9-8 連携
速やかに、密やかに、戦場へ忍び込む。
魔王と勇者は空中を上に下に、絶えず位置を変えながら、攻撃を繰り出しあっていた。
少年の放つ〈
少女の双剣もまた当たれば手足を斬り落とし、内臓まで切断するだろうが、うまくかわされていた。
一進一退の攻防はしかし、間合いに勝るツバサが終始、優位を保っている。うまく接近できたとて、指の一本も向けられれば回避するしかなった。
頭にでも当たったら、それだけでアレクシアは即死だ。捨て身の突撃はできない。
「チッ、面倒くせぇ!」
苛立たしげに突き出された十指、その全てから光線が放たれた。
狙いなどつけず完全に無作為、だからこそ避けがたい致死の檻を、蜂のように細かく鋭い動きですり抜ける。
「そっちこそ!」
頬や手足に灼き傷をつけられながらも、どうにか全ての攻撃を避けきった勇者が、鋭い突きを繰り出す。
よし、完全に入った。
だが聖剣が不吉な絵の描かれたシャツを刺し貫く直前、硬質ななにかが少年の背後から鞭のように振るわれ、剣先を弾く。
基部が膨らんで先端が鋭く尖ったそれは、蠍のような尾の先であった。蠍の尾と異なるのは、どの方向にも伸縮自在なこと。
「しゃっ」
それを証明するように、魔王は今まで使わなかった尾による刺突を連続して放つ。
同時に片手を地上に、
魔女からの攻撃を警戒したんだろうが、生憎だったな。彼女が唱えていたのは俺への呪文だ。
「いと高き生命樹よっ」
「音よ我が意に従い軋め、軋み戦慄き耳底を塞げ、塞ぎ全ての詞よ失せよ」
打ち込まれた光線が聖女の障壁に受け止められると同時に、一見してなにもない草叢に呪文が放たれる。
ステッキがくるりと回転し、念話によって詠唱されていた呪文もまた、同じ場所に行使された。
『大気よ流れて風となれ、風よ吹き寄せ爪を成せ、爪よ時さえ掴み速めん』
頼んでおいてなんだが、念話での詠唱って、お前それありなのかよ。
高い〈
「〈
「〈
ともかく魔女からの速度を上げる呪文と、〈
同時に世界から、一切の音が失せる。おそらくわずかに遅れて発動した〈
これで魔王の、肉体を操る言葉は俺には届かなくなった。
俺は腰袋から投げナイフを数本まとめて抜いて、魔王の背後に回り込む。〈
だが、生物である以上、予想外の攻撃をされれば、なにかしら反応はするはずだ。
ぐっと身をたわめ、アレクシアとやつとの攻防を見守る。
素早く周囲を飛び回る勇者に対して腕を振り上げ、その顔がこっちに──向いた!
俺はやつの顔面に目がけてナイフを投じ、素早くその場を駆け離れた。そして位置を変えながら、次々とナイフを放っていく。
眼前に迫った刃が気流によって阻まれ、なにごとかと顔の向きを変えた少年を、次から次と白刃が襲う。
いかに効きはしないとはいえ、剥き身の刃が顔の向きに合わせ飛び込んでくるのだ。肝を冷やすとまではいかなくとも、鬱陶しいのは間違いない。
不遜な攻撃者を捜すように目線をさまよわす少年に対し、頭上を取ったアレクシアが蹴りを放った。
飛び道具に対してはほぼ無敵の〈空鎧〉も、近接攻撃の質量までは防げまい。
咄嗟に防御のため交差されたツバサの腕を、勇者の蹴りがしたたかに打ち据えた。そしてそのまま〈
パーカーがはためき、際どい水着が全開になった。そんなことは意にも介せず大口を開けているのは、聞こえないが気合いの声を発しているんだろう。
そのままもつれ合うように地面に激突するも、伝わってくるのはかすかな震動くらい。
けれどもう一方の足で肩を蹴られ離脱された魔王は、羽をひしゃげさせ、片膝を地に着いていた。
吹き散らされた〈空鎧〉の気流が再び集まり出そうとしている、今だ。
無音の世界の中で俺は
(
