7-3 城址
グロートリヴィエから〈
並外れて重いエンリだけは、普通の馬では運ぶだけで精一杯になってしまうため、キャロラインの
領軍の協力などを得ようとすると秘密が拡散する恐れもあるので、俺たちだけでの隠密行動だ。
どのみち
といっても野生動物の類いは魔狼を警戒して姿を見せないし、魔物や盗賊は黒耀竜が散らしてしまっている。夜道を走って馬がつまづいたりしない、安全な道筋さえ確保できれば、後続は普通に追いかけてくれればいい。
「しかし、アンタが五ツ星かあ。これからは『イアンさん』って呼ばなきゃね」
「やめてくれよ……」
光球の魔術と投光の魔道具、ふたつの明かりで浮かび上がる道を走りながらぼやいた。彼女に敬称なんかで呼ばれたら、決まりが悪くて仕方ない。
外見こそいたいけな少女だが、ファビアナの斥候としての腕前は俺よりはるかに上だ。腐っていた時期の長い俺に比べ、真摯に努力してきた証だろう。
なんとなく同い年くらいと推測しているが、ひょっとしたら年上かもしれない。
そんな彼女の星の数は、支援職としては破格の四ツ星。魔狼はときに
実際、十二天将がごろごろいる中を突っ切ってアレクシアを救い出した素早さと果断さ、あれができる冒険者がどれほどいるだろうか。
「黒耀竜の噂は色々聞いているが、実態はどうなんだ? 俺たちで勝てると思うか?」
「ここ最近のアンタらの戦いを知らないからね、なんともいえないよ。アタシの見ている最新の姿は、ぼこぼこにやられてノビてるところだし」
あれは仕方ねえだろうがよ。ともあれそこで話を終わらせるのはあんまりだと思ったか、ファビアナは自分の情報収集の成果を教えてくれる。
「基本は
わあそうかそりゃ安心だあ、なんて言うと思ったか馬鹿野郎。
同じ冒険者だから駆け出しも七ツ星も変わらないよ、って言われて気楽になれるかよ。
「せいぜい五ツ星と七ツ星くらいの差だよ」
それにしたって充分な差があるぞ。俺と、キールストラやヘレネーナを比べるようなもんだ。
……はて、そう考えると作戦次第って気もしてくるな。なにも正面きって戦う必要はないんだ、『
「そういえばファビアナ、お前はなんでヘレネーナたちの募集に乗ったんだ? 金がいるってわけでもないんだろ?」
優秀な
世俗的な栄達にも興味はなく、ただ好き勝手に放浪し気まぐれに他の冒険者の手助けをする、それがファビアナの生活様式だった。
「……今回に限っちゃ、金目当てよ。王妃の依頼を受けて、アンタらを助けたのもね」
「理由を聞いても?」
「験が悪いから、内緒」
そう言われちゃ、無理には聞けないな。難事に挑む前にその理由を仲間に語るとか、キャロラインが前に言っていた『死亡フラグ』ってやつだ。
規則正しく呼気を吐き出していた魔狼も相棒を支持するように、うぉふっ、と鳴く。馬が驚くからやめろ。
その後も道を探りながら馬を走らせたが、これといった障害にも行き当たらぬまま、小休止を挟んで目的地に辿り着くことができた。
月光と星明かりに照らされ、荒野のただ中に浮かび上がる台形の塊。
黒耀竜の住処は、山と見紛うほど巨大で無骨な城塞跡であった。
* * *
ボウグダーデン城址。古代、まだ大陸中で強力な魔物が溢れ、人が魔術を十全に振るえなかった時代の遺物だ。
当時の人々は都市を石の壁と屋根で覆い、それを分厚くし続けることで、生存圏を維持していたという。
結果として無数の通路と玄室の組み合わせで構成された、複雑怪奇な巨大建造物が生み出された。
しかし魔術が発達し魔物が駆逐されていくことで、人の生存域は拡大していき、頑丈なだけのこうした建物は需要を失っていく。
蟻の巣くった岩、といった風情の城址はたしかに堅牢だが、住環境としては魅力的といえなかった。より広く拡張性に富んだ都市が主流になり、城や砦も攻めにくく守りやすい形状が一般的になったのである。
「空飛ぶ魔物が相手なら、今でも有効そうなんだがなあ」
「取りつかれて隙間から火を吐きまくられたら、単なる石窯じゃない?」
俺の疑問に、アレクシアがえぐい回答を寄越す。なるほど、たしかに。
現代的な城塞は地上の魔物を防ぐ高い壁の上に、対空戦を想定し大型の弩や砲を配置するのが一般的だ。
平城は空中からの攻撃に対し無力に見えるが、回転する土台に据えられ射角を深く取れる射撃兵器を揃えられるなら、攻め手にとって充分な驚異となる。
「そう言えば聞いた話だけれど、北方のクネッペル王国じゃ隣国の
「正気かよ」
「どこにでも、おかしな発想をするやつはいるのね」
キャロラインの蘊蓄に戦慄したりしつつ、城址に近づく。かつては大扉で塞がれていたであろう入口が、ぽっかりと開いていたので騎乗したまま進入した。
目指す黒耀竜のねぐらは城址のほぼ中央、崩落した中心区画にやつは腰を据えているらしい。火山なら火口に当たる位置だな。
火口といえば、藍之家の建っている山を思い出す。
「イアン様?」
物思いに耽りかかった俺に、弓を手にしたヘレネーナが声をかけてきた。
いかんいかん、感傷的になっている場合じゃない。
彼女は背丈よりも大きなごつい
後衛職には見えない物々しい武装だが、遠距離から高威力の射撃を繰り出すという彼女の戦闘方法は、分類するなら後衛職と言う他ない。
並の力では弦を引くこともかなわぬ剛弓、そこから繰り出される矢は、金属甲冑も易々と貫く。
それでいて速射や曲射の技にも優れ、アレクシアの鞘と同種の矢筒には特殊な効果を持った矢が何種類も収まっており、状況に合わせた前衛の援護も可能だ。
「このまま奥へ進めばいいんだよな?」
「ええ。地下と三層までは探索済みですわ。この先に広場状の場所がありますから、そこに馬を繋いで、中心域を目指しましょう」
外壁を登って上から襲撃をかける手も考えたのだが、黒耀竜が戻ってきた時に見つかる危険は避けたい。
となると城址内部を抜け、上層部分から攻撃するのが最善策だろう。
周囲の野性動物は竜を恐れて姿を消しているが、城址内部はその限りではない。
でかい図体で通路や玄室に入ってこれるわけはなく、至近距離ではかえって莫大な魔力に惹かれた魔物が集まっているようだ。
繋いだ馬は影爬虫に守ってもらい、いざとなれば城址の外に逃がせばいい。
そのまま馬が逃げ去ってしまったとしても、ここから〈境門〉でグロートリヴィエ聖堂まで飛べばいいだけの話だからな。
「隊列は以前に組んだ時と同じでいいわね。イアンとファビが先行、あたしとエンリが前衛、ゴスが最後尾」
アレクシアの提案に、全員が頷く。
城内の通路は広狭があり、数人が行き交えるほど広い場所もあれば、巨体のエンリでは通ることさえ一苦労な道もある。天井の高さによっては、ヘレネーナの援護射撃も制限されるだろう。
とはいえ遭遇戦があったとしても、それは本題ではない。襲撃に適した場所を一刻も早く見つけ、黒耀竜を倒すのが目的なのだ。
それまでの消耗も抑えなければならないが、時間をかけすぎるのもまずい。
なかなか厳しい探索行になりそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます