3-3 策略
何が言いたいかというと、“緋惨”の身体構造がでたらめだってことだ!
鞭のように長くしなって伸びてきた手首から先が、俺の眼前で人の指のごとく枝分かれした。左右の手に構えた短剣で必死に弾くが、両手じゃさばききれない、追いつめられる前に距離を取る。
そこへ向こうのもう一方の手が、棘つきの球と化して襲いかかってきた。
「うおおおっ」
二つの短剣を同時に叩きつけるようにして、
ついでに伸び切ったやつの腕に、帯状に束ねた火薬の筒を巻きつける。魔道具の指輪で着火、爆発を起こさせるが、表面にわずかな焦げ目を作った程度だった。
「芸達者だナ」
そりゃお前だよ!
先ほどまでの闇の刃を纏った、高速だが直線的な攻撃とは違う。変幻自在に肉体を組み替えての柔軟かつ多彩な攻撃に、ただでさえ防戦一方だった俺は、逃げ回ることしかできなくなっていた。
さっきのようにわずかな隙で反撃を試みても、なんら痛痒を与えられない。全力で攻撃にだけ集中しても有効打を与えられるか怪しいというのに、これでは一方的に弄ばれるだけだ。
ただ回避に徹するだけなら、
だが欠点として獣族の言葉しか喋れなくなるため、呪文が詠唱できなくなるのだ。それでは本当に全てが後手後手になって、活路を見いだせない。
こいつを相手にするには、魔術の力も必要だ。そのために、事前に実験だってしたんだからな。
「さテ。そろそろ馴染んできタ、出力を上げよウ」
ちょっと待て、今までのは『慣らし』だったとでも言うのか。そんな俺の疑問に答えるように、“緋惨”の体がふたまわり以上、大きくなった。迫力が増したとか骨の組み方が変わったとかいうことではなく、骨の一本一本が太く大きくなったのだ。
洞窟に三つある部屋の中でこの場所は狭い方とはいえ、頭頂が天井をこすりそうなほど高い位置にある。伸縮自在のやつの腕なら、もはや部屋のどこにも逃げ場はなさそうだ。
「キサマら人間につけられた傷ハ、まだ癒えぬガ……それなりにハ、動けるようになったゾ」
くそ、こいつ俺を相手に、身体機能の回復訓練でもしてたってのかよ。そういうのは治療院でやれ、魔王軍にそんなもんあるか知らねぇけど。
「主らのところニ、駆けつけたかろうがナ。我モ、羽虫を潰しただけでハ、面目が立たヌ」
こちらの事情を見越したようなことを言って……いや、本当に把握している? もしやと思って
いやがる、盆地の上空に小鳥くらいの闇翅鳥が数体、翼を広げ浮いている。
「気づいたカ? キサマらモ、似たようなことヲ、しているだろウ?」
使い魔みたいなもんか、それとも分体を作れるのか。いずれにせよこいつも、ほかの連中の戦いを監視していたようだ。
「このままでハ、りゅーぜに聖女も魔女もとられル。それも業腹ゆエ……さっさト、死ネ!」
ぐわっ、と巨大な骨が迫ってきた。体が大きくなったせいで動きははっきり見えるが、速度が落ちたわけではなく、むしろ上がったように感じる。
いよいよ本気ってわけか。これで俺には──
勝ち目が、できたぜ。
「〈
屈みながら叫び、
そして拳撃を受けた地面から、先端の尖った石の柱が三本、勢いよく突き出す。本来は突進してくる騎馬の群れに対処するための魔道具なのだろうが、いま狙うのは“緋惨”のあばらの、その隙間。
普通に魔術をぶち当てたところで、俺の魔力じゃ奴の魔法防御は貫けない。
だが、巨大になったことで広がった骨の間に、物理的に生み出された石の槍を通したら?
