5 手段を選んでいられなかった

5-1 手配


 魔術師ギルドの下部組織である、印刷所。

 賑やかな音を立てて円筒が回転し、呑み込んだ紙を吐き出すまでの過程で、活版に合わせて塗料を押しつけていく。等間隔に並んだ紙は裁断機で次々裁ち切られ、同じ内容で同じ大きさの書類が量産された。


「犯罪者を捕まえる依頼は見たことあるけど、自分たちで手配するなんて初めてね」


 アレクシアが楽しそうに、魔術で作成した凹版を眺めやった。本当は職人に手作業でやってもらった方が仕上がりがいいのだが、今は速度が優先だ。


 なにをしたかと言えば、キールストラ一行の、手配書を作成したのである。

 念のためフィリベルト以外の山吹党ニーベルングの連中にも話を聞き、オネッタの特徴は把握した。ざっくり似顔絵を描いてみると、似ていると保証してもらえたので清書する。キールストラと、やつに従った二人の似顔絵も描いた。


「捕まえるのが目的じゃなく、単なる網張りだけどな」


 大量に刷った手配書を王都のあちこちに掲示する他、早馬や伝書鳥を使って国内各地にも届けるし、新聞にも掲載してもらう。連中を潜伏しづらくさせ、あわよくば打って出てもらおうという算段だ。

 まんまと釣れれば良し、釣れなくても各地で“黄金剣ノートゥング”一行を警戒する機運が作れれば、同行しているオネッタも悪さをしづらいだろう。


 罪状をどうするか悩んだが、キールストラ一行は勇者への襲撃犯、協力者のオネッタは魔術で姿を誤魔化している詐欺師……ということにした。

 人の精神を操る魔王軍の手先が暗躍している、なんて推測のままに書いたら、各地で混乱が巻き起こること必至だからな。


 いっそあの優男が幼女を誘拐して逃げている、なんて嫌がらせめいたでっち上げも考えたが、それだと肝心のオネッタを取り逃す可能性がある。

 べつにあいつの評判を落とすことが目的ではないのだ、自重しよう。


 冒険者ギルドと第一王子派にかけあって、賞金も懸けさせた。危険人物なので目撃情報の提供のみに報償を出し、殺害や捕縛に見返りは出さない。

 七ツ星の冒険者に挑む恐れ知らずは少なかろうし、下手に生け捕りを狙われて幼女に操られたら困るからな。


「有益な情報には最大でクラン金貨百枚、か。張り込んだねぇ」

「俺たちが出す金じゃねえしな」


 キャロラインが刷り上がった手配書を眺め、感心したように言う。

 この国の金貨は銀貨二十枚分、銀貨は銅貨二十枚分。金貨百枚と言えば、中堅どころの役人の年収にも匹敵する額だ。


 とはいえ賞金は冒険者ギルドと国の折半で供出されるため、俺たちの懐は痛まない。こういうとき、権力が味方についていることのありがたみを思い知るな。

 情報の精査は各地の衛兵や冒険者ギルドに任せよう。大きな冒険者ギルドなら通信の魔道具は備えているから、その時点での最新情報は把握できる。


 そしてやつらの居場所が突き止められたら、魔女の〈境門イセリアルゲート〉で強襲するのだ。

 場所によっては〈境門〉の秘密が露見しかねないので思案が必要だが、たまたま近くにいたとか旅の馴手ライダーに協力してもらったとか、適当な言い訳をすればいいだろう。


「でも、国のお金を私たちのために使ってもらうのは、ちょっと気が引けますね」

「そう言うなって。そもそも俺たちは、今まで控えめすぎたんだよ」


 国庫というのはどこからか湧いて出るものじゃなく、つまりは民衆が納めた税金だ。それを自分たちの都合で使うことにマルグリットは躊躇しているようだが、俺たちの身の安全を守るための投資は、国のためと言っても過言ではない。

 べつに私腹を肥やしたりするわけでなし、そんなことにまで遠慮しなくていいと思うがな、こればっかりは性分か。


 残りの印刷を所員に頼み、俺たちは魔術師ギルドに向かった。刷り上がりの見本をネスケンス師に渡し、魔学舎アカデミー全体に周知してもらうためだ。

 彼女には魔石の改良も頼んでいるし、師匠使いが荒いと怒られそうだな。


「なんだい、まだ出発してなかったのかい?」

「色々状況が変わりまして……」


 総帥としての事務仕事を研究室でこなしていたネスケンス師を尋ねると、半眼で文句を言われた。

 まあこっちの都合で色々急かしておいて、結局まだ出発できていません、じゃ格好がつかないのはたしかだ。


「ひとまず、魔石から魔力を直に引き出す方法の、とっかかりくらいは掴めたよ」


 そう言って彼女が取り出したのは、指で摘まめる程度の小ぶりの魔石だ。通常の黒光りするものと違い、全体に青い輝きがうねって混ざり込んでいる。

 ぱっと見は角閃石アンフィボール入り石英、嵐映石テンペストストーンとも呼ばれる宝石に近いが、揺らめく光が微妙に動くためどこか生物的な印象を与えられた。総帥はそれを空のコップに入れると、キャロラインに差し出す。