自分の呪文も聞こえないが、声が出ていないわけじゃないんだ、発動はする。
はたして試験管の中身は空気と混じり合い、赤い煙を吹き出させた。よし、成功だ。
魔王がなにか叫んでいる、ような気がした。煙は催涙成分を含んでいて、目に入ればまともに開けていられなくなる。
再生能力を持った
頭上から投網が多い被さる、その直前に合わせ
俺が手にした物体にも〈加速〉は効果が及ぶ、普段より高速で回転飛翔した手斧が魔王に迫った。
しかし、ひしゃげた羽はそれでも持ち上がり投網と手斧を弾く。勢いを取り戻した気流は、内側から煙を吹き飛ばした。
視覚を奪えれば楽になるかと考えたが、そう思いどおりにはいかないな。
相手ににらまれる前に素早くその場を離れ、死角へ死角へと回り込む。
アレクシアを相手にしながら俺だけに構っている余裕はあるまい、そら、避けた先に妖刀の刃があるぞ。
罵声や怒声は耳に届かないが、表情から魔王の奴が苛立ちを募らせているのはわかる。
とはいえ出現したときからずっと不機嫌そうだったので、あまり変わった風にも見えないが。
悪の親玉なんだから余裕ぶって上から目線で偉そうにしてりゃいいのに、なんだってあいつはあんな、場末の酒場でくだを巻く親父みたいなツラをしているんだ。
まるで、冒険者ギルドの隅で腐っていたときの、俺みたいじゃあないか。
あれだけのとんでもない異能を持っていりゃ、人生なんて思うがままだったはず。逆らう者は操って屈服させ、それでも反抗するなら殺せばいい。
新大陸がどんなところか知らないが、今までさんざん好き勝手してきただろうに、なにが不満だっていうんだ。
……くそ、らしくねえ。
敵の心情に思いを巡らせてどうする、頭を使うならやつを倒す方へ向けろ。飛び道具は〈空鎧〉で弾かれる、もっと大質量の攻撃を放て。
俺は地面を氷河の
(
アレクシアはこちらの意図を汲んで、跳び離れてくれる。
このあたりの呼吸はさすがだ。
(
相手の視線を樽で遮れるよう地べたに伏せて、呪文を完成させる。
凍った地面に電流が伝わって、こぼれた黒い粉末、樽を満たす炸薬に着火した。
瞬間、閃光と衝撃が周囲を満たす。
呪文を喚び起こす声は聞こえなかったが、俺とアレクシアの周囲を白色の障壁が覆って、爆発のもたらす猛威から守ってくれる。
事前の打ち合わせもなしにやったことだが、マルグリットもまた勇者と同様、俺の考えを読んで防護の魔術を使ってくれた。
となれば当然、最後の一人にして俺と思考が近い彼女も、このタイミングで必要な連携を取ってくれる。
これは期待ではなく、確信だった。
音のない世界で放たれたキャロラインの呪文、それは爆発によって黒線を引きながら空中に吹っ飛んだ少年を追いかけて、色とりどりの光が撃ち上がるというものだった。
花火のように華やかで虹のように鮮やかだが、実態は恐ろしい。
赤や青や黄色や緑、煌びやかな光の一閃一閃がぶち当たるたび、ツバサの体に衝撃が走っているのは見て取れた。
あれは〈
これと狙った効果を与えられない博打じみた呪文であるが、その分だけ特定の効果に絞って防ぐのも難しい。
なるほど、魔術防御に長けた魔王に対しては有効な呪文だろう。
事実、上空まで吹き飛んだ体が自由落下に転じても、少年は苦悶の表情を浮かべたまま羽を広げられていない。麻痺か竦みか、体の自由が効かない様子だ。
そこへ風をまとって飛翔したアレクシアが、聖剣を輝かせながら突っ込む。
地上に墜落するのを待つまでもない、空中で一刀両断にするつもりか。
魔王の体と勇者の聖剣が、交差した。
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