11 間違っているとは思えなかった
11-1 将来
「口ほどにもないわね」
あたしは折り重なるように倒れた男どもを見下ろし、ふんと鼻を鳴らす。
品がないからするなと言われた仕草だけど、今はあいつがいないから、うっかり出てしまった。
いけない、いけない。どんなときでも女らしくしないとね。
木製のビアマグに残っていた麦酒を一気にあおって、息を吐く。
ビッセリンクは
「うう、強ぇ……」
きっちり全員の意識を刈り取ったつもりだけど、男どもの一番上に倒れていたでかいのが、息も絶え絶えに呻きを漏らす。
「ちょっと、アレク! やり過ぎですっ」
乱闘に巻き込まれないよう下がらせていたリットが、頬を膨らませ抗議してきた。うーん、可愛い。
なんて和んでいる間に倒れた男どもに近づいて、治癒の魔術をかけてあげている。放っておきゃいいのに。
まあ血迷ってリットに手を出すようなら今度こそ半殺しじゃ済ませないし、あの子もそれなりに腕は立つから、大丈夫でしょ。
「喧嘩するな、って言われなかったっけ?」
我関せずと葡萄酒の杯を手に卓に着いたまま、キャロがおかしそうに聞いてくる。
長くて綺麗な足を優雅に組む姿は、女のあたしも目を奪われるほど色っぽい。
「喧嘩じゃないわよ、降りかかる火の粉を払っただけ」
「ふ。ものは言い様だね」
くすくす笑いながら杯を傾けているけど、ろくに食べずに飲んでばかりじゃ、また二日酔いになるわよ?
ほんと、あいつがいないと、自堕落なんだから。
ここはビッセリンク鋼血帝国の片隅、首都へと続く街道からは離れた宿場町だ。
町で唯一の宿屋兼酒場で食事を取っていたら、地元のごろつきに絡まれたので、速やかに全員だまらせた。
なんかどこに行っても、ちょっかいをかけられるのよね。
あたしは認識阻害の外套を羽織っているし、キャロは魔術で注目を集めないようにしているそうだから、きっとリットが可愛すぎるせいだわ。罪な娘ね。
まあうらぶれた酒場の隅で食事をしていても、そこだけ光り輝く聖域みたいだものね、無理もないかしら。
人類の至宝といっても、過言じゃないと思うわ。
「聞いてますか、アレク」
「え、ごめん、なに?」
治療から戻ったリットがなにやらお説教をしてきたけど、いつもの喧嘩は良くないとかお淑やかにしなさいとかいった話なので、聞き流して可憐な顔に見とれていた。
「もうっ! もうっ!」
牛かしら。怒っている顔も可愛いけど、怒らせすぎると一緒に寝てくれないので、今度こそちゃんと話を聞くことにする。
床で寝るのはべつに平気だけど、寂しいからね。
「だから、ミーランとの国境線が、封鎖されているそうなんです」
「へ? なんで?」
「ボクらが十二天将に負けた話が、広まっているみたいなんだ。それで、攻勢に翳りが出ているらしい。だよね?」
キャロの問いかけに、うなずくリット。
彼女が顔を向けた先を見ると、さっきのごろつきたちが席に座り直し、愛想笑いをしている。どうも、治療した連中から先行きの情報を仕入れたらしい。
こういうところは、しっかりしているっていうか、あいつにくっついて回った成果が出ているわね。
人見知りもちょっとずつ改善されているようで、お姉さんは嬉しいぞ。いや、あたしの方が年下なんだけどさ。
それにしても、国境封鎖か。あたしたちや色んな人が頑張って取り戻したミーランを、また見捨てる気なのね。
むしろこの国自体が魔王の襲撃前は、他の国に侵略をしかける側だったからなあ。
「どうしますか? ラングポートに直接、向かう手もありますけれど」
あたしが考えるの? 当たり前か、アイハラ猛撃隊のリーダーはあたしだもんね。
いつの間にか、あいつが方針を示してあたしが決める、って流れが定着していたな。頭を使うのはあいつとキャロの役目、だなんて甘えていたかもしれない。
「キャロはどう思う?」
「ん~、国境線を突破するのは、やめた方がいいかな。この国と揉めてもいいことなさそうだし」
まあね。魔王軍にぼこぼこにやられたとはいえ、未だ大陸西部じゃ一番の強国だ。
クラハトゥ王国の国定勇者たるあたしが、もめ事を起こすのは良くない。多分。