「呪文の構文を魔石そのものに転写してある。魔力を流してみな、触れなくてもいい」

「こうかい?」


 コップに向けて魔女が指を突きつけると、途端に中が水で満たされた。それどころか小さな噴水のように溢れ、ネスケンス師の手を濡らす。


「注ぎすぎだよ、馬鹿者」

「こいつは〈湧水クリエイトウォーター〉かい!? 凄いね! 小呪文キャントリップほども魔力を使っていないのに」


 呆れる師匠に対し、その弟子は興奮してコップを覗き込んだ。水底に魔石の姿はなく、ただ透明な水をたたえるのみだ。


 微細な魔力でちょっとした効果を引き起こす小呪文は、手を伸ばさず物に触れたり可燃物を熱したりといった、自分の指でも起こせる程度のことしかできない分、魔力の消費などあってないようなものだ。

 それが、曲がりなりにも無から有を生み出す効果を引き起こしたのである。キャロラインの興奮もさもありなんというもので、俺も正直、驚いている。


「魔力のみを抽出するのが難しかったからね、前段階としてひとつの呪文のためだけの魔石を作った、ってわけさ。名づけるなら『呪紋石』ってところだね」

「いや……これは凄いですよ総帥。魔石を使い捨てにするとはいえ、魔道具の歴史が変わるかも」


 使い勝手は巻物スクロールとほぼ変わらないが、費用対効果が圧倒的に高い。欠点といえば、術者が使うことのできる呪文からしか作れないことくらいか。


「いや、見てのとおりちょっとした魔力で構文が起動しちまうからね。現段階じゃ攻撃呪文は、危なっかしくて転写できない」


 ああ、まあなんかの拍子にいきなり天から隕石が降ってくるとか、おっかなくて持ち歩けないわな。


「それに、大魔術となると相応の魔石が必要になるのも問題さね。そういう目的で使用するなら、まだ直で魔石を砕いた方が応用が効くだろうさ」


 いやでも凄いな、治癒の魔術を封じれば水薬ポーション要らずじゃないか……と思ったが、水薬の作成にかかる費用を考えると、足が出ちまうか。どう考えても魔石の方が高くつく。


「いずれにせよ、もう少し研究が要るね。あんたも励みな、愛弟子」

「もちろんさ、やっぱり師匠は凄いな」


 にやりと笑うネスケンス師に対し、キャロラインは子供のように笑い返した。


 * * *


 楽しい実験成果のお披露目だけで話が終われば良かったんだが、ここまできた本来の目的も果たさねばならない。

 かいつまんで事情を説明し、手配書を総帥に渡した。つまらなそうに受け取った紙を見やったネスケンス師だったが、目を丸くしてそこに描かれた絵を見つめる。


「小僧。この人相書きは、たしかなのかい?」

「山吹党の連中には保証してもらいましたよ」

「……そうかい」


 珍しい、ふてぶてしさが人の形を取ったような婆さんが、信じがたいものを見たかのように目を泳がせている。


「どうしたんだい師匠、まさか“黄金剣”が好みの顔だったとか?」

「色ボケは自分だけにしときな。そうじゃなく、こっちの子供だよ。知り合いの幼い頃に似ていたから、驚いただけさね」

「本当なの!?」


 仰天したアレクシアが思わず詰め寄るが、ネスケンス師は苦笑とともに首を振る。


「名前まで一緒ってのが皮肉だけれど、他人の空似だろうさ。昨夜、話したろ? 男遊びで身を持ち崩した姉弟子がいたって」


 ああ、そんな話をしていたな。彼女が幼少期に知り合って、それなりに年を取るまでともに育った相手となれば、そちらも老境に達して久しいはずだ。幼女とは結びつかない。

 いや、案外その孫かひ孫ってことは、ありえるか? そんな相手が偶然、魔王軍と思しき勢力の手先ってのも……これまた、不自然だわな。


 勢い込んだ勇者であったが、話を聞いて脱力する。緊迫した空気が弛緩して、聖女も魔女も苦笑するしかなかった。


「『オネッタ』という名前は珍しいですけれど、いない、というほどでもありませんね」

「それすら多分、偽名だろうしね」


 とはいえ、一応は頭の片隅に置いておくか。万が一この幼女が総帥の姉弟子の身内だったりしたら、勢い余って殺したりするのは後味が悪い。


「ちなみに師匠、姉弟子のオネッタさんの消息は?」

「さあねぇ。学究をさぼって男と酒に溺れた揚げ句、顔だけは良い道楽者に入れ込んで、最後は研究資金をくすねて行方をくらましちまったからね」


 うわあ。そんなのが身近にいたら、そりゃ惚れた腫れたは面倒だ、って気持ちになるのもわからなくはない。アレクシアたちも若干、引き気味だ。


「師匠……そんな反面教師がいて、よくまあボクに恋愛の素晴らしさを説く気になったね」


 キャロラインでさえ呆れた顔をしている。だがネスケンス師は遠い目で手配書に描かれた幼女を眺め、あるかなしかの笑みを口の端に浮かべた。


「だらしのない姉弟子だけど、才能はあったよ。それに、派手に遊んでいるときほど、妙に冴えた着想を見せる人でね。魔術以外の視点も必要なんだ、と教えてくれもしたのさ」


 遥か昔を幻視しているのか、総帥の表情は柔らかい。過去の経緯を表現する言葉は手厳しいが、姉弟子自身のことは嫌いではなかったのだろう。

 年若いアレクシアたちはぴんとこない顔をしているが、俺にはなんとなくわかる。過去の思い出ってやつは美化されるもんだからな、ネスケンス師の記憶の中じゃ、オネッタがもたらしてくれた良い経験の方が印象深いようだ。


 俺だって鬱屈した半生を送ってはいたけれど、振り返ればそれなりにうまくやれた相手や、楽しく過ごせた時間もあったように思う。

 ま、今が幸せだから、そう感じるだけかもしれないがな。

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