングの連中に移動時の行動までは聞いていなかったから、確証は持てないが、あり得る話だ。

 王都で俺を仕留められればよし、逃げ出す羽目になってもここで足止めできる。


 そもそもキールストラが王都を出た後、どこに行ったのかは不明のままだ。

 あいつが後ろ盾の貴族に不利益をもたらした以上、グロートリヴィエに向かったとも限らない。少なくともここまでの道中で、やつの目撃情報はなかった。


「私たちを西に引きつけて、別な方へ逃げたと考えるべきでしょうか」


 その可能性は高いな。というか、俺ならそうする。

 王都の警戒は厳重だ、周辺に潜むのも難しいだろう。クラハトゥ王国から離れるなら最短ルートは西ではあるが、馬鹿正直にそちらを選ぶ理由は薄い。


「ま、“黄金剣ノートゥング”は手配書の情報待ちね。あたしたちはまず、火巨人をなんとかしましょう」


 あの優男一行を放置すると操られる人が増える危険性が大きいが、かといってこの街や周辺の住民が被害に遭うのも見過ごせないからな。そこは、仕方ない。


「でも火巨人って、そう簡単に操られるものなんでしょうか?」


 根本的な疑問を、マルグリットが口にした。たしかに巨人は全般的に愚鈍であり、魔王軍においても魔族や他の魔物の命令に従っていることが多い。

 しかし地域で長く語り継がれるほど自立した個体であれば、その限りではないだろう。


「火巨人といえば、強さだけなら大竜グレータードラゴンにも匹敵する。魔法抵抗力は高いし、小さな女の子の言葉に耳を貸すとも思えない」


 キャロラインは聖女の疑問を、そう肯定する。けれど魔女の表情は、自分の言葉を信じていないようでもあった。


「だが相手は、七ツ星の冒険者を操ることのできる技量の持ち主だ。常識は通じないと思った方がいい」


 そうだ。火巨人が大竜に匹敵するというのなら、七ツ星の冒険者とは、その大竜をも下せる存在なのだ。

 そんな“黄金剣”が手玉に取られれている時点で、謎の幼女の手管は火巨人にも通じる、と思っておいた方がいい。


 あとは、被害の規模だな。それ次第でアレクシアの戦い方が決まる。

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