地理的にはクラハトゥ国の西にベヘンディヘイド、間に一国はさんでこの国、その北西にミーランがある。
他にも国境を接している国はいくらでもあるけれど、魔王軍の本拠地を目指すならミーラン越えが一番、近いのよね。
「ラングポートに入ってそこから北上、って道もあるけど……」
「この時期に砂漠越えは、ちょっと勘弁してほしいね」
そうなのよねぇ。西に位置するラングポート首長国の国土は南北に長く、ビッセリンクに面したあたりは、広大な砂漠地帯だ。
そろそろ夏を迎えようというこれからの季節に、砂漠を縦断するのはきつい。
キャロの〈
魔王のやつが使い魔を仕込んでいる可能性はあるけど、闇雲に恐れてちゃ、どこにも行けないし。
でも魔王軍の目を引きつける、って目的もあるし、あまり一気に進みたくはない。
周辺の国の準備が整うまで、まだまだ時間はかかるだろうからなあ。
「いっそ、ウェイセイドに引き返して飛空艇を出してもらいますか?」
それも手よねえ。教皇には密書を送って事情を伝えてあるし、なんとかっていうリットを変身させる神器を受け取りに行かなきゃだし、寄り道は悪くない。
ただ、クラハトゥ王国の南東にあるウェイセイド皇国に向かうとなると、陸路なら途中でピットゥ国を通ることになる。
あそこは知り合いが多いから、〈境門〉ですっ飛ばしちゃうと、なんで立ち寄らなかったのかという言い訳を別に用意しなきゃいけない。
うーん。〈境門〉のことを秘密にするためには、陸路でも不自然じゃない行程を進まなきゃいけないのが、面倒だ。
魔王を倒せてもあたしたちの人生は続くんだもの、キャロの身柄が国同士の奪い合いになるような事態は、避けなくちゃね。
ただでさえ広域破壊呪文を単身で操る彼女を、欲しがる国は多い。
この上で、自由に長距離転移できるなんて知られたら、そいつらがどんな手を使ってくるかわからなかった。
無事に魔王を倒したら、しばらくは冒険者はお休みする予定なんだ、余計なトラブルは抱え込みたくないな。
高位の冒険者は状態異常に高い耐性を持つ、称号持ちのあたしたちは、尚更だ。
つまり冒険に身を置いている限り、あたしたちは子どもを授かることができない。
妊娠が状態異常だなんて思いたくないけれど、実際そうなんだから仕方なかった。
でも世界が平和になったら、あたしは、あいつとの子どもが欲しい。リットもキャロも、同じ気持ちだと思う。
そのために、魔王を倒すのは絶対だとしても、将来のことも考えておかないとね。
* * *
出会ったときは、まさかこんな気持ちを抱くだなんて、欠片も思わなかった。
『おいおい、ここは託児所じゃないぜ? 勇者ごっこがしたいなら、余所へ行きな』
忘れもしない、初対面でかけられた言葉。
リットとキャロと三人でパーティを結成するため訪れた冒険者ギルドで、受付を済ませていたあたしたちに、あいつはそうやって絡んできた。
やたら鋭い、でも淀んだ目。
心配されたり媚びへつらわれたり、いやらしい視線を向けてくるやつはいた。だけどあんな風に、傷ついた獣がそれでも縄張りを守ろうとするような、昏くて哀しい目は初めてだった。
熟練冒険者が新人を脅したりからかうことがある、と聞いていたけれど、それとは違う。たくさんの挫折を知って、大勢の死を見て、いろんなことを諦めた顔。
その顔で言うのだ、勇者の真似なんかやめろ、と。
許せないと思った。あたしは、こいつみたいな顔をした人間がいなくなるように、勇者を目指すことにしたんだ。
みんなが笑って前を向けるように、戦うと決めたんだ。
だから冒険者ギルドの幹部に願い出た、こいつをパーティに加えたい、と。
リットは露骨に怯えていたし、キャロもいい顔はしなかったけど、説き伏せた。
これから世界を平和にしようっていうんだもの、最初の一人から見捨てたんじゃ、この先やっていけるとは思えない。
そうして、あいつはあたしたちのパーティの支援職になった。
なぜかギルドには誤解されて、奴隷落ちすれすれの従者として配属されたのは、予想外だったけれど。
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