「なんだト!?」
当然、絡め取られるように動きを止めざるをえない。構造を変化させるなり、闇を噴き出して石を消滅させるなり、脱出の手はいくらでも打てるだろうが……その隙は、与えない。
「っらあ!」
低い姿勢で周囲を走り回りながら、次々と
骨自体に当たった槍は呆気なく砕け散るが、骨の隙間に入った槍はそのまま固定された。
そして俺は動きを鈍らす“緋惨”の体を、駆け登る。時間にして数秒もすれば、こいつは何事もなかったかのように体に突き刺さった無数の石槍を砕いて、今度こそ完璧に俺を殺すだろう。それは半ば確定の事項だ。
そうはさせないために、俺は策略を巡らす。
「
異空間にしまっておいた物を、走りながらぶちまける。そして、それが相手に触れる端から、氷河の
氷自体はすぐ溶けてしまうが、撒いたものは湿ってへばりつき、闇翅鳥の赤い骨格を黒く染めていく。
「なんダ、これハ」
「砂鉄だよ、ただの」
ザックスはビッセリンク鋼血帝国の砲撃部隊にやられた傷が、癒えていないと言っていた。記憶を同調させた仮面の魔族は、治癒や再生を阻害する術式……と認識していたようだが、実態は異なる。
帝国の内通者から聞いた情報によれば、闇翅鳥に打ち込まれたのは、無数の鉄片だ。
魔力と重金属の相性が悪いことは、古来よりよく知られている。だから魔術師はあまり金気のものを帯びないし、魔法金属を鍛える際には特殊な触媒を要するのだ。
逆に未精製の鉄などは魔力、ひいては核たる魔石から流れる魔力で命脈を保っている魔物と、殊更に相性が悪い。
そうはいっても鍛えていない鉄なぞ、魔物の頑丈な体を傷つけるには力不足だが、ビッセルリンクは逆転の発想を持ち出した。すなわち魔術と火薬の爆発で破片が飛散するよう設計された、『榴弾』と呼ばれる飛翔体を、雨霰とぶち込んだのである。
ザックスの骨の体には、目に見えない小さな無数の傷を介し、膨大な数の鉄片が残留していた。『治癒や再生を阻害する術式』とはとどのつまり、魔物にとって有害な毒となる、除去不能なほど細かな金属だ。
そして今、巨体を晒すこいつの体表にへばりついている、無数の砂鉄。こいつに強い電流を流すとどうなるか。
「
「やッ、やめロ!」
「
磁性を帯びた体表の砂鉄と体内の鉄片が、引き合う力で結びつく。
骨を割るような強い磁力じゃない、だが鋼血帝国の砲撃部隊が全滅と交換につけたわずかな傷に、砂鉄が……魔物にとっての毒が、染み込んでいった。
「あががががガガッ! き、キサマァ!!」
強酸の雲を浴びても平然としていた“緋惨”が、初めて苦悶の叫びを浴びた。
その間も足を止めなかった俺は、ザックスの肩まで駆け上がり、狙っていた一点に拳を叩き込む。
「食らえっ!」
天井から生えた石の槍が、直上から骨の体に突き刺さった。そしてそこは、先日アレクシアが大技をぶっ放して派手なひびを入れたところでもある。
「そら、おかわりだっ!」
連続して拒馬の拳鍔を叩きつけ、石槍を増産した。三本、六本、九本。もう一丁、と腕を引いたところで、びしりと嫌な音が響く。
身悶えする“緋惨”の体を滑り降りて、距離を取った。闇を噴き出して体に刺さる石槍を砕き、全身に染みこむ鉄片を振り払おうと暴れる。
だがそのせいで支柱となっていた石槍を失い、とうとう天井が崩落し始めた。
おまけとばかりにそこらの壁にも〈石破〉を叩き込んで、岩壁を削っておく。ただでさえ脆くなった構造が更なる一撃を受けて、大音響とともに崩れていった。
「そこでしばらく、大人しくしてな」
俺の頭上や進路にも岩が降り注いでくる、そいつを必死で避けつつ、言い置いてやる。これで死んでくれりゃ御の字だが、そう上手くもいくまい。
こっちは打撲に創傷に疲労に魔力消耗と、もうズタボロだ。相手が本調子でない上に油断していてこれだからな、よくまあ致命傷を受けずに切り抜けられたもんだぜ。
藍之家で“緋惨”を警戒が必要という話が出てから、いろいろ試行錯誤した甲斐があったな。
事前の実験で、鉄に〈感電〉を使うと磁性を帯びるのは確認済みだった。俺は使えないが〈
そんな幸運に感謝しつつも俺は仲間の援護を、本来の役目を全うすべく、その場を逃げ去